投稿者: 石黒わらじろう

  • 稲荷大岩トレッキング&バーベキュー会の記録

    稲荷大岩トレッキング&バーベキュー会の記録

    4日も経ち、酔も覚めてきたのでトレッキング&バーベキュー会について書いておこう。
    何のために書くのかというと、次回のためだ、来年のためだ。
    分かりやすく記録に残しておこう。

    まず拙者はクローズドな登山会に所属している。
    しかし、登山会というほどの集いではなく、初夏と秋の年2回、ほとんど比良山、所属メンバーはプログラミングの先生の生徒、というような登山チーム。
    こんなだから、メンバーはゆるふわで「先生に誘われるなら年に2回くらい付き合ってやろっか」という感じ、さほど山好きはいない。
    拙者にしても山好きというほどではなく、河川敷でも田畑でも自然の近くならそこそこ楽しめるし、山奥の神社とか人の営みも好きだ。
    比良山にトートバックで登るくらいだから、登山への特別視は無いのである。
    どこまでも自分の足で進みたい。気持ちの良い場所で食事をしたい。気持ちよく体を動かした後にビールが飲みたい。その延長線上に山がある感じ。

    良い季節が来たことを察知した拙者は、○○登山会メンバーへのトレッキング&バーベキュー企画を提案した。低山を歩くにはちょうどよい気候になると踏んだから。
    しかし、ちょっと性急だった。連絡から実施まで10日間しかなかった。2月の日の少なさを意識してなくて、1週間ほど時間の感覚がバグっていた。

    これのせいかどうかは分からぬが、参加者の反応が悪くて、反省。
    結果的には6人で、〇〇登山会のポテンシャルからはちょっと少ない。けど、何かを一緒にやるにはまとまりがあって良い人数だった。

    実は、2年前にも別のメンバーと同じトレッキング企画をしたのだが反省点がある。その時はトレッキングに疲れ果てたようで、バーベキューがあまり盛り上がらなかった。「あれ? バーベキューのワイワイ感がない」と思った。
    これは、自分もトレッキングに参加するとなると、火熾しから焼くまでに30分はかかってしまう。疲れた体での30分はブーイングを巻き起こすのだ。

    今回はそれを恐れ、ポテトサラダ、五目豆、紫花豆甘煮、粕汁を手作りしておいて、牡蠣の燻製と干しホタルイカ、乾き物を買っておいた。
    ちなみに粕汁は当日の朝に仕込んだ。
    振り返って考えると、この企画にはかなり無理がある。

    時計を気にしながらバーベキュー会場の準備をして、時間ギリギリの9:30に東福寺駅に到着。5人がちゃんと集まっていた。
    そっからは早々にトレッキングを開始。

    東福寺を見て、稲荷の北側のジメジメしたところを上り、稲荷最強の神蹟でお祈りし、北斗の拳を経て、大岩山から展望を眺め、北堀公園経由でJR藤森駅に至るコース。
    8km、2時間半ほど。
    序盤は寒さを感じる気温で足早に歩いたけれど、大岩山ではポカポカ陽気になっていた。
    鬱蒼として険しいところ、ユニークなところ、ドラマティックなところが続いて良いコースではあるけれど、たしかに花は咲いていないし、非日常に迷い込むほどの世界ではなく、近所のトレッキングコースからは離脱できない。
    そんな意味でも、ちょうどよい季節のちょうどよい企画なのです。
    ビールを美味しく飲むための平凡な山歩き。

    ゴールの後はビールで乾杯し、序盤の炭火で粕汁を温め、土鍋でご飯を炊き、良い炭になったらタレに付けた肉とチーズ入りソーセージを焼いた。
    七味がなかったのが残念ポイントだったが、あらゆる食べ物がちょうどよいペースでなくなり、スイートポテトのような焼き上がりの焼き芋も食べれて、準備の甲斐があった。

    ドリンクに関しては、準備物の的が外れていたかもしれないし、もっと気軽にアクセスできるドリンクブースを設けたいと思った。
    あと、長時間飲むときはビールがいいな。ワインや日本酒をやると飲みすぎてしまう。
    遅性のアルコール中毒で倒れるように眠った。

    やはり企画に無理がある。

    拙者の場合は、バーベキューに誘われた時にあえて現地まで7kmくらい走って行くくらいだから、運動した後のバーベキュー企画を理想としているのだが、参加者にとってはどうなんだろうな?
    トレッキングはトレッキング、バーベキューはバーベキューなのだろうか?
    下山後にバーベキューよりも、山頂でお弁当の方が良いのだろうか?
    一般人の感覚が分からぬ。

    どちらにせよ、バーベキューには走っていくので、お誘いいただきたいところである。
    誘ってもらえないなら、自分で企画するしかないよな。
    ウム。

    というわけで、拙者が探すべきは、バーベキューをやっといてくれる人だな。
    理解した。

    以上。

  • 小説家を目指すことによって豊かになれた話

    小説家を目指すことによって豊かになれた話

    拙者は小説家になりたいと公言している。
    しかし、歌手になりたいと言いながらカラオケに通うような感じで、実際は小説をカリカリと書いているわけではない。
    現状では夢見るだけで残念なヤツなのだが、ちょっと待ってて、ちょっとづつ階段を上ってる感じはしてるから。
    こうして毎日ブログも書いているしさぁ、ご覧の通りトレーニングは続けているのだよ。

    要するに道半ばなのだが、この時点においてでも豊かさが得られた気がする。
    小説家を目指しトレーニングすることによって豊かになれている。

    これはあながちファンタジックな話ではなく、そこそこ論理的な話で、例えば料理人になりたいと望む人が料理の修行をすることによって食卓が豊かになるのと似ているし、大工見習いの自宅が豪華になっていくような、ダンサーを目指せば姿勢が良くなるような、当たり前の話だ。

    では小説家を目指すことにより何が豊かになるのか?

    ・自然観察眼
    ・想像力
    ・文章表現力
    ・心の中の友達
    ・揺るぎない価値観

    自然観察眼

    小説家になるには風景描写が肝心で、美しい風景を作品に取り入れて細密に書き込み、読者の心を揺さぶらねばならない。
    作中に爽やかな風を吹かせ、読者の心をさっと涼やかにする。
    そのために最近の拙者は、夕日はどんな色かとか、この季節はどんな花が咲くのか、どんな匂いがするのかなどなど、できるだけ観察するようになった。
    ぜんぜん未熟なのだが、以前よりは風景や四季を五感で感じ取るように心がけており、それゆえ豊かになっている。

    想像力

    小説家になるには想像力が必須である。自分で体験し得ないことを書くことがあるからだ。
    最近は想像力の翼を広げまくっており、とめどなく妄想するように練習している。もし交通事故を起こしたとすればこれが原因かと思う。
    どこにいてもニマニマできるし、ARもVRも不要なくらい別世界に飛んでいる。
    一般人視点ではヤバい奴だが、小説家としては豊かである。

    文章表現力

    風景も、心情も、色、形、表情など何でも文章で表現せねばならぬのが小説家であり、この現象を文章にするには何と書くかなぁ? と頭を巡らせる。
    何かを見た時に言葉で表現できたものは頭に残りやすくなった。
    感動を言葉にできたとしたら、心の再現がしやすくなる。
    面白い話も、恥ずかしい話も人に伝えやすくなる。
    これはかなり豊か。

    心の中の友達

    小説家になるには小説を読まねばならない。
    たくさんの小説を読むと、それらの主人公たちが心の友達になってくれる。
    心の友達は何らかの決断をする時に、ふとアドバイスをくれるかもしれない。
    「想像力で乗り越えよう」と言ってくれるかもしれない、「悔しくても耐えよ」と言ってくれるかもしれない。
    本当の窮地に陥った時に助けてくれるのが、こういう友達であり、ビジネス書にはない小説の力なんだよなぁ。
    心の友達が増えて、読めば読むほど豊かになる。

    揺るぎない価値観

    人間社会で生きていると、あらゆる尺度で評価される。
    年収、仕事、外見、着てる服、アクセサリ、モテるかどうか、フォロワー数、いいもん食ってるかどうかなどなど。
    しかし、叶えたい夢が1つあれば、すべてがどうでも良くなる。
    他人の価値観はどうでも良い。
    書けるか否か、それだけだ。
    揺るぎない価値観はここにある。


    そして、きっとここからなんだろうなぁ。
    この豊かさをおすそ分けできるようになった時に、小説家になれるんだろうなぁ。
    料理人も大工もダンサーもおすそ分けできるようになってからがスタートだろうしね。

    以上、道半ばだけれど豊かになれた話でした。

  • 確定申告はやりたくないけどちょっと楽しい

    確定申告はやりたくないけどちょっと楽しい

    重い腰を上げて、確定申告に取り掛かることにした。
    拙者は個人事業主で、売上も儲けも僅かなれど、その僅かであることを表明するために確定申告をせねばならない。

    1年に1回だけのことって、めっちゃ億劫になる。
    1年も経てばだいたいそのやり方を忘れてしまう。
    しかもそれ自体は何の利益にもならぬ上、支払いが発生することもある。
    皆が確定申告を嫌がる理由である。

    だが、ちょっと楽しい部分もある。
    それは去年の思い出に浸れるところ。

    拙者の場合は全レシートをポリ袋に入れて雑に保管。なにも捨てないという保管。だから行方不明になること毎年恒例。
    今年も大発掘作業が行われ、見事に救出された。
    埃にまみれたポリ袋からレシートを取り出すと、仕事もプライベートも一緒になった1年の経済史があらわになる。
    観た映画、旅先のカフェ、工作の部品、馴染みの酒、母に買ってやったハーゲンダッツなどなど、あああの時の! と自分との出会いがある。
    さらには、水没して印字が薄くなっているレシートがあるのだが、それは大文字の日を共にした奴らだ。大雨で財布がびしょびしょになった。
    思い出がよみがえる。ちょっと楽しい。

    経費とそれ以外のレシートに振り分けないといけないけれど、独りで飲んだ酒とか、独りで食った牛丼とかのレシートじゃなければ、だいたいは算入可能かなぁと思う。
    しかし、そもそもの売上が少ないから、経費も使えないのが悲しいところだ。

    年々働くのが厭になり、売上がどんどん下がっているのだが、いずれは小説家になって、印税や原作使用料がバシバシ入ってくると思うので、その時に確定申告は意味をなしてくると思う。
    定収入のままでいい。売上アップとかぜんぜん目指さぬぞ。
    欲しくないものに手を伸ばすほど、人生に時間など無いのだ。

    庶民には細かく確定申告させといて、自分たちはザルみたいな金の使い方をする政府を批判したいところだけれど、拙者の言葉は批判するためには使うまいと決めたからな。
    お怒りコンテンツは増やさないで、生きていきたい。

    机に並べたレシートを見ながら考える。
    いつか「思い出レシートお茶会」を開いて、くじ引き風にレシートを引いて、なぜそれを買ったのかとその日の思い出を語る会をやってみたいな。
    おもしろトーク飛び出すかなー。
    ラブホの領収書とかだったらおもしろいなー。

    以上。

  • 飲み過ぎダメージの1日

    飲み過ぎダメージの1日

    飲み過ぎダメージをくらってしまった。
    昨日は運動した後のバーベキューで、おそらく12:30~16:30くらいまでダラダラ飲んでいたので4時間飲み放題。いわゆるちゃんぽんで、ビール、日本酒、白ワイン、赤ワイン、梅酒といろいろいった。
    しかも、最近は自宅での独り酒を禁止にしているので、酒に弱くなっているかもしれん。
    バーベキュー解散後は意識を失うかのように眠ってしまい、20時頃に起きて、風呂に入ったら、水分不足でのぼせた。脱水症状かなにかで動けなくなった。遅性アルコール中毒みたいな感じ。
    倒れ込むように布団に入り、ゆっくりと眠ったはずだが、朝から体がだらだらしていて、左側頭部がモヤモヤと痛みを感じる。
    運動の後のお酒が飲めない人は人生損だな、と思いつつ、酒を飲める人もまたダメージをくらうので、トントンだな。
    などと思いながら頑張って水分を補給する。

    昼には大家さんが作業しにきて、ビールを飲んでらっしゃるので、昨日の残りの炭酸水があるし、独り酒は禁止だし、ってことで傍らに座り一緒に梅酒を飲んだ。縁側じゃないけどそんな感じ。
    ああ、迎え酒しているなぁと、のどかな日差しを浴びながら、1杯、2杯、3杯と飲んだ。梅酒は度数を調節できるのがいい。かなり薄めに割った。

    で、拙者のような走る系の人々は、酒抜きランという文化があり、体がしんどい状態でなぜだか走りに出かける。
    効果があるのか分からんけど、それ以外のことはできなくて、休日を充実させるための唯一の方法という感じ。
    これが足の調子が良く、日差しが暖かく、もうちょい行こう、もうちょい行こうとしていると、最終的にしんどくなった16.7km。
    稲荷、泉涌寺、女坂、豊国神社、鴨川、城南宮というコース。
    帰って食べたお家ラーメンが異常に旨くて、HAPPY。

    ああ、疲労を回復せねば、と銭湯に行く。
    足の傷がやっと治ったので、やっと行ける。ちゃんと湯に右足をつけれる。
    小屋暮らしの時は毎日銭湯ですごくポカポカだったのに、家の風呂はすぐ冷めやがるので、風呂なしの家は肯定派。
    湯につかっていると、女湯の方から、数字をカウントする声が響いてきて、それに耳を傾け、何歳の子の体を労っているんだろうなぁと想像しながら、30まで数え上げるママの声を聴く。子守唄みたい。
    銭湯は身近な非日常が広がってて良い。

    とまぁ、飲み過ぎダメージのせいで、思考力に乏しく、今日はただの日記みたいな内容。

    他にも、ランニング中に中央アジア系の美女に微笑みかけられたり、鴨川沿いでは白人の美男子ランナーがいてカッコいいと思ったり、城南宮の周辺は車が渋滞してて歩いて来いよと思ったり、オシャレなカフェを見つけたり、泉健太氏とすれ違ったり、なんだかんだと豊かでござった。

    以上。

  • ポテトとポテトでぽてっと酔う

    ポテトとポテトでぽてっと酔う

    気づいたら夜の8時で、寒い部屋で目覚めた。
    頭がグラグラして、ああやっぱり飲むならビールだけでええわ、と思った。
    日本酒やら、白・赤ワインなどグビグビいって、やや気持ち悪い。
    今もなお酔っている。だけど、ブログを書く。

    今日は、とある登山会のミニ企画で、拙者が企画した。
    その詳細を記すのは、酔った状態では余す所があるのでやめておこう。とはいえ醒めた状態では書かないかもしれぬ。「楽しかった」という著述家失格の感想で終わらしても良いかもしれぬ。
    酔ってるのでご勘弁を。

    6人で8km歩いた。まだ春とは言い切れぬ日のハイキング企画。
    「花が咲いてない」と文句を言われるけれど、花が咲く時期なら別の楽しみがあるだろう!と反論したいところをおさめ、強引に歩いた。
    予定したコース、予定した時間で企画者としては満足だ。
    作っておいたお料理もそこそこ好評だった。「おばあちゃんみたいな料理」と言われた。まぁ、オシャレさよりもそれを目指している。
    ポテトサラダを大量に用意したのだが、意外なことに全部なくなった。そのかわりご飯が減らなかった。
    焼き芋はシーズンから外れているけれど、スイーツみたいで美味しかった。シルクスイートはなめらかでスイートポテトみたいな焼き上がり。また食べたい。

    拙者にとってはいつでも行けるランニングコースであり、さしたる感動もないけれど、普段は来ない人にとっては面白みのあるコースを選んだつもり。
    いや8kmでここまでバリエーションに富んだコースはなかなか無い。

    バーベキューをしたのだが、2人もノンアルコーラーがいたので、それは申し訳なく思った。
    事前に情報くれたらいいのに。
    好みのドリンク情報は欲しいところだ。
    全員ビールで満足せよ、と言いたいところだが、やっぱ日本人なら日本酒と思うし、バーベキューなら赤ワインかな、梅が咲く時期だから梅酒かな、と悩ましいところにノンアルコーラー。
    ムズいわ、こんにゃろう。

    まぁ、でも、しこたま酒を飲んで、明日も休みか、と思えるところが良いところ。
    ちょうどよい時期の、ちょうどよい企画だった。
    最高だー! とは言わぬ、手前味噌になるからなぁ。
    もっとよい時期になったら、もっと遊べばよい。

    ああきっと、比良山の謎ルートに誘われて、それが険しくて、文句を言う日が来るんだろうな。
    でも著述家だから、その雰囲気を書けるように頑張る。
    風景描写、頑張る。

    とにかく今日は、楽しかった。

    以上。

  • 女の子になりたかった、としたら

    女の子になりたかった、としたら

    「うわぁ、女の子可愛いなぁ」って思う時があるのだが、何ら表現ができなくて口惜しい。
    お顔立ちのときもあるし、服装、髪型、アクセサリ、歩き方、仕草などなどを拝見し、「うわぁ、女の子可愛いなぁ」と思う。
    しかし、ただジロジロ見るばかりである。
    本当は「かわいいー」って言いたい。
    「そのリボン、可愛いねー」
    「ピアスがたくさんでいいねー」
    「サロペットスカート、かわいいー」
    などと言いたいけれど、男やし、いやオッサンやし、それを言おうものなら、怪訝な顔で見られるならまだましで、最悪は通報されてしまうかもしれない。
    言えない。決して言えない。
    こんな時、女の子だったら良かったのに、と思う。

    「キャー、髪切ったのー、似合ってるー」
    「爪の色キレイ、夕日の色みたーい」
    「ロングコートの丈がちょうどで可愛いねー」
    って、女の子同士が褒め合って盛り上がるやつ、あれやりたい。

    昔はうるせえなって思ってた。なんで褒め合ってるんだ。待ち合わせしてたんなら、さっさと目的地に行けよ。などと冷めた目を向けていた。
    あの頃は、褒めている点のその良さが分かっていなかったのかもしれない。
    若かりし拙者は可愛いと形容すべきはいつも顔のことであり、それ以外の可愛さが全く分かっていなかったのだ。

    しかし今では、醸し出すオーラとか、これぞ女の子みたいなアイテムとか、女の子が女の子であらんとするその意思の表現が、気高くて可愛い。
    褒めたい。可愛いと言いたい。
    女の子同士のように、気軽に言いたい。

    などと思いながら、バイクに乗っていたり、ランニングしたりして、拙者は走り去っている。
    ジロジロ見ていることは気づかれていない(はず)。

    しかし待てよ、
    どうなんだろうか?
    実際に発言してみたら、女の子にどう思われるのだろうか?
    ・嬉しい
    ・キモい
    ・口説かれてる!
    など、どんな風に受け取られるんだろうなぁ。

    あるいは、女の子同士的な意見ではなく、男性視点の意見の方が嬉しかったりするのかな?
    たとえば、「可愛い」と言うよりも「知的な印象で素敵ですね」とか、「清楚で綺麗な雰囲気、好きですよ」とか、「溌剌としていてこっちまで楽しくなりますね」とか、ジェントリーな、大人の男、みたいな褒め言葉を求めていたりするのかな?
    「きゃあ、大人の男に褒められた。ルン♪」と、思ってもらえたりするのかな?

    もう1つの問いとしては、女の子なら誰しも気軽に褒め合えるのか? 実は何らかのトレーニングが必要で、言うのが苦手な女の子もいるのだろうか?

    まだまだ分からぬことがたくさんある。
    謎は謎のままで置いておこう。
    人間関係の余計なトラブルは避けておこう。

    以上。

  • 太らない体と食への諦観

    太らない体と食への諦観

    頭がぼーっとする。
    これは春のせいではなく、ご飯を3膳食べたからだ。
    最近はずっと2膳にしていたのだが、今日のバンバンジーはちょっと美味しすぎて、もう1膳おかわりと欲が出た。
    できれば、たくさん食べて体力をつけたい。もう少し太っても良いくらいだと考えている。

    拙者は太らない体質ではないが、消化器官が弱くて、たくさん食べると不具合が起こる。
    その上で、ランニングやダンスを趣味としているし、甘い物を食べても頭がぼーっとなるので控えるし、太りようがないのである。
    ダイエットしようという人を羨ましく思う。

    あと、コンビニエンスな食事も好まなくて、近くにコンビニがあるのだが弁当などは買わなくて、それを買うくらいなら飢えたままでいいや、と生きる力に欠けている。

    実家が食料品店で、幼少期から食べ物に困らなかったせいで、渇望があまりないんだろうなぁ。いつでも何かが食えたからなぁ。
    ヤクルトも、ビックリマンチョコも、ウニもイクラもステーキ肉もなんだかんだとあった。
    昔から豊富なものを求めても幸せになれない。
    逆に、小さい頃から体が弱かった反動で、大人になってランニングなどで遠くに行けることに幸せを感じてしまう。

    お肉とかも別に食べたなくなくて、SNSとかに赤いままの肉をありがたがって載せる人がいるけれど、ちょっとグロテスクな感じがする。
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    肉にはうんざりしている拙者だが、BBQの企画を提案したので、今日は肉を準備した。こういうのは楽しい。
    これはクローズな会で山登り仲間に呼びかけたのだけど、あんまり反応が良くないなと思いつつ、近くを散策してからのバーベキューなので、いいシチュエーションでビールが飲めるとワクワクしている。
    晴れそうだし、絶対に旨い。
    ついでに焼き芋も焼いてやる。

    運動した体で飲むビール、一気に酔いが回り、テンションが上がり、なにか楽しい話をしたくなり、その場に仲間が居てくれるなら、それを幸せと呼ぼう。
    ニヤニヤ~。

    そういう休日を毎週過ごしたいのである。
    ハッシュとか、ランニングクラブとかもあるので、なんだかんだ、理想に近づきつつある。
    ありがたや~。

    以上。