投稿者: 石黒わらじろう

  • ドラマティックじゃないライフ

    ドラマティックじゃないライフ

    「良いニュースと悪いニュースがある。どっちを先に聞きたい?」
    というセリフが、洋画であったりする。
    ハリウッド映画に多い記憶なのだが、これはアメリカの日常会話に出てくるような言い回しなのか? あるいは映画だけの常套句なのか?
    そんなことを気にして生きてこなかったのだが、今だけちょっと気になる。
    なぜなら、拙者にも嬉しいことと悲しいことがあるからだ。

    映画の場合は、後に言う方をより重大なニュースに仕立てるためにやっているはずだ、例えば解雇のシーンとかで、悪いニュースは会社が大損害を被った、良いニュースは君は解雇だから気にしなくていい、みたいな感じ。
    主人公は、どっちも悪いニュースやないか! という表情を浮かべて、悲しい音楽が流れて、悲嘆に暮れて、恋人から連絡が来たかと思うと別れ話をされる。
    だいたいそんなイメージ。

    しかし、拙者のライフは映画じゃないので、嬉しいことと悲しいことが独立してるし、別にドラマティックでもない。
    ここまで引っ張ってゴメンとさえ思うくらいだが、一応聞いてみよう。

    嬉しいことと悲しいこと、どっちを聞きたい?

    拙者はそこそこ、Webプログラミングができるので、ボタンを押せばポップアップで答えが出てくるようなギミックを仕掛けることもできるが、さほど優秀じゃないし、日常的にやってないし、たぶん1時間くらいかかりそうなのでやめておく。

    そのかわり、ちょっとテンションを上げて言います。

    嬉しいことー!
    それは、我が愛車のスーパカブ110(JA10)のエンジンの異音が解消したこと。
    上手く修理できたようで、乗車して仕事に行けた。
    車体が軽くて取り回しがし易いし、軽さの割には速いし、やっぱり大好きだと改めて感じた。
    もっと愛そうと思う。

    悲しいことー!
    それは、腰が痛いということ。
    今日は調理の仕事をしたのだが、意外にも腰にくる。立って包丁を握るというのは、腰回りの筋肉を使っているようだ。いや、同じ姿勢を小さな筋力で保つのが中殿筋にはキツイみたい。
    仕事をしながらイテテと100回くらい言ったし、こういう日に限って味がバシッと決まらず、余計な仕事を増やすことになる。
    時間がギリギリになって焦った。腰が痛いのに。

    という、全然ドラマティックじゃない拙者のライフ。

    まぁでも、だいたいの人はドラマティックじゃないライフを、ドラマ見たり、金使ったり、異性にメッセージ送ったり、ギャンブルしたりして、変化させようと頑張ってる。
    頑張れみんな、頑張れ!

    拙者も変化させるべく、何らかの新企画を立てて、楽しませながら楽しみたいぞ。
    新しい行動を起こしていくぞー。
    そうして、嬉しいことと悲しいことにぶつかって、スパイシーなライフ。

    こういう変化を望めるってことは、今の拙者は元気な時期だな。
    4月まではこのノリでいきたい。

    以上。

  • The value of health

    The value of health

    こんな調子だと「健康のありがたみを感じる」と毎日書かねばならない。それではつまらぬ。

    昨日木に登り、枝を剪定したら、腰を痛めた。
    その痛みを抱えながら酒を飲み、陽気になったが、寝る段になって痛みが牙を向いてきた。横になったが体勢によっては激しい痛みが突き抜ける。患部に力が入るとビーン!痛みが走り、寝返りが打てず、じっとしているものの、ウトウトすると体を動かしてしまい、ビーン!痛みで眠気が覚める。そんな夜。
    中臀筋の1か所だけで、こんなに動けなくなるものかと驚いた。

    翌朝になっても痛みが健在で、もうずっと寝てようかと思ったが、何かを食べたくなり、起きる決意を固めるが、どうやって起きれば痛みが出ないかを考えなければならないくらい、どう転んでも痛かった。
    爺さんはこんな感じなのだろうか。
    不便でワイルドな自然派生活は、いつまで続けられるのであろうかと悲しい朝だった。
    去年は足首の靭帯損傷し、年末も調子が悪かったし、今年に入ってこの腰だ。
    「健康のありがたみを感じる」って、そういう話ばかりをする年齢になってきたかも。

    だがしかし、この症状で、ランニングに出かけるという無謀さは持っている。
    昼には痛みがマシになったのもあって、積極的に動かした方が良い系の疾患だと判断した。
    痛みを抱えながら走って、特に下り坂の衝撃でジンジン痛む。速くも走れず、健やかな走りではない。でも進む。
    昼過ぎの伏見稲荷は大賑わいで、お祭りみたいだった。屋台のフードをほおばる人たちが沢山いた。
    腰が痛くなければ、もっと遠くまで走って行きたい晴天だったのにな。皆みたいに人生を愉しみたいよ。
    悔しいけれど、走れるだけでも良しとしよう。

    走るといえば、ミニ駅伝の企画を具体的に考えてみた。
    しかし、考えるほどに、何がオモロイのか分からなくなってきた。
    競い合うのが駅伝の根源的な面白みだが、それだとゆるふわにならなくて、ガチ思考になってしまう。
    ミニ駅伝では新奇性がなく、人を呼べん。
    駅伝じゃなくて、ゆるふわスポーツ大会にすれば、魅力が増すかな?
    こいうところで、止まっている。

    ラブレター駅伝、というアイデアが浮かんで、一瞬盛り上がったが、具体的に考えるといい感じに育たなかった。
    残念。

    自分と皆様の健康に寄与する企画をもうちょい考える。
    とにかく、腰の痛みはマシになった。
    ありがたし、健康!

  • おしりの鬼門

    おしりの鬼門

    こしがいたい。
    と書くと恋がしたいと空目しそうになるけれど、腰が痛いのだ。
    いや、腰というか、おしりの右の上あたりの筋肉が痛い。
    例えば、御所に向かってうつ伏せで寝たら、おしりの鬼門の方角に邪気が漂っている。
    これは呪いなのかと疑うが、原因は明瞭で、木登りして枝を剪定していたところ、枝を捌く時に変な姿勢をとってしまい、ギュっとなった。木の上の作業では気を使うべき項目が多すぎて、腰の筋肉など意識から外れる。負傷したら負けだ。今日拙者は負けた。
    不注意ではなく最近では腰を使う機会がないのが原因かもしれない。
    いやいや、これはエロい意味じゃなくて、サルサダンスを踊っていないなどの意味である。
    どちらにせよ、腰を使う機会はあるべきだと考える。
    柔軟性を保ちたい。
    普段から体を動かしているつもりだが、いつしか同じパターンに陥っているのかもしれない。ランニングを趣味としているが、効率の良い動きを追求して、使わない筋肉が生まれているかもしれない。
    何らかの変化が必要だと、大家さんにも言われた。

    大家さん夫婦と拙者と友人の4人は、庭作業の後、庭で飲んだ。焚き火をしながら飲んだ。みんなアウトドア好きなので気が合う。庭作業も娯楽として、焚き火も娯楽として楽しめる。庭で作物を育てて、それを収穫し、みんなで食べようなどと話して、夢も広がっている。
    だから、自分たちだけで楽しまずに、庭部などを形成しても良いなぁと思っている。
    雑草や蚊と戦わねばならぬけれど、古き良き共同作業が温存されていて、忘れられた幸せがある気がする。

    金を積んだ分だけ良い体験ができると信じている人がいるだろう。
    彼らが信じるものを拙者は否定しないでおこう。
    どうぞ、どうぞ、そのまま信じてくだされ。
    信じるからこそ、幸せになれる。

    拙者は何を信じようかな。
    幸せは仲間が運んでくれる。
    貢献した分だけ、仲間から信頼される、あるいは仲間が増える。
    そして集まって飲む。
    今はそういう世界観。

    拙者は大したことなどできぬ。
    木に登ればおしりの鬼門を痛める若輩者だ。
    酒に酔って靭帯を切ったり、カブのオイルを交換すれば異音を発生させたり、買ったばかりのスマホを落として画面を割ったり、相変わらず金はないし、実現できぬ夢を見て、実現できぬままでもいいかって思ってる。

    そんな拙者と一緒で良ければ、庭部とか、駅伝とか、盆踊りとか、旅トーク会とか、そんなので愉しんで生きていきましょう。

    とにかく今日は腰が痛いので、鬼門封じに膏薬を貼ろう。

    以上。

  • 大人のゆるふわ駅伝がしたい

    大人のゆるふわ駅伝がしたい

    駅伝がしたいのです。

    拙者はランニングが趣味なので、たまにRUNイベントを企てることがある。
    鴨川ハーフマラソンというのをやって3人で競い合ったり、GPS鬼ごっこもある種のRUNイベント。旅ランは1人でやってるけど、去年はRUNデートをしたんだよな、特になんにもならんかったけど。
    そういうRUN企画の一種として、大人のミニ駅伝をしてみたいと思っているものの、3年くらいやれてない。

    ほとんどの人が駅伝などには興味ないと思うのだが、大人になってからタスキをつないで走るのって、学生の頃に人目にさらされ無理やりやらされたあんなのより、感動が深いと思うのだ。
    拙者はマラソン大会に出るけど、あれは自分との戦いなので、友情は育まれないし、誰かを応援することもない。ひたすら「自分頑張れ」と言い続ける。苦痛からの解放で気持ちよくはなれるけど、それだけといえばそれだけ。虚しい。
    駅伝だと、自分の走りっぷりがチームに貢献するわけで、そこに喜びがあるはずで、それを味わってみたい。
    チームメイトが一生懸命にゴールまで走る様子を見守りたい。額に光る汗を見て、「必死やなぁ」ってつぶやきたい。

    だけど、コロナ禍のせいもあり、大人が出場できる駅伝大会は見当たらない。
    あと、出場できる会を見つけたとしても、同じくらいの熱意を持つRUN友がいない。

    だから、普段は走ってない人でも参加できるゆるふわな駅伝をやってみたいと思うのだ。タスキさえつないだらいいレベルのぜんぜんスポーティーじゃないやつ。

    で、この企画はやろうと思えば簡単に実施できる。正確なタイムを求めなければ装置とか必要ないし。普通にかけっこみたいなもんだから。
    だがしかし、参加者を集めるのがムズい。
    ミニマムで5人 vs 5人かと思うのだが、これだと10人の参加者が必要になって、こんなニッチな企画に10人集めるのは、めちゃきついんですよー。BBQとか飲み会なら10人くらい容易いけどなぁ。
    知人の範囲で走りたい人10人集めるって、読書好きな人10人とか、政治を語りたい人10人とか、ボランティアしたい人10人とか、ダンス好きな人10人とか、どっぷりコミュニティに浸かってない限りは難しいし、コミュニティに浸かってる人は逆に新しいことはやりたがらないだろうし。
    RUNは1人で成立するから、仲間づくりはやってこなかったなぁ。はぁ。

    最初は4人 vs 4人に妥協したら、ギリギリいけるかなぁ。
    いや、初回だから、3人 vs 3人でもいいか。
    これ以下になると、駅伝とは名乗れなくなりそうなので、もう妥協はできんぞ。

    というわけで、このミニ駅伝大会に参加しても良いぞ! という方は、連絡してもらえませんかね?
    京都市内で2月か3月にやりたい。
    1人2kmで考えていて、走りたい人は4kmでも可。
    タイムはどうでも良いです。なんとなく体を動かしたい、そのための刺激が欲しいという方を求めます。
    とにかく人数が必要なので、チームの足を引っ張るかも……などという心配は無用です。

    大人でもタスキを繋いで走る体験が必要だと、拙者の心が求めている。

    ああ、最悪は3人 vs 1人でもいいか。
    3人は駅伝で、1人はマラソン(笑)

    最低ラインがここまで下がったら、できるかもー!
    よーし!

  • 作家とご近所

    作家とご近所

    本当は小説家になりたいのだけれど、何も書いていない。
    だからせめてこうしてブログを書いている。

    社会に爪痕を残したい。
    街に落書きを残す不良少年のようなことを思っている不良中年なのですけど、そこそこ真面目なのでブログで落書きをしている。
    あわよくば本として残したいよ。
    拙者の本を買う読者を目撃したいよ。
    古本屋で100円で売られている我が書籍を目撃して、複雑な気持ちを味わいたいよ。表紙をめくると自分のサインが書かれていたりして。

    それ以外のことはあまり望んでいない。
    恋もしないし、美味しいものも求めないし、海外旅行も行きたくない、人から傅かれたくもない。

    でも、健康ではいたいし、庭の畑に野菜を植えて生長を愉しみたいし、鶏も飼いたい。
    盆踊りも楽しみたいし、何なら音頭取りにもなりたい。師匠と呼ばれたい。

    これらのことは、頑張るべき方向がよく分かるのだが、小説家ばかりはどう頑張れば良いのか一向に分からない。
    諦めるべき判断の仕方も分からない。
    今、書けてない時点で、すでに負けているのかもしれない。

    で、ここからいつものブログであれば、「でも頑張る」というオチに向かって進んでいくのだが、そういうのも飽きたので、全然別の話をしよう。

    拙者は資産家ではないので、住まいを借りて生きているが、現在は庭付きの一軒家を借りている。というと聞こえが良いが、いわく付きの古民家でもある。
    道に面した駐車スペースでスーパーカブの修理をしていたところ、散歩中のおばさんがこちらをジロジロと伺っている。
    どんなきっかけで、会話が成立したんだったかな? 拙者が「こんにちは」とか「どうもー」とか言ったっけ? なぜだか自然に会話が始まった。
    「いい土地やねぇ」などと言われて、「借りてるだけですよ」と答えた。
    「空き家になってるみたいだから心配してた」と言われて、「誰かが管理しないとねぇ」と答えた。
    「人はいなくなるからねぇ」と言われて、なんだかしゅんとした。おばさんが会話の中に無常観をはさんでくる。

    とまぁ、別になんでもない会話を交わしただけだが、あえて意義を見出すとしたら、古い家に住んでるだけでも何かしらの地域貢献があるってことだな。おばさんとの会話でそれに気づけた。
    もう少しオープンな性格になって、ご近所に挨拶と笑顔を振りまきたいけどな、そんな人間は小説家など目指さないのだ。
    作家は薄暗い部屋で頭を掻きむしりながら、ウムウム独りごちて、世の中への憎しみと羨望を秘めながら文字を走らせるものだ。
    しかし、実際の拙者は、おばさんに雑草のせいで庭の管理が大変なことや、木を登って枝を剪定した苦労話を聞いてもらって、地に足のついた感覚を得たんだよな。
    「落ちたらアカンで」と言われた。
    これは空が茜に色付きそうな夕方の話で、スーパーカブの修理も一通り終わった後の話。家に戻る足取りが軽くなっていた。

    もう小説家を諦めて、ご近所さんに愛される人を目指します。

    いやいや、両方目指せよ!

    以上。

  • 道楽おやじ特集サイトを作ってみたら

    道楽おやじ特集サイトを作ってみたら

    毎日のように自分語りをするのにも飽きてきますな。
    とはいえ、何かを表現するということは、何かしらの自分語りであって、三嶋亭のすき焼き情報や、三島由紀夫の潮騒書評を書いたところで自分視点は拭えないし、新聞記事ではなくブログなので、自分が感じたことを感じたままに書くことに価値があるはずだ。

    逆に自分を消してまで伝えたいことがあるとするならば、何だろう?

    それは、道楽おやじだな。
    道楽おやじを取材して記事にするサイトをやりたい。新しいメディアとして情報発信したい。

    道楽おやじの定義は、仕事とは別の金にならぬ趣味をせっせとやって、その筋の人から見るとスゴイ!と尊敬を集める人々をここでは指す。
    分からんけど、盆栽とか、貝を集めてるとか、菊を育ててるとか、金魚とかメダカとか、竹とか。
    そういう人にスポットライトを浴びせたい。
    なぜならそれは平和だからだ。

    拙者には問題意識があって、ジジイたちが仕事にしがみつくから、世代交代が進まず、経済が停滞する要因になっているのではないか。
    ジジイたちの仕事っぷりは効率が悪くて、会議したら仕事したような気になってて、人と会ったら仕事したような気になってて、自分ではゴールを描けないような人もいて、そういう人は引退しなされーと強く思う。
    すべてのジジイが悪いのではなく、特殊な技能を持ってるジジイは素晴らしいのですよ。
    しかし、時代の変化についていけてないジジイ、特にお役所出身や大企業出身のジジイは晩節を汚すような状態になりますよ。最後は誰からも相手にされない。

    繰り返しになりますが、めちゃめちゃ使えるジジイは仕事してもらえばいいのですけど、使えないのに他に居場所がないという理由で仕事にしがみつく、権威にしがみつくジジイがめちゃめちゃ厄介で、ちゃんと快活なご隠居生活をしたらどうやねん、と拙者は思っている。
    ジジイが引退しないから若者がFIRE(Financial Independence, Retire Early)を目指す歪な社会になる。

    仕事にしがみついてるジジイは全然カッコよくないぞ! 金や仕事がなくなったら敬意を表されない奴らめ! カッコいいのはこっちじゃ! とばかりに道楽おやじをフューチャーしたいんですよねー。
    カッコいいジジイ、目指すべきジジイの姿を見せておくれよ。

    どう思います?

    道楽おやじをひたすら集めるサイト。
    意外にも若い女の子からアクセスを集めるかもしれんなー。
    おやじ萌えとか言われるかも。

    と、拙者は途方もないことを考えています。
    もう少し具体的に、誰かが得をするように考えないと実現は無理だろうなぁ……。

    以上です。

  • 小さな課題がザッバンザッバン

    小さな課題がザッバンザッバン

    頭の整理が追いつかぬまま寝る前の時間を迎えてしまった。
    という現状に気付いた、ブログのおかげで。

    小さな課題をいくつか抱え、大きな課題に取り組めない日々が続く。愉しい空想を膨らませられない状況というのが正しいかな。素敵な物語も愉しい企画も生み出せない。

    小さな課題の1つは、朝に洗濯できなかったので夜に洗濯して、部屋干しをしているが、室温が20℃、湿度が64%でスムーズに乾くんかいな、とそわそわしている。

    あるいは、スーパーカブの問題を引きずっていて、いかに修理しようか? 自分で修理するならば部品を取り寄せねばならぬが、少額だと送料がかかるなぁ、と思案している。

    また、右上の奥歯が虫歯っぽい。しかしただの知覚過敏かもしれん。夏みかんを食べたり、ワインを飲むと痛みが酷くなるのだが、夏みかん食べたい。歯医者に行くまで不安だ。

    夜に肉団子を食べたけど、胃がもたれる。

    昨日ブログに書いたハッシュのコース作り当番は3月か5月かどっちにしよう。

    とまぁ、いくつもの小さな課題があって、愉しい妄想が膨らまないし、ブログに書くべきテーマも思い浮かばない。

    本来であれば湯船に浸かりながら読んでいる三島由紀夫氏の潮騒について、結構少年漫画みたいなプロットなんだよなぁ、初江とか千代子とかすでに名前が若くないなぁ、などと書いたかも知れないのに、小さな課題で頭の中が寄せる波返す波の潮騒状態で、ザッバンザッバンいうてます。

    胃が重く、時折歯がキーンとなり、湿度も高い。
    ザッバンザッバン。

    明日は何らかの愉しいことをしたいですな。
    焚き火を飛び越えたいな。

    以上です。