投稿者: 石黒わらじろう

  • 阿波おどり練習会?筋トレ会じゃなくて?

    阿波おどり練習会?筋トレ会じゃなくて?

    京都伏見の中心地である大手筋商店街を歩いていると、思わず看板を二度見した。
    「阿波おどり練習会」
    行かねばならぬ、と思った。
    踊る阿呆とは、拙者のことだ!

    たしか3年ほど前から大手筋商店街で夏に阿波おどりパレードが実施されるようになったんだよな。
    知っていたが一度も行ったことはない。
    理由の一つは踊りに参加できず、観覧するだけだからだ。もう一つ理由はすでに予定が埋まっている。
    拙者は今年も耐熱マラソンに参加するためパレードの観覧は叶わないのだが、練習会が初開催されるとのこと。
    踊れるなら行くよ。

    言わずと知れた阿波おどりは日本三大盆踊りの一つである。もう一つは郡上おどり。
    郡上おどりの方は10年ほど前から京都に進出し普及活動を行なっているが、阿波おどりも京都に攻め込んできた。
    ついでに、西馬音内盆踊りもおわら風の盆も都を目指し盆踊り戦国時代を迎えて欲しい。
    拙者はどの陣営に参加しようか?
    全部行くよ。

    そんな期待を持って、実家から近い板橋小学校の体育館に向かう。
    体育館の中はむわむわと暑い。
    阿波おどりを伏見に迎え入れているのは誰なのか? 小学校の体育館をよそ者が使うのは難しいぞ、と思っていたが、なんてことはない大手筋商店街がサポートしている。
    大手筋商店街からミネラルウォーターの差し入れを貰った。
    ありがとうございます。

    練習会への参加者は50人以上はいたかな。
    属性は色々すぎてなんとも言えないが、踊る阿呆と言うよりも運動不足解消のために来た40代以上の人が多いのだと思った。
    商店街の看板を見て申し込む層だもんな。
    踊りなので、男性よりも女性の方が多いのは間違いない。


    そんな層が集まったので、休憩は多めに配慮がされていた。
    ほとんど筋トレやないか! と思うくらいにしんどかったもんな。休み休みじゃないと倒れてしまう。

    拙者の盆踊りは江州音頭とか炭坑節とかダンシング・ヒーローとかなので、振りを覚えるのが練習なのだが、阿波おどりは違う。
    阿波おどりは振りを覚える必要はない。
    なぜなら、左足を出して右足出しての繰り返し、左手出して右手出しての繰り返しだからである。
    いたって単純、しかし、しかし、そのフォームが大事なのだ。
    腰を低く落とす、手を高く上げる。それだけでめちゃめちゃしんどい。
    振りを覚えなくて良い分だけ筋トレに近づく。

    練習会では足のステップから教わり、次はそれで前に出る、次は手をつける、掛け声を出してみる、次は隊列で踊る、最後は輪踊り。
    ステップ・バイ・ステップで教えてもらえるので日本人向けだと思った。
    拙者は見様見真似で適当にやりたい盆踊り自由主義なので、あまり向いていない。
    それでも、上手く踊りたい、という欲は湧いてくるんだよな。
    そして真剣にやればやるほど、どくどくと汗が湧いてくる。踊っているのか筋トレをしているのか分からなくなる。

    それでも、拙者は最後の輪踊りが大好きだったな。
    小学校の体育館で輪になって踊るなんて、フォークダンスみがあって、大好きな光景だ。
    もっとみんなで踊ろうぜ、みんなでな。


    聞くところによると、この練習会に参加した人は大手筋のパレードにもニワカ連として参加できるらしい。
    踊って大手筋を練り歩くのか〜、爽快だなぁ。
    いつも歩いてる商店街を踊り歩くと、景色が違って見えるだろうな。
    踊る阿呆の人生をまっとうせねばな。
    来年は前向きに検討します!

    以上

  • 歴史を刻む、高島おどり

    歴史を刻む、高島おどり

    仲間とのBBQキャンプを欠席したとしても、どうしても行きたいのが高島おどり。
    世界一楽しい!
    だけど、行く手を阻むものがあって、体調不良とか、前日の飲み過ぎとか、急なデートとか、バイクの故障とか、あるいは死んだら行けない。
    高島おどりの歴史を目撃せねばならぬのに……。

    まず高島おどりとは、滋賀県の湖西にある高島市で実施され、市内の各地で踊られていた盆踊りを1箇所に集め計7種を踊る1日限りの盆踊り会である。
    拙者はコロナが明けきらぬ2022年に初参加し、2023、2024と連続し、今年で4回目となる。
    すでに顔なじみも多く、欠席しようものなら心配されてしまう立場なのではないかと自負している。
    しかし、すんなり行けるとは限らない。
    当日朝の段階では行けないかもしれなかった。

    そもそも拙者は5月の連休明けから体調不良で謎の微熱が続いている。本当に微熱で0.2~0.5℃ほど高い。
    そこにきて、前日にハニートラップを仕掛けられてもいないのに、勝手に飲みすぎて終電までいった体たらく。午後4時くらいから飲んだ。8時間も飲むと翌日にダメージが残る。
    鼻がグスグスなるし、実際に熱が37.1℃まで上がっていた。70km先まで移動して踊るのは無理なんじゃないかと寝そべりながら回復を待った。
    急なデートの話は最初っから可能性が低かったらしく行く手を阻んでくれなかったが、バイクはオイル交換をサボっていたため不調になる可能性があるし、途中で事故にあって死ぬかもしれんし。たまにしか乗らないバイクで時速80kmとか出すと、めっちゃ怖いんだよな。

    などと考えていたが、ちゃ~んと午後5時には近江今津駅についていた。
    踊りたいとか、みんなに会いたいとかではなく、歴史を目撃せねばならないからだ。

    高島おどりは運営者が若いせいか、年々進化している。
    拙者の把握している進化で言うと、曲数が増えたり、それが生音頭になったり、お立ち台が設置されたり、若鮎ちゃん(高島おどりを中心としたアイドルグループ)が組織されたり。
    あるいは注目度も高まっているのではないか。「おうみ社会貢献賞」を受賞されたそうだし、ローカル新聞、ローカル放送などで取り上げられる頻度もやや上がったのでは。
    こういう進化があるので、去年よりも楽しくなっているかもしれん! という期待感が湧くのである。

    正直に言うと、最初はお立ち台の設置も若鮎ちゃんの組織も意味不明だった。
    お立ち台で踊る人をお手本にすると角度が違ったりして手本にできるタイミングが少ないぞ、自分の前にいてくれたほうがいいぞ、と不満だった。
    でも、改めて見るとバエてる。主体が明確ないい写真が取れる。市長や主催者の挨拶でも舞台として役割を果たしていた。
    もう一方の若鮎ちゃんがさらに意味わからなくて、素人の女の子をメディア露出させるのは問題が多いんじゃないかと、不安だった。
    でも、今回は進行がスムーズになっていた。
    若鮎ちゃん達はお立ち台で踊るだけかと思いきや司会進行の一翼を担っていて、お囃子の転換の間をとりもち、待ち時間に安心感があった。
    打つ手が上手くいってるなぁ、と感心する。

    こんな風に年々歴史が刻まれているのだ。
    今はまだまだ黎明期であって、これからもっともっと盛り上がってくれることを拙者は期待している。
    次は2夜連続開催になって、さらに先には徹夜踊りまでいってほしい。

    拙者の方は全然進化してなくて、踊りはうろ覚えやし、体調不良もあいまって、汗製造機みたいな状態だった。途中で口の中が荒れるのに気づいた。朝に味噌汁とゼリーを食べただけで摂取カロリーも少なかった。踊って1658kcalを消費して、5kgくらい痩せてしまったのではなかろうか。

    来年は行けない可能性だってあるからなぁ、明日死ぬかもしれんし。
    だからこそ後悔せぬように、踊り尽くさねばならない。
    石黒わらじろうも参加していたことを歴史に刻んでおいてくれたまえ。
    参加できた状況に感謝しながら、びしょびしょの浴衣を洗濯して、干して、畳んで、今年の高島おどりはこれにて終了。
    楽しかった。みんな楽しそうだった。参加できて良かった♪

    以上

  • 調理師になってどうなるというのか

    調理師になってどうなるというのか

    明日、調理師試験を受ける。
    難易度は高くないのでたぶん合格する。(合格率:60%~70%)
    だから呑気に構えている。
    そして、調理師になってどうなるというのか? という気持ちもある。

    調理師というのは国家資格であり、飲食店などの店を持ちたい人は必要な資格。
    と思っている人は多いだろう。
    しかし実際のところ、店を持つときには食品衛生責任者という1日の座学を受ければOKな資格があるので、調理師免許はさほど必要がない。
    更にいうと、拙者は食品衛生責任者の講座を受け、持っているし、調理師の必要性は皆無と言っても過言ではない。
    別にいらんねん、という話である。

    じゃあ、なぜ受けるのか?
    というと、中2レベルの理由がある。

    そもそもとして、拙者は年に1つは試験を受けよう、と目標に掲げている。
    これは、電気工事の試験を受けた時、あまりに緊張が走り、こんなはずじゃない! と思ったからである。
    ワナワナしながら受けた試験だったが無事に受かり、その後京都検定2級、わな猟免許を取得した。
    ちなみに年に1つは……と言いながら、ちょっと間が空いているが、試験慣れ、勉強慣れしておくのは良いことだ。

    昨年のわな猟免許では大きく人生が変わった。
    庭に出没するイタチを捕まえられたら良かったのだが、ご縁があって鹿を捕まえられるようになった。
    え? 人生ってこんな風に動くの? と驚いている。

    鹿を捕まえるようになって、その肉を料理するようになって、
    おや、これは調理師免許があったらちょっとオモロイな。と妄想した。
    ドラクエⅥ的な考えだ。(1995年発売。ハッサンが出てくるやつ)
    ドラクエⅥには転職システムがあって、戦士とか盗賊とか魔法使いとか使える技が変わるのだが、上級職の概念が登場したのだ。
    戦士と武闘家でバトルマスター、魔法使いと僧侶で賢者などである。
    そんなファンタジーRPGの世界観を引きずっている我々は、現実世界でもそういう面白いことが起こるんじゃないかと期待する。
    わな猟師と調理師で、何になるのか?
    特級厨師かもしれないな。

    特級厨師は無理かもしれないが、ジビエ調理師という上級職ならばどうか、
    勝手に転職したことにしよう。

    調理師の勉強をして初めて知ったが、調理師という名称は調理師免許を持っている人しか名乗れないし、他に給食調理師など〇〇調理師というのも名乗ってはいけないことになっている。30万円以下の罰金!
    料理人なら問題ないので、名乗るほどのものではない気はするけどね。

    まぁ、そんなわけで、明日調理の試験を受ける。
    実技はない。4択問題が60問。

    では、それなりに頑張ります!
    クドア・セプテンプンクタータ!

  • そして命が軽くなる

    そして命が軽くなる

    昨年から動物を殺めまくっている。
    ちゃんと食べているので、シメルやトメルという言葉を使うべきだが、過程としては同じだ。
    ニワトリ、シカ、タヌキ、イタチ、ハクビシンなどの命を絶った、我が手で。
    さして特別さを感じずに命を奪えるようになり、そして自分の命も軽くなっていく。

    肉を食べる人ならば誰しもが間接的に動物を殺めている。
    誰かが仕事としてそれを代行したのだ。
    拙者は人に頼らず自ら行う自立的な人間というだけの話で、残忍でも、無惨でも、サイコパスでもない。
    責任を果たしているだけだ。
    むしろ前よりもモノの道理が分かったんじゃないかと思う。

    すべては庭でニワトリを飼うところから始まった。
    ヒヨコがイタチに襲われるので、守りたいがためにワナ猟免許を取った。
    その結果、山にはシカを獲りに行き、庭のニワトリは育ち、それらは拙者の食糧となる。

    シカは増えすぎている。
    農作物は収穫量が減り、山の植物は絶滅の危機に瀕し、土地が荒れて土砂崩れの可能性が高まる。毒のある外来植物ばかりが増えたりする。
    政治的には有害鳥獣駆除に報酬を出す対策をしている、シカはだいたい2万円くらい。
    だがこの制度は正しいのか? と疑問に思う。
    多くの猟師は報奨金をもらって、殺めたシカは山にポイ。
    仕留めた場所が悪いのか、肉を持ち運ぶ体力がないのかは知らないが、聞くところによると8割のシカはただ殺されただけになる。
    拙者は憤りを感じる。
    殺めた以上は食えよ! と思う。
    だから拙者のような料理もできる猟師が山に入り、できるだけシカを獲って、無駄なく料理をするべきなのだ。
    拙者は猟期中、山にワナを仕掛け、かかったシカにトドメを刺し、その場で解体し、肉を持ち帰った。
    シカの悲しそうな鳴き声や、光を失っていく瞳を覚たままで。

    卵から孵したヒヨコの半数は130日ほど経つと、夜明けの頃にコケコッコーと鳴き始める。
    拙者が眠り眼でふらつきながら庭に出て、雄鶏をなだめても脅しても、朝鳴きをやめようとしない。
    こうして殺める日がやってくる。
    最初の1羽をシメた時は1日中罪悪感に囚われたが、その肉の旨さを体感してからは、食糧獲得の順当な手段だと思うようになった。
    5度目6度目と経験し、自分なりのコツを掴み、首をはねた後でも体が動くことへの気味悪さにも慣れてきた。
    ラストダンス。脳の支配を解かれた体の躍動に、尊さと悲しさを感じながら羽をむしる準備を進めている。

    弱肉強食だと思えば、オレはツヨイ、だから食う! と、自分の強さに惚れ惚れできるかもしれない。
    多くの猟師はそういう雄々しさを持っているのかな、と思う。
    しかし拙者は我が命も彼の命も同じだと思うし、これが日本人の考え方の主流だと思うんだよな。
    いつかは同じく死ぬのだよ。
    いやむしろ、我が肉体は感謝をもって食べてくれる人がいなくて、死して皮も名も残せない。
    軽い命だ。
    命を奪うことに慣れた、そして、いつか命を奪われることへの許容度が増した。
    因果応報ってやつやんね。

    そんな軽い命で書く文章に重みなどなく、価値などない。
    だから僕は文章をやめた。
    もう何も遺さない。
    誰にも知られず、顧みられず、注目を浴びず、フォロワーも増えず、馬鹿なままで、鳥頭で、ただ生きることにする。

    拙者はいつかラストダンスを踊るのだろうか、
    脳が死してもなお、3時間くらい踊り続けられるように、体を鍛えておくよ。
    誰か音楽を奏でてくれたまえ!

    以上

  • 野生の肉で生きていく

    野生の肉で生きていく

    我が人生で最も肉を食べている。
    食えども食えども肉がある。
    なぜなら狩猟者になったからだ。
    自分で獲得した肉は、ちょっと固くて、味わいがあって、美味しくて、おぞましい。
    命をいただく毎日。

    本当は守るためにわな猟免許とったのだ。
    庭のニワトリをイタチから守るために正しく罠を設置したかったのだ。
    しかし、ひょんなことから花背に赴き、師匠に出会い、狩猟を教えてもらえる事になった。
    罠猟は銃猟ほど攻撃的でないにしろ、積極的に獲物を取るために罠を仕掛ける。餌でおびき寄せ、掛かるのを待つ。
    掛かった獲物をどうやって仕留めるのか?
    なかなか、むごたらしい。

    猟師というのは、近くて遠い存在だ。
    赤ずきんちゃんを筆頭として昔話に出てくるので、幼い頃から馴染みがある。
    だが実際の猟師に出会うことはあまりないだろう。
    そもそも最近では職業として成立させるのが難しい。
    狩猟を始めたと言ったら、周りの人から熱心に話を聞かれるようになった。
    みんな知ってはいるけど、具体的にはよく分からなくて、小さな憧れがあるのかもしれない。
    山に出かけて肉を取ってくる存在に。

    猟師といえば、銃猟のことをイメージすると思う。
    ♪せんばやまにはタヌキがおってさ、それを猟師が鉄砲で撃ってさ……
    だが拙者は罠猟なので猟師っぽくはない。
    どっちかというと工作員。
    スコップだのワイヤーだのバネだのを持って、さらには米ぬかを持ってえっちらおっちら山を移動する。
    罠猟は毎日罠を見回るのがルールなので、あまり山深いところまでは行かない。毎日探索できる範囲に留めておく。
    やはり、猟師っぽくはない。

    拙者の師匠は20年の経験を持つ人で、11月15日の猟期が始まって以降、同行させもらって、色々な経験をさせてもらった。
    罠猟は7段階ある。
    罠を作る。罠を設置・仕掛ける。餌を撒いて罠に誘引する。罠を見回る。罠に掛かったら仕留める。獲物を解体する。料理する。
    人によっては好き・得意なパートと、嫌い・めんどくさいパートがあることだろう。重労働なところも多い。
    拙者は料理するのが一番好きだ。
    それ以外のパートでは、掛からないで欲しいな、かわいそうだなと思っている。
    やはり、命を奪う行為はむごたらしい。

    とはいえ、自分が食べる肉はどんな風に自分の食卓にやってきたのか知っているだろうか?
    その鶏はどうやって育った? その豚はどんな餌を食べた? その牛はどうやって屠殺された?
    家畜もどこかでむごたらしいことが行われていて、そういうことは大っぴらにされていない。
    きれいに隠匿され、みんな無邪気に肉を食う。
    なんなら、部位の名前が書かれた木札と一緒に盛られた肉の画像を投稿する。

    狩猟を始める前は、拙者も無邪気に鹿が捕れたとか猪が捕れたとか、ブログに書くつもりでいたのだが、自慢げに語る行為ではないなと、今は思っている。

    けれど、野生の肉はどんどん食べた方が良い。
    狩猟をする前は、鹿とか猪とかわざわざ獲ってまで食べる必要はないよな、と思っていたのだが、今では家畜の肉を食べるよりマシだと思う。
    家畜はおおむね外国産飼料で育っているし、限られたスペースで飼われるし、抗生物質やワクチンの懸念もある。
    もっとも家畜の現状や屠殺の現場を拙者はよく知らない。
    よく知らないものを食べるのはセンスが悪い。
    一方で、野生の鹿は増えすぎているし、植物を食べすぎて山が荒れる。
    自分が手を下した生物ならば、どこで生きていたか明白で、自然のものを食べただろうから安全だ。オーガニック。
    これからは野生の肉と自分で育てたニワトリとその卵を食べて生きていきたいものだ。

    今はまだ、肉の各部位と最適な調理法が分かっていないので研究中だけど、美味しいのができたら、みんなにも食べてもらおうと思う。
    ジビエパーティーしよう。
    掛かった獲物をどうやって仕留めるかも、その時にお伝えしよう。

    以上。

  • 庭から始まる養鶏業、いや始まらない

    庭から始まる養鶏業、いや始まらない

    養鶏業をやりたいな、と思っている。ここ1年くらい思っている。
    だから、京都府に問い合わせて畜産センターなるものを見学させてもらった。
    逆に夢が打ち砕かれた。
    自分がやりたい養鶏はこういのじゃない、と思った。

    拙者はもうすでに養鶏をしている。庭でニワトリを飼っているのだ。
    最初の動機は雑草対策で、雑草を有効利用しつつ雑草をなくす方法はなかろうかと考えた。
    最近はヤギでの除草が有名だが、ヤギを入手するには万単位のお金が必要だし、ヤギの腹を毎日満たすほど庭は広くないのだ。
    そこでニワトリである。
    実際に除草効果は見込める。

    最初はニワトリを売っているところが分からなくて、卵から孵すと決めて、孵卵器も自作したものだから何度も何度も失敗し、せっかく孵化してくれたのにイタチに食われ、野良猫に食われ、それでも生き残った1羽は卵を産むようになった。
    この間、孵化について研究し、イタチに食われない方法を研究し、わな猟免許を取ったりし、いつしか雑草対策はどうでもよくなり、庭は草ボーボーのままニワトリだけを一生懸命に育てるようになった。
    目的と手段がぐちゃぐちゃになるのはいつものことである。

    獣害対策も含めて、もっと良い環境でニワトリを飼育したいと夢に描く。
    ニワトリが大地を駆け回る姿を見ながら、お茶を飲みたいのだ。檻の中に閉じ込めずに元気な姿を見たいのだ。
    業として養鶏をすれば、理想の環境を作ってやれるのかもしれない、と算段する。

    こうして京都府の担当部署に問い合わせてみたのだが、理想通りにはいかないようだ。
    1つは鳥インフルエンザの問題がある。
    京都府に問い合わせたところ、庭で飼っている情報を明かしてしまい、羽数の報告を求められるとともに、防疫の職員が飼育状況をチェックしに来ることになった。
    家に行政の職員が来るなんて実に面倒くさい。
    その視察はクリアしたのだが、ニワトリを飼うにはきちんと囲われた場所で飼育員の消毒なども徹底して、要するにクローズな環境でやるのが望ましいようだ。
    そうしないと、鳥インフルエンザが拡がってしまう。

    2つは経済の問題。
    業として養鶏でお金を稼ぐとなると、効率性を目指すことになり、限られたスペースにニワトリを押し込めることになる。
    そうしないと、卵も肉もめちゃめちゃ高値で売らねばならなくなる。
    ケージ飼いのニワトリを見せてもらったが、狭いスペースに閉じ込められて心が痛くなった。

    こういう現状を目の当たりにして、ただただ甘い理想を描いていただけだと思い知らされた。
    養鶏業はやりたいのだが、拙者のやりたい養鶏はそういうのじゃない。

    で、どうするか?
    というのは、考え中。

    たとえば、ケージ飼いのニワトリを少しでも減らすために、平飼いのニワトリ飼育をめちゃめちゃ頑張る、って方法があるかもしれない。
    アニマル・ウェルフェアの社会運動を活発化させる方向があるかもしれない。
    家庭養鶏を拡めるも良いかもしれん。
    現実を知ってもなお、理想的な環境でニワトリを飼いたいという想いは、握りしめたままだ。

    そもそも鳥インフルエンザ対策ってどうなんだ?
    ケージ飼いで過密なニワトリと土の上を駆け回るニワトリで健康状態がぜんぜん違うと思うのだが、法の下で同じ対策をするのは違うんじゃないか?
    病弱になる環境で飼育しているから、40万羽殺処分、みたいな残酷な状況になるのではないか?

    そんなこんなで、色々と考えながら、学びながら、育てながら育ちながら、新たな経験をしているところだ。
    とりあえずはケージ飼いの卵は買わないでおこうと決意した。
    もう少し庭のニワトリが卵を生んでくれたら解決する。
    頑張れ! 庭のニワトリ!

    以上。

  • 花背のことは話せばわかる(4)ご近所まつり

    花背のことは話せばわかる(4)ご近所まつり

    山あいの集落に顔見知りができるって、ちょっと素敵だ。
    縁側でお茶を飲ませてくれるかもしれない。原付きで峠を越えた疲れを空の色とゆれるススキで季節を感じながらほっこりさせたい。
    こういうチャンスがあるかもしれない別所井戸端展に行ったのだが、ゆっくりはできなかった。
    なぜなら出展するグループの一員だったからだ。

    狩猟グループとして、別所井戸端展に出店した。
    わな猟免許を取ったものの、それからどうすれば良いのか分からない。
    罠の作り方、仕掛け方、仕掛けてもいい場所を普通の人はみんな知らない。
    そんな折に、知人に誘われ花背に行き、そこに猟師さんがいたので、弟子入りを希望してみた。
    媚び媚びモードの甲斐あって、このたびグループに入れてもらえた。
    そもそも予想に反してとてもオープンな猟師さんだったのだ。
    オープンだからこそ、花背の別所集落のご近所まつりにも出展されるのである。

    この別所井戸端は今回で27回目になるそうだ。
    京都市左京区の山間部に位置する花背、その中でも別所集落の家々が軒先を開放するようなイメージの回遊型イベントである。
    道沿いのおよそ1.6kmに11ブースほどが出展される。
    ピザ、お餅、プリン、ちまき、たこ焼きなどなどが売られていた。
    全部を回ろうとしたのだが、1.6kmでしかも坂道、つまりは歩くと片道30分ほど必要である。往復1時間。1.6kmに11ブースってことは、おのおの150mくらい離れているってことで、かなり遠い。街中のフードフェスとは違う。
    この距離感を舐めていたせいで、ぜんぜん回りきれなかったのだった。
    拙者は狩猟グループの中でも存在をアピールせねばならなかったから。

    猟師グループはというとグループの構成員が思い思いに作ったり手に入れた品々が並べられ、蜂蜜、麩饅頭、赤山椒の粉、オリーブオイル、ケーキ、天然素材を使った何らかの飾りが売られ、そして鹿のハムが試食で出されていた。
    あまり売り売り感はなく、アットホームな感じ。どの人がお客さんで、どの人が近所の人で、どの人が知人なのか分からない。
    更には拙者が担当したのは罠猟のワークショップ。くくり罠の仕掛け方や作動の仕方を見てもらう。とはいえ、拙者は初心者であるので、自分がメインで学ばせてもらった印象だった。
    初心者とはいえ参加者の皆さんとはよくお喋りできたし、ジビエに関心の高い人も多く、ここで販売されるなら買いに来たいとおっしゃっていた。
    「外国産の飼料を使った家畜の肉を食べるよりは、自然の中で育ったもののお肉を食べたほうが良いよね」と。
    精肉所と販売所のハコはできているので、来年には販売すべく準備中とのこと。

    良いイベントであるが、山間部である。京都の奥座敷と称される鞍馬から更に車で30分も奥である。バスが走っているのだが、1日2本なのだ。アクセスはかなり厳しい。
    ゆえに、住民総出のイベントのはずが、街中のイベントを知っている者としては、集客はまばらだったと言わざるおえない。更にいうと、以前のほうが出展者は多かったそうである。
    みんなで出展して、みんなで買い合うみたいなのがほとんどで、商売として成立させるのは難しいだろうな。

    京都伏見のまちづくり活動に多少関わったことがある拙者は賑わいを生むにはどうしたら良いのだろうか? と考えてしまう。
    もっと広報して、知名度のある人のステージを用意して、歌って踊って……。
    ……それって必要ないかもしれんね。
    収益が上がることよりも、今の時代は良いコミュニケーションがとれる余裕の方が必要なのかもしれん。
    住民が何かをやってオープンにしていて、知り合いになって、知り合いがいるからちょっと顔を出してみよう、というような関係性をじわじわ広げれば良いのかもしれん。
    その場だけで楽しむイベントはどこにでもあるからなぁ。
    こんな拙者も今ではれっきとした花背狩猟グループの一員になったので、関係者ってことになるだろう。
    こういう関係者を増やしていくしかないんだろうな。
    知ってる人に会いたい、というニーズを満たして、あとは食事やお土産があれば、それで充分。
    かもね。

    今回も子どもたちがのびのびと遊んでいて、それは本当に素晴らしいと思う。
    幼少期に坂道で足腰を鍛えるのは財産になるよ、と椎間板ヘルニアに悩まされる拙者は言いたいのであった。

    とにかく、くくり罠ワークショップにて罠の仕掛け方を学び、狩猟グループにも入れてもらい、何らかの一歩は進んでおるし、顔見知りもじわじわ増えている。
    次回はほっこりできると良いなぁ。

    以上。