私は変わった。
これまでの自分ではない。
良いか悪いかは別として。

変化

こんにちは、wishigrowです。
私は変化に寛容な方で、どんどん変わっていこうと思っています。
同じことを続けるのを良しとしない、時代に合わせて価値観も変えていきたい。

しかし、まさかこんな風になるとは思っていなかった。

求めなくなった

7月・8月は盆踊りが非常に楽しく、スケジュールもいい感じで埋まっていた。
しかし、盆踊りシーズンは終わりを告げる。
時間が空いたので、そこに楽しいことを詰め込めばいいわけだが、野外ではしゃいで踊りまくる程の楽しさは得られないような気がして、動けなかった。
人と会うことも、自主企画もストップ。

9月・10月は交流がなく寂しい日々。
それでも人と約束するのはどうも気が向かない。
結果、読書に耽るようになった。

まるで自分の中から消えたかのように他者を求めなくなった。
出会いと交流がライフワークだと思っていたので、こんな風に変わるとは驚きだ。
酒場で、ゲームで、踊りで常に他者と交流していたwishigrowはいずこへ?

予定がなくても

この状況は、ここ数年では珍しい。
なぜなら『楽しみな予定がないと生きていけない』と思っていたから。
『今週や来週に楽しそうなことがあるから、それまでは生きていよう。』と綱渡りをして生きていた。
危うい生き方だ。

しかし、“楽しみな予定”がないままで過ごす日々を迎えた。
これは命の危機なんじゃないかと思ったけど、大丈夫だった、平気だった。

楽しい予定がなくても生きていける自分に変わった。
これは良い面もあるし、悪い面もある。

負け込んでいる

そうやって、目先の予定に追われなくなって自分を見つめると・・・

ここ5年くらいずっと負け続けているんじゃないかなぁ?
負けてるのに、「負けてない負けてない」ってジタバタしてたんじゃないかなぁ?
ふと周りを見渡すと、何もない。
虚しい。

もちろん、小さな勝利はある。
しかし、本当にそれが欲しかったものなのかと疑問に思う。

負け込んでいる。
ここ5年くらいずっと。

では勝ちは?

しかし負けを認めたその位置から考えるのは『自分にとっての勝ちとは何か?』
そもそも、
何が勝ち?

しばらく考えているけど、まだ分からないでいる。

負けを認めた。
さらに、自分にとっての勝ちもわからない。

まとめ

今はそんな状態になっている。
酷い有様だが、負けを認められずにジタバタするよりは、いい状況なのではないかと思っている。

何が勝ちかが分かったら、また変わるんだろう。

(追記)

この実はマムシグサの実だそうです。

変な実

鷲峰山に行ったときに生えてた。
有毒とのこと。

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投稿者: 石黒わらじろう

京都の古い民家で暮らしている。 趣味はランニングとブログと盆踊りを含むフォークダンス。 別名義で書いた小説は映画の原作として採用された。 自分で建てた小屋にて暮らしていたことがある強靭な狂人。 地球にも自分にも健康な生活がしたい。

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