カテゴリー: 読む価値のない話

  • リムーブ社会をどう生きるのか?

    リムーブ社会をどう生きるのか?

    今日は「リムーブ社会」について書きます。

    リムーブ社会という言葉はないのですけど、勝手にそう名付けました。他に適切な言葉があれば教えて下さい。

    Twitterではフォローを外すことをリムーブから「リムる」と言うのです。

    昔は友人同士で「ハブる」と言いましたけど、これは仲間はずれにするという意味なので、ちょっと違いますね。

    今の社会は「つながりつながり」と言いますけれども、このTwitterでフォローを外すように、サラリと人間関係を切れる状況になっている。

    これは、色んな点で人が固定化されなくなったのが理由だと思います。会社の雇用は流動的になった、地縁には縛られなくなった、何処にいても仕事ができるようになってきた、などなど。だから、目の前の人と利害関係があまりなく、嫌な人の前からは立ち去れば良いわけです。

    さらにネット上でつながりを得られるようになったし、オタク系の趣味でいえばネットの方が強力なつながりを得られるかもしれない。だから目の前にいる人とつながれなくても良いのです。

    目の前の人とわざわざ口論することもなく、ただ切ればいい。
    なにか不満があってもわざわざ注意を促す必要はなく、相手にしなければいい。
    嫌な人は切ればいいし、それは同じく自分が切られる可能性があるということ。
    楽でもあり、残酷でもある。

    これは別にいいとか悪いとかではなくて、そうなってくるよなぁという話です。こういうのが顕著になってくるだろうなと思う、若い世代では特に。

    さて、そんな世の中でどうやって生きていきます?

    私としまして、これまで以上に好きなことに没頭してやろうと思いますけどね。好きなことをやり込んだ先のつながりに期待しようではないか。

    傍若無人な態度は良くないけれど、周りに気を使いすぎて自分を出せないのも良くない。

    好きなことを目一杯やって、自分が楽しんでいる姿を見て、「楽しそう、一緒に遊びたい。」という人を集めるのが正しいのではないかとおもますね。

    これがウケそうとか、こういうことをやったら人が集まりそう、みたいなことをやっても意味ないですねきっと。そんなのはすぐにリムられます。

    私の飽き性なところがなければ、もう少し繋がりが継続できるはずなんですけれど、どんどん新しいことに突っ走ってしまうので、みんなからリムられてしまうんですよねー。悲しいです。

    まぁでも、好きなことをやった先につながりができると信じて、この恐怖のリムーブ社会を生き抜いて行こうと思います。

    今はコロナですから小説を書くことと読むことに興味があります。この点で人とつながっていこうと思うところ。

    以上です。

    (31分、1081字)

  • 無駄な「京都の話」など

    無駄な「京都の話」など

    今日は「京都」の話をします。

    22:30頃までお喋りが盛り上がってしまって、ブログを書くのが遅くなってしまった。でも書く、あまり意味のないブログを書くのなら、毎日更新しないと本当に意味がなくなってしまう。

    で、お喋りとは?何の話題で盛り上がっていたのか?

    商店街の話、京都の話、世代交代の話、コンテンツの話、などで盛り上がったと記憶しています。

    この中から京都の話をピックアップしたいのです。

    なぜ京都に住んでいる人は京都が好きなのか?

    これは卵が先か?鶏が先か?みたいな話になりますよね、京都が好きだから住んでいるわけで、あるいは外に出ないわけで、京都に住んでいる人に京都が好きか?と尋ねるならば、8割くらいは好きと答えるのではないでしょうか?残り2割の人はさっさと出ていった方がよろしおすな。

    ある人は、歴史があるからと答え、ある人は集まっている人がいいからと答えるかもしれないけど、京都が京都たるゆえんは、地理にあるのですよ。

    3方を山に囲まれ、南には川が流れている。この地理です。

    四神相応の地だから。というのを持ち出す気はなくて、京都ってきっちりした範囲があるから京都のブランドイメージを保てるのだと、以前から私は主張しているところです。

    京都って1つの村みたいなもんなのですよね。友達の友達が友達っていうのは京都あるあるで、初めて知り合った人でも「もしかしてあの人知ってる?」っていうと当てはまる人が多い。

    狭い範囲に密集し、他に広がっていないからこそ、こういう事態が多いのです。

    コロナの感染状況を考えても、大阪とは文化圏が違うくらいに、狭い範囲にまとまっているわけです。

    これを強く思うのは、大津市と比較すると明白です。大津も古い町並みが残っているし、文化もあるのですが、京都と比べて何が違うかというと、共同体意識だと思う。

    どこからどこまでが大津なのか?行政区でいうと、北は比良とか近江舞子までが大津市なのですが、比良に住んでる人や堅田に住んでる人に「大津が好きですか?」って聞いても、よその街を指しているように思う。そういう意味で、共同体意識が小さくなる。

    奈良に住んだことはないので分かりませんが、奈良も同じような状況なのでは??奈良は奈良市を指すのか、奈良県を指すのかによりますので、共同体意識がバラけると思います。

    というわけで、私は京都が京都たるゆえんは地理にある、って主張するわけです。山の囲まれていることと、そのサイズ感が共同体意識を醸成するのにピッタリだったのではなかろうか?

    すごく当たり前の話なんですけどね、東京が東京なのは地理だし、福岡が福岡なのは地理。

    ただし、京都人の京都人意識ってのは、独特の街のサイズ感にあると思っています。

    と、こういう無駄な話を18:00くらいから22:30ごろまで繰り広げたというわけです。

    無駄な話だった。

    そしてこのブログでも無駄な主張を繰り返す。

    無駄な話をしよう 飽きるまで呑もう 僕らは美しい。
    明日もヒトでいれるために、愛を探してる。

    (31分、1241字)

  • 小説を能動的に楽しめるようになった

    小説を能動的に楽しめるようになった

    今日は「小説を書きつつ、小説を読む」ということについて。

    現在私は小説新人賞に応募すべく長編小説を書いています。

    いや、新人賞をとろうなんて淡い期待を思い浮かべてはいない。とにかく応募できる作品を書くこと、要するに字数にだけ焦点を当てて書き進めている。

    しかしそれがめちゃめちゃ難しくて、止まってしまっているから、こうしてブログを書いているのです。とにかく、小説を書くのはめちゃめちゃ難しい。書いてみれば分かる、めちゃめちゃ難しい。

    だから私はすべての小説家を尊敬しています。自称小説家はダメですね。本を出した小説家ですね。

    たまーに、「この小説は読み進められない、、、」という本にも出会ったりしますが、その著者にも尊敬の念を抱くようになりました。私の心には響かなかったけど、誰かの心には響いたわけですからね。

    こうやって、自分で小説を書きつつ、人のを読むと、以前よりも能動的に小説を読めるようになり、以前より楽しめるようになっているから不思議です。

    「おおお、キター」なんて、声を出しながら読んだりしています。いい感じの謎が提示されたり、それが予想外の展開だったり、いいキャラ設定だったり、風景描写が見事だったりすると、「うぉぉ、やるな!」と2度見しています。2度読みかな。

    もちろんそういう時は「到底勝てやしない」と自分が小説家になることは諦めの気持ちも湧いてくるのですが、以前より小説を楽しめるようになったのであれば「得だな」と思います。

    そして、このようにブログをガガガガガと書くことにした。そして書くことが苦痛じゃなくなるレベルまできました。今や私は何でもいいから書けと言われて、何でもいいから書けるのです。成長したといえば成長した。闇雲に突っ走る力がついた。

    これは良いのかどうかは別として、何かしらの変化があることについては、とにかく良いのです。

    小説を面白く読める、深く読める、ようになったということは、1冊から得られる経験値も増えたということではなかろうか?人より多くの点に気付けるのならば、人の多様性を吸収して豊かな人生を送れるのではなかろうか?

    同じ主張をしますが、小説を書いています。めちゃめちゃしんどいです。7万字くらい書きました。まだ出来上がっていませんので新人賞には応募できませんけれど、この間の自分の変化については実感しているところです。

    相変わらず私は動いていて、変化もしている。

    皆様もゲームが好きならゲームを作ろうとしてみたり、音楽を聴くのが好きなら演奏や作曲をしてみたり、マンガが好きなら描いてみたり。そうすることによってより理解が深まってより楽しめるようになるかもしれませんよ。

    このどうしようもないコロナ禍ですけども、私は能動的に変化しているところです。

    以上です。

    (23分、1150字)

  • 見直し

    見直し

    私は「何も考えずに、ガガガガとキーを叩いて、文字を打って、それが読み物としてまぁまぁ面白い。」というものを目指しています。ですから、今もこうしてPC画面に向き合っているのです。

    しかし、ただ闇雲に打ってもどうしようもないと気づいてきました。ここ4日の経験で。PDCAを回さないといけないのでは?見直しが必要なのでは?と思ってきたのです。

    ですから、今からここ4日間のブログを見直します。

    無駄なことを書こうっと

    これは勢いがあって、とても良いです。苦悩があふれてて良い。

    梅雨の日に嬉しいこと

    これは本当に、とっちらかっててダメだ。読む気がしない。無意味に話題が飛ぶのが全然ダメ。

    アルコールの話は明るい

    やっぱり、1つのテーマに絞らないと読むのがしんどい。

    ベルセルク追悼

    これはベルセルクをテーマに書いているので、前3回に比べると読みやすい。しかし何を血迷ったか「だし巻き」を途中で出して、無理やりにまとめている。これはしんどい。脱線させるなら、最後でキレイにまとまる話題を出すべし。

    以上、レビュー終わり。

    さて、ではついでにPDCAについて、書きます。

    言わずとしれたPはPlan、DはDo、CはCheck、Aは?

    ここで、関西人ならボケたくなるんですよね。Ahoアホとか、でも面白くならないので、Actですね。

    そもそも計画がないのでPはないです。Cはやるけど、Aは、

    ダメだ。こういうビジネス用語の解説は、私には向かない。全然ダメだ。さっきからD&Gが頭に浮かんでしまって、「香水のせいだよ。」って思っています。

    いや、今まではPがなかったのですが、今日はありますよ、統一したテーマですべて文章を貫こうとはしています。今日はPDCAです。

    でも、アルファベット並べるのってズルくないですか?
    訳わからなくなりません?WHOとか、IOCとか、COVIDとか、mRNAとか。無しにしよう。こういうのは無しにしよう。

    だからPDCAではなく、見直しの話をしているのですが、今日は朝から全然気分が乗りませんでした。不調でした。書いている小説が全然進まなかった。この状態を見直すと、昨日の夜の生活態度が悪かったのかなぁと思います。夕飯後の動きとか、睡眠時間とか。
    例えば寝る前にYouTube見たりSNSとか見すぎると、途端に熟睡できなくなるんですよね。寝る前は読書一択です。寝る1時間前からは読み始めるのが良いと思う。

    私は10時に就寝したいと思っているのですが、やっぱりダラダラしてしまうんですよね。なにするわけでもないのにさ、埋まらない孤独を埋めようとしているのは確かなのですけどね。

    ですから今日は日々反省ってことで、10時に就寝できるように頑張ります。そして、明日こそ、小説を書きまくるし、ランニングにも行くし、洗濯もするぞ。

    おー!

    見直しが大切という話でした。

    (35分)

  • ベルセルク追悼

    ベルセルク追悼

    明るい話を書こうと思いましたが、どうしても無視できないのがベルセルクです。

    ベルセルクという漫画があり、その作者である三浦建太郎氏が亡くなられた。ああ、あああ、ああ、残念です。

    私にとってベルセルクは何歳の頃の作品だったろうか20代前半かな?

    ドラクエで育った私ですので、ヨーロッパ暗黒時代の世界観はジャストフィットするし、ドラクエの大人版がベルセルクだったように思う。アニメ版で知って、「好きな世界観や~」と思って、コミックスを買ったら、魑魅魍魎の世界が広がってて「え!何があったん?」って驚いたことを昨日のように覚えている。

    主人公の名前はガッツと言って、敵に無鉄砲に飛び込んでいく切り込み隊長なんですよ。彼の勇気のおかげで踏み出せた一歩が私にもあったのだと思います。「出ろオレの体… 前に出やがれ!」というセリフがあるのですけれど、私の人生で何度か心に響かせたと思います。

    しかし、時は流れ、あまり漫画を読まなくなってしまいましたし、この漫画は休載が多かったせいもあり、船に乗って旅立つところまでしか読んでない。その続きはどうなったか知らないし、完結せずに今回の訃報となったようです。

    大変残念に思います。

    同世代の男子には通づるところがあると思うので、何か、「ベルセルク追悼飲み会」なんてものを開催できたら良いなぁと思いますね。

    かくいう私はベルセルクというか、狂人として生きたい人です。強靭な狂人と呼ばれたいですね。

    何も考えずに文字を打ちまくって、それが何かになるような、狂人ぶりを発揮したいのですが、どうでしょうか、打たれまくってますか?心に響きまくってますか?なってないですか。残念です。

    ベルセルクは狂戦士って日本語で書いてあったと思うんですけど、どっちかと言うとバーサーカーの方が馴染みがありましたね。これはファイナルファンタジーの影響ですね。

    ベルセルク=Berserk、バーサーカー=Berserker、

    ヨーロッパ読みとアメリカ読みの違いかな?以前調べたと思ったけど忘れた。

    さて、何かご飯の話題でも書きましょうかね。

    うーん、、、だし巻き。

    だし巻きを作ったことはありますかね?あれはなかなかコツがいります。料理ってレシピも作る動画も公開されていますから、情報としてはいくらでも作れると思うのですが、それがなかなか難しいんですよね。

    だし巻きなんて玉子をくるくるしてくるくるすればできるんじゃないかと思うのですが、やってみると奥が深い。

    玉子は何個使う?出汁は何mlいれる?醤油は?みりんは?片栗粉入れる?

    だし巻きを作るだけでもものすごい数の選択肢があるのですよ。

    色んな分岐があって、そっちの分岐に行くとどうなるかを知っているのが経験ってことですから。結局は何回もやるしかないんですよね。

    今、何も考えずに文章を打っていますけど、これは沢山の分岐の路頭に迷いながら文字を並べているわけですよ。

    今なんてまさに、なんでだし巻きを話題にしたんだ?ベルセルクとのつながりがなくて、まとめに入れないじゃないか!ってすごく後悔しているのです。

    だけど私は止まりません。なぜなら強靭な狂人だからです。

    「出ろオレの体… 前に出やがれ!」って思っています。

    玉子とベルセルクの共通点は、ベヘリットくらいかな。

    魔物を生む卵があるんですよね~。

    怖いんですよ~。

    とうわけで、ベルセルク、我が青春だった。

    三浦建太郎さんのご冥福をお祈りします。

    今ごろ、降魔の儀が執り行われているかもしれないなぁ。

    30分、1428文字

  • アルコールの話は明るい

    アルコールの話は明るい

    こんにちは。

    血中アルコール濃度が常に必要なようだ。私は酒を飲みたくなる。

    しかし、飲みすぎるともうダメだ。先の土曜日にはやってしまった。バーベキューでワインを飲みすぎた、1.5本分くらい。翌日にはヘロヘロのまま過ごし、月曜まで不調。お肌のツヤも悪くなった。だから今週はもう飲まない!なんて思っていたのだが、、、

    さっきワインを一口飲んで、二口飲んで、三口飲みました。これでやめておこうと思います。

    アルコールの失敗談は枚挙に暇はないし、おそらくアルコールが原因で死ぬと思います。私の死因はたぶんアルコールです。

    理想の死に方は暗殺されること。と、以前から主張しているのですが、これは非常に難しい。暗殺されるほどのVIPにならないといけないからだ。私は遺産もないし、政府の要人でもないので、暗殺される確率は低すぎて、ダメだ。たぶんモチを喉につまらせて死ぬ確率よりも、さらに10分の1くらいだろうか。

    いや、確率とかの話は嫌いだ。私は現在小説を書いているが、小説家になれる確率は低いし、書けば書くほど才能の無さを自覚してしまう。だから確率は捨てなければならない。確率なんかを考えていたら何もできない。

    そう言えば今日は、日本の全人口における死者数とコロナによる死者数の比率のグラフを見た。いや、よく見なかった。数字とかデータとかは苦手だ。そういう客観的な判断ができないから、こういう無駄な文章を書いているのだ。

    ちょっと待て、無駄な文章を書いているという自覚はあるのだが、無駄な文章を書こうと思っているわけではないのだ。価値のある文章を書こうとはしている。なんというか、考えずに書いていたら、何か価値が生まれないだろうか?どうかな?どうかな?と思いながら書いている。

    さぁ、価値よ出てこい!

    おーい、おーい、おーい。

    うむ、何も出てこない。

    掘る場所を間違っているのであろうか?どこを掘ればいいのだ?こんなブログを書いている暇があるのなら、こないだ知り合った人への返信をした方が良いのではあるまいか?

    違うんだ、トレーニングをしているのである。何かを生み出すトレーニングをしている。さぁ、ここから本番だぞ。

    いや、でもね、これを30分くらいかけて、書こうと思っていて、読んだ人は5分くらいで読めると思うのですよ。たったの5分間を並走して走っているようなものですよね。私の人生とあなたの人生がちょっとだけ並走していますよ。

    だから、あなたもアルコールをちょっぴり摂取して下さい。そうすれば私の気持ちが少しは分かるはずです。

    ああ、人生なんてどうでもいいんだって。

    まだ16分しか経ってない。まだ終われない。

    星野源、新垣結衣、結婚。

    「星野源が独身やったんや、てっきり結婚してると思ってた。」という感想です。

    確か、私は星野源氏と同世代、ちょっとまで、清和源氏みたいになるな。

    確か、私は星野源さんと同世代です。1981年とのことで、私の1つ下でした。だからね、結婚しててもおかしくない年齢ですし、普通に考えると遅い。

    一方ガッキーの方は?1988年だそうです。え?32歳か。まだまだ20代かと思っていた。

    40歳と32歳のカップル。はあはあ、ほうほう、特に驚きはないな。

    しかし、年齢の話をしだすと、先行きに暗さしか感じません。

    あと、環境問題の話をしだしても、先行きに暗さしか感じません。

    ですから、結局はアルコールの話をするのが一番なのではないでしょうかね?

    あるいは、美味しいものの話か、読んだ本の話もいいかも。

    明日からは、明るくなる話題を中心に展開したいと思います。

    以上

    27分、1466文字

  • 梅雨の日に嬉しいこと

    梅雨の日に嬉しいこと

    こんばんは。早速ですけれども、本日は嬉しいことがありました。2つ。

    1つは朝から洗濯物をして、雨が降る前に取り入れ、いちおうは乾いた状態になったこと。まぁ、一部、乾きにくいものは湿り気があるんですけれど、私のようなワイルドなヤツは抱きしめた温もりで乾かすからって思っています。

    小屋ぐらしをしている時は、ずっとコインランドリー→乾燥機生活だったのですが、これはちょっと罪悪感を抱いておりました。

    お日さまで乾くのに、なぜ化石燃料を使う必要があるのか!と。そうなのです、私は天日干し派なのです。よりエコな方を選びます。

    エコってのも価値観によりますけどね。例えば古本を買うほうが資源が無駄にならずにエコですけれど、作家にはお金が入らないし、その分経済が回らないとも言える。どういう正義を持つか、どういう価値観を持つかです。

    ここで嬉しいこのと2つ目が来るのですが、古本を7冊買いました。これを便利だからと言う理由で、ネットで買うわけですけれど、長野県から送られてきておるので、その分はエコではないですね。地元の古本屋を巡った方が良いのかな?いや、それはなかなか時間がかかるし、欲しいのが見つからなかったら嫌だ。

    とにかく、片方から見たら自分の判断はいつも正しいし、もう片方から見たら常に間違っている。何事にも表と裏があるものです。

    洗濯物に話を戻すと、だいたい裏返して干す派ですね。例えばジーパンなんかは圧倒的に乾きやすくなります。また、日焼けも防げます。まぁ、洗濯が終わった時の状態にもよりますけどね。

    あ、また古本に話を戻します。7冊をいっぺんに買ったので、どれから読もうかと、そのチョイスが楽しい。一応最初の数行を読んでみたのですが、1つを除き、なかなか良い感じに興味をそそられた。1つはなんか、なんというか、文章を修正したくなる感じ。わはは、エラそうだ。人の文章を修正する前に、いま打っている文章をなんとかせい。

    嬉しくなかったことももちろんあって、それは、忘れちまおう。忘れちまおう。

    こうやって、文章を書いていますが、なにか価値が生まれているのでしょうかね?もっと空想を広げて、ファンタジックな物語を書きたいと思っているのです。

    例えば、お茶っ葉の1本1本が、ワサワサと動き出して、何かが起こったと思ったら、何も起こらなかった話とか。

    何も起こらんのかい!

    スイマセン、いま目の前に松田桃香園のほうじ茶があったものですから、適当に書きました。そうそう、大手筋にあるお茶屋さんです。実家の来客で常にここのお茶を手土産にするおっちゃんがいるんですよね。もうジジイですけどね。

    まぁ、この目の前にお茶っ葉がある状態って、エライですよね。お茶を淹れる人が少なくなった昨今にもかかわらず、私はお茶を淹れています。急須がないので、コーヒーのドリッパーっていうんですかね、あのガラスのやつ、何ていうのかな、あとで調べようか。コーヒーポットでいいのか。それで、お茶を淹れてます。雑です。あるもので済ます。

    なんでもあるもので済ますので、生活が雑ですよ、とても、服とかも適当に、ボロボロでいいやー、っていっつも思っています。デートの予定もないしさ。

    デートと言えば、この前、、、ああ、この話はやめておこう。「一九八四年」を読んだら、女の子とお茶をするかもしれません。

    今日はこの辺りで終わります。

    23分で書きました。1384文字。