京都にも1年ぶりの秋がやってきて、紅葉が山を彩り、人々は寺社を巡る。
夏が終わるのが嫌だ嫌だ、と思っているうちに季節の変わり目が訪れ、風邪気味になり、ようやく冬支度を整えるのが毎年恒例。
気持ちは徐々に冬モード。盆踊りを楽しみにする日々よ、さようなら。

心の切り替わりとともに、今の自分の価値観を書いておきたくて、一言でいうとそれは「阿呆になれ」だ。

自分の頭で考えない!

そこそこ歳を重ねてきて、脳の働きが鈍ってきている。同時に欲求が高まらない。
拙者は40歳を2年も過ぎて、そろそろオニイサンと呼ばれることに違和感を感じるお年頃になり、思考力と言うか、シミュレーション能力と言うか、脳の力が衰えてきた気がする。
それとともに、あらゆる欲求が低くなる。食欲・性欲・自己顕示欲が修行僧レベルになった。肉を食べたくなくなったし、異性との肉体関係よりハグくらいがちょうど良い気がするし、俺を知れ!俺の文章を読め!と燃えなくなった。
老いてきたとも言えるし、老成とも言える。

だからといって家に閉じこもるのはストレスだ。人は人とのコミュニケーションが不可欠だし、昨日と同じような今日は生き甲斐がない。
そこから脱出するため、何かしよう、有意義なことをしよう、とにかく家を出て人の役に立つことをしよう、
などと考えるのであるが、前段の通り思考力の低下と意欲の低下に苛まれ、体が動かない。活力を持って外に出られない。
しかも世の中はどんどん便利になり、家から出なくても良い理由ばかりが増える。
例えば、紅葉など見に行かなくてもSNS上の誰かが共有してくれる。人と会わずともzoomで済ませられる。
近くにコンビニはあるし、食事も家まで配達してくれる時代だ。
体を動かせば動かすほどコスパが悪いとされ、時間を費やせば費やすほどタイパが悪いとされる。
なんだか死んだ状態こそが最も効率良いみたいになっとるな。

それは違うよな。
だから拙者は自分に言い聞かせる。
「阿呆になれ」

フィジカル優先

現代社会は体を動かせば動かすほど儲からない。
プログラミングなどを勉強し、あるいは投資家になり、頭を動かす人がお金持ちになれる。

それは知っとるんだが、1日中ディスプレイの前にいて、腹をデブっとさせて、健康のためにジムに行く。汗が出ず水分の循環が悪いからサウナに行く。
それが効率的なのか?
腹は出てる、姿勢は悪い、それが幸せな人間の姿なのか?

体を動かして働き、美味しいご飯を食べればええやないか。

拙者は今年の1月に足首の靭帯を損傷し、運動できない日々が続き、ものすごくストレスだった。
この経験により、体が動かなくなるまでは体を動かして生きようと決めた。
メタバースなどに自分を投影したくはない。
非日常体験は自分の体を使って経験していく。

頭を使うな、体を使え、
「阿呆になれ」

土づくり

秋になって、畑をやり始めた。
土を耕し、小松菜の種を蒔いた。小松菜は雑草レベルに強くて、良いレスポンスを返してくれる。

野良仕事の面白さもさることながら、花や実は結果にすぎないことを学べる。コンクリートに種を蒔いても芽は出ない。
土づくりが大事だ。

人間も同じくで、成功者と言われている人達の情報が日々入ってくるのだが、それって花や実の部分を見せられているわけだ。
花や実を真似ても、同じようにななれず、すぐに枯れてしまう。
本当に大切なのは土の部分。
成功者のように振る舞えば成功者になれるんじゃない。

結果と過程、どちらが大事か? みたいな話があるが、もっと根底の土づくりから楽しめるようになるべきだと、最近は思う。

何が育つかわからぬ土を耕す。
「阿呆になれ」

エコロジー

地球温暖化と聞く。
円高、およびウクライナショックで食品価格の高騰とも聞く。

だけど、これまでが異常だったんじゃないか。
小麦が高いなら米を食え。
輸入飼料が高くて畜産が成り立たないのも、輸入に頼っていたのがおかしい。
ブラジル産の冷凍鶏肉がずっと国産鶏肉より安かったのだが、ブラジルから運ばれるものが安いって、ずっと異常だと思っていた。

これらの異常さはこれから問題とし噴出してくるだろう。
安いとか効率が良いからと、マネーで蓋をしていた問題が明るみになるだろう。
循環型社会、エコロジーについて本気出さねばならぬ時だ。
(芸術作品は汚すな!)

無理なく生きよう、自然とともに生きよう。
テクノロジーやコンビニエンスは人を幸せにしない。
それはいずれ当たり前になり、価値が失われるだけだ。

化石燃料を使わず、不便さを許容しよう、人力で乗り越えよう、
「阿呆になれ」


と、全体的に自然派な価値観で生きて、それを生活の中で実践して、また価値観が強化されるような、ポジティブ・フィードバックを生み出したい。
キャンプ道具を買うから、またキャンプに行きたくなる、キャンプに行くと道具が欲しくなる。みたいな価値観と実践のループを日常生活に染み込ませたい。

それが拙者の望みです。


あと、こんな風に自分の価値観を語って、本当にめんどくさい奴だなとも思う。興味の対象は自分だけか! って。
いやいや、絶えず他者への興味を持ち続けようと思うよ。
たとえ自分が関心を持たれなくても、関心を払い続けようという決意でいます。
文章力を人や事柄を褒め称えるために使いたいと思っておる。

そんな目論見をもって、寒い冬を乗り越えていきますよ。

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投稿者: 石黒わらじろう

京都の古い民家で暮らしている。 趣味はランニングとブログと盆踊りを含むフォークダンス。 別名義で書いた小説は映画の原作として採用された。 自分で建てた小屋にて暮らしていたことがある強靭な狂人。 地球にも自分にも健康な生活がしたい。

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