残雪の道路をバイクで走ってはいけない。とても危ない。
そんなの承知しておるが、拙者は駆り出された。

最強寒波で京都は大混乱に陥って、電車が止まったり、帰宅難民が発生したり、車の渋滞や立ち往生、水道管の凍結など、多くの都人が困ったことだろう。
拙者はそれらを横目に見て、悠々としていた筈だったのだ。たいへんでおじゃるな、と。
仕事は休みになったし、ニマニマとお散歩に出かけたくらいである。
さらにはその様子をブログにまで書いた。
しかし仕上げた直後、母上から電話がかかった。

うちの母上は電話口で慌てふためいた口調で、
「どうしても銀行口座にお金を振り込んでほしい、午後3時までに!」
と、振り込め詐欺みたいなことを言い出し、時間を確認すると午後2時55分である。
「あと5分しかないやないか!」
拙者は荒い口調で返答した。

うちの母上には勘弁してほしい。パニクった状態でコミュニケーションをとるのやめてほしい。
めちゃめちゃ緊急事態だ、これをクリアしないと死人が出る、とばかりの切迫感でわめくのだ。
ミュージカル俳優にでもなったら良かったんちゃうか。

「不渡りが出てしまう」
という、ミナミの帝王的な言葉に、緊迫感が増してしまって、普段は悠々としている拙者にもあたふたスイッチが入ってしまった。

急いでコンビニのATMに行ったが、振込に関する操作方法がよく分からない。あたふたしてる間に撤収。
郵便局なら近いと思い立ち、急ぎ向かい、ATMの順番を1人だけ待ち、自分の通帳から母の口座へと振り込んだ。

時刻を見ると午後3時を7分ほど過ぎていた。
ミッションは失敗したが、もうできることはない。
母に振込を報告し、完了。

と、思っていたのに、10分くらい経つと、また母から電話。
「入金が確認できないらしいので、大手筋にある銀行に直接行ってほしい」
またミュージカル俳優ばりの悲壮感で言ってくる。
拙者は聞き返す。
「何時までに?」
どうせイマスグという答えだろうとは分かっていたので、その回答に「クソが!」と思いながら通話を切った。

みんな、クソが!ってなると思う。
雪で道路が荒れている。大手筋の当該銀行までは、徒歩で30分、電車では20分かと思うが動いてるか不明、となれば、バイクを選択するしかなくなる。
スーパーカブの足つきの良さなら、2輪2足走行でなんとかなると信じて、防寒具を着込んで、急いで家を出る。
カブにも雪が降り積もり、シートとキャリアとハンドルの雪を払い除ける。
寒いながらもエンジンはすぐにかかって、いざ出発。
そして、その60秒後には転倒していた。

拙者には雪道を走るライディングテクニックはなかったし、そもそも乗らないという判断力にも欠けていた。
速度も速すぎたし、前輪ブレーキかけたのも馬鹿だったし、こういう焦っているときには日常の悪い癖が出るもので、普段の乗車態度がダメだったのだと思う。
おそらく100kgくらいあるカブは左側に横転し、拙者の左足を下敷きにし、拙者は道路に伏し、カラカラとタイヤの回る音がした。

「あー、クソ、死んだ」
と、思ったので、死んではいない。
右足も左足も痛みがあるので死んではいない。
運良く後続車はおらず、左足を引きずり出し、カブの車体を立て直し、跨がり、再び走り出した。
とにかく銀行へ行かねばならぬのだ。痛がるのはその後だ。後悔するのもその後だ。

こうして、二輪二足で気をつけて走り、銀行にたどり着き、秘密の扉から入ったのだけど、窓口の人が言うには、
「先ほどお振込みが確認できました」

無駄足かーい!

トボトボ。
拙者は大手筋商店街を歪な足取りで進む。傍らにはスーパーカブ。
通行人とすれ違う。
こんな雪の日に二輪車に乗るなんてアホやなぁと思われたことだろうな。

思うところとしては、
感情的な状態でコミュニケーションとるのやめようぜ、と全社会に向かって言いたい。

まぁ、母がパニクるのも、拙者がアホなのも、〇〇銀行のシステムが遅いのも、雪が溶けないのも、全体的にはしょうがない。
だから、臆病に、気をつけて生きてても、こんな感じでトラブルに巻き込まれてしまうので、「攻めた生き方をせよ」と捉えることにする。
神サマが突っついてきてるんだな、「守ってても痛いぜ」って。
両足の痛みと雪道への恐怖を忘れず、攻めに変えていくぞ、と思っておる。
打って出る、その痛みを引き受ける。
思いついたことは神託だと捉えて、実行に移す所存でござる。

雪の道を二輪車で走るのはやめておきましょう。
軽症で済んで、感謝。

以上。

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投稿者: 石黒わらじろう

京都の古い民家で暮らしている。 趣味はランニングとブログと盆踊りを含むフォークダンス。 別名義で書いた小説は映画の原作として採用された。 自分で建てた小屋にて暮らしていたことがある強靭な狂人。 地球にも自分にも健康な生活がしたい。

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