投稿者: 石黒わらじろう

  • 油断をすると体調を壊す春

    油断をすると体調を壊す春

    寒かった冬が終わり、待ちに待った春が来るー♪
    なんて思っていたら、気怠い。
    そうそう、春は気怠いし、花粉も飛ぶし、寒暖の差が激しくて疲れる。
    油断をすると体調を壊すのがこの時期なので、春の陽気に誘われて羽根を伸ばしすぎないように気をつけねばならない。
    頑張らないぞ、なにも頑張らないぞ、と決意する。

    確定申告が手つかずで、エントリーしたい小説のコンテストがあって、それなのに梅花が咲きはじめ、なんだか心を焦らせる。
    夕方の日が長くなってきてランニングのチャンスだと体が動きたがる。
    春の気候こそ、奇行のシーズンだぞ、どこかで何かをやらかしてやれ、それをブログに記録せよ、とプレッシャーがかかる。
    だけど、頑張るな、頑張るな、健康と余裕、健康と余裕。

    そう思っているのに、昨日の夜は眠れなくて、睡眠不足に陥った。
    原因は、寝る前の緑茶のせいか、刺さるWeb小説を読んだせいか、小説の構想のせいか、とにかく覚醒ボタンがオフにならなかった。
    朝起きて、この状態はヤバい、判断力に支障をきたすぞ、と思っていたのに、案の定、買い物先で財布がない。
    取りに戻った。恥ずかしい。

    仕事も調子が出ずに、スパっと物事が決まらない。
    あっちがいいかな、こっちがいいかな、と悩んで、決まらないので両方準備しようとして、仕事が増えた。
    疲れる。

    帰宅してウトウトしたらようやく本調子に戻った。

    のんびり仕事をしている拙者でもこんな風に疲れるのに、もっと頑張って仕事している人はめっちゃ大変だなぁ。
    余裕なんで持てないで、タバコ吸ったり、晩酌をやめられなかったり、食べすぎたり、Webに文句を撒き散らしたりするんだろうなぁ。
    しょうがないしょうがない、みんな疲れてるからしょうがない。

    春が来る。
    体調を壊しやすい春だ。
    とにかくよく寝よう。全力で寝よう。
    そして余裕を持つ。小説を書けるくらいの余裕を。
    空想世界に心を遊ばせる。
    そして誰かが遊びにこれるレベルの表現力を身につけて、その世界を共有しようと思う。

    以上。

  • 何者にも成れなかった、と認めてからの話

    何者にも成れなかった、と認めてからの話

    最近は人間関係が楽で、常に余裕のある状態を保とうと心がけているし、勝ち負けも、人からの評価も、目標達成もどうでも良くなってきた。
    何者にも成れなかったし、何者かに成ることをほとんど諦めて、そんな場所に拙者は立っている。

    これまではけっこうしんどかったよな。
    だって何者かに成りたかったから。
    近いのから順番に言うと、ここ2年間は小説家になりたかったし、その前は小屋暮らし最強マンになりたかったし、その前は自分の店を持ちたかったし、その前はダメな奴じゃないと証明したかった。
    しかし何者にも成れぬまま、想いが潰えてしまった。

    まぁ一応、映画の原作者として名は刻まれているし、小屋暮らしは新聞にも取り上げられたし、素敵な女性の彼氏だったこともあるし、誰かから少し尊敬されていることもあるので、誰かにとってみれば何者かではあるかもしれない。
    だけれど、自分で思い描いた何者かには成れていない。
    あの日、歯を食いしばりながら夕日に向かって走って、「何者かになってやる」と叫んだ、その何者かには成れていないし、その日の記憶もないし、たぶん叫んだこともない。そういう気持ちだったってこと。

    今でも小説家になろうとはしているが、とりあえず持っている夢くらいで、自分のアイデンティティをぶっこんだりはしていない。
    「小説家に成らなければ、自分が生きる意味などない」って昔ならば思い込んだところだが、今は「愉しんで続けられた先にあるかな~」と成れても成れなくても自分の延長線上という感じ。

    今は何者かに成ることよりも、健康でいることや余裕を持つことに価値を置いている。
    いつもニコニコしていられる余裕、誰かをスゴイなって認められる余裕、手を差し伸べられる余裕、さっさと手放せる余裕。これらを持つことが大人って感じがするし、評価を得るよりも上位の価値を置くようになった。
    これが、何者にも成れなかった、と認めてからの世界かなって思う。

    40を超えて体力がなくなり、価値観を変えなきゃならんから変わったのかもしれんし、小説をたくさん読んでるおかげかもしれんし、そこそこやりたいことにチャレンジしてきたせいかもしれん。
    とにかく変わったし、やっと楽になってきた。

    誰からも愛されない。それでも何かを一方的に愛し続ける余裕を持とうと思う。
    不惑ってのはこういうことかもしれんよね。

    以上。

  • ゆるふわスポーツお花見ピクニック大会をやりたい

    ゆるふわスポーツお花見ピクニック大会をやりたい

    拙者は行動に思考が引っ張られるので、今日はピクニックが頭に浮かぶ。
    小説を1話でも書くとその続きを考えてしまうし、畑作業をすることで何を育てようかとワクワクしてしまうし、女性を口説くことによって好きな面を見つけようとするのかもしれないし、昨日のゆるふわスポーツ大会によって、どうすればもっと面白くなるかと考えている状況。
    この性質のせいで頭がカオスになる。

    ゆるふわスポーツ思考のピークは今日だけで、あとはどんどん関心が薄れてしまうのがいつものパターン。
    たとえば4月にゆるふわスポーツお花見ピクニック大会(長い!)みたいなのを、めちゃめちゃやりたいと思っているのだが、いざ4月になると、なんでやりたかったんだっけ? となる。

    この思考が消える前にメモを書いておこう。
    まず、ゆるふわスポーツはニーズがある。多くの人は体を動かす機会を欲している。
    ガチなクラブだと、足を引っ張るんじゃないかと恐怖してしまうし、値段の高い道具が必要なのはハードルが高いし、テキトーでユニークで遊び心のある運動機会はあるようでない。

    体育館を借りるような競技は所定の人数を集めないといけなくなるのでハードルが高いし、そこいらの公園で成立するような競技がいい。

    だいたいみんなすぐに息が上がるので、ゆるゆると休憩しながらできるのがいい。

    結局はランチとか、ピクニックとか、ビールとかを目的にしつつ、アイスブレイク的な(コミュニケーションが円滑になるためのゲーム的な)スポーツってことで良い気がする。
    10時からテキトーにスポーツして、12時からそのままピクニックをすればすごく平和。気候の良い時期はね。
    暑い時期は泳げる場所で遊んで、寒い時期は温泉の近くで遊ぼう。
    桜の時期なら花の近くで遊べばいい。
    良い場所が思い浮かんでるんだよなぁ~。

    大事なのはチームプレイが成立すること。
    勝ち負けにはこだわらずにやること。

    なんとなく、新しいライフスタイルの匂いがするのだが、どうだろうか?

    別に大会とかしなくても、フリーフリスビーとかってやって、「3分だけフリスビーの投げ合いしましょう」って付き合ってもらって、喋りながら投げあって、なんとなくお互いに良い運動になったーと気持ちよく別れるような、そんなゆるいのでもいい気がするなぁ。

    とまぁ、色んなアイデアが出てきた。

    土日のどちらかは運動をして遊びたい。
    結局、独りでランニングしてるので、その時間を人と遊ぶのに使っても良いんだよなぁ。
    広がりがあった方がいいし、文化が生まれるのは望むところだし、度胸はあるし、なんでもやりたいことできる。
    初めてやることはいつも刺激的だし、飽きたらやめればいいし。

    いいね、楽しそう。

    以上。

  • 今こそ日本に必要な、あたたかい目で見る運動会

    今こそ日本に必要な、あたたかい目で見る運動会

    拙者は幼き頃から喘息で、さらに球技が苦手で、小中高と運動音痴の劣等生として育った。これは悲しきことである。
    しかし大人になってから、劣等感の反動もありランニングに熱中したり、鉄棒もできる方だったり、ダンスではめちゃめちゃ元気だったりする。
    昨年は靭帯損傷で運動できなかったこともあり、今はとにかく体を動かして遊びたい。
    走ったり泳いだりはするが、ふと考えると、チームプレイで遊ぶ機会がない。
    IT化で対面交流が減っている上に、チームプレイも減っている現代。なにか考え、企画すべきじゃないかと思った。

    個人的にはミニ駅伝がしたかったのだが、それだけじゃ門戸が狭いので、他の競技も付け加え、ゆふるわスポーツ大会として、2023年2月26日(日)に実施することにした。

    理想を描いたところでは10人集めて5 vs 5で遊びたかったのだが、想いは届かず6人に縮小された。
    考えていたアルティメットは正式ルールを採用できないし、ミニ駅伝も競技時間が短縮される。
    細かい想定ができず、出たとこ勝負。
    だけど、これが功を奏した。

    単に河川敷でフライングディスク(フリスビー)を投げ合うだけで非日常だったし、ミニ駅伝では仲間が頑張って走る姿に勇気づけられた。
    偶発的な面白みがあって、たとえばフライングディスクをギリギリでキャッチする格好は日常では見られない姿で、それが面白い。
    あるいは、フライングディスクがどんな風に飛んでくるか分からないランダム性が面白い。
    敵チームがどんな動きをするか分からなくて面白い。
    誰がどんな走力を発揮するか分からなくて面白い。
    ゴム紐を口に咥えて、その白い布で相手と繋がってる様が、今まで見たことのない景色で、めちゃめちゃ面白い。

    ゲーム後にフリーチャイのお兄さんに出会ったこと、ランチを食べに行った店、その後のカフェ、知り合いに会ったこと、それらも偶発的で、天からの贈り物みたいな感じがして、出たとこ勝負で良かったなと満たされた。

    こういったことが全部いつもと違ってて心躍ったし、こういったことをまた体験するためにはどうすれば良いかと考える。
    1つは自分一人で判断しないことかな。一人だと決断の結果みたいになる。
    もう1つは、金でサービスを買わないことかな。金を出す時は何らかの結果を期待するから出すのであって、その期待を上回るか下回るかはあれど、だいたい想像の範囲内で終わる。
    型にはまらず偶然を楽しむ余裕を持とうと思った。

    主催者としての考察。

    ・ゆふるわスポーツ大会のニーズはある。
    ・あたたかい目で見るチームスポーツは心地よい。
    ・運動の機会が欲しいだけなので、競技性は少なくて良い。
    ・ゆるふわスポーツピクニックみたいなので良い。

    大人になってしまうと、チームスポーツにジョイントできなくなってしまう。経験者であればいけるかもしれんけど。
    そういう人の受け皿があってしかるべきだし、とにかく楽しかったので、新たな競技を携えてまた召集をかけたい。

    とにかく集まってくれた5人には感謝を申し上げる。
    雪がチラつく寒い日で、競技内容も謎で出たとこ勝負で、それでも楽しくしようと前のめりになってくれた。

    日曜午前の運動はとても爽やかで、有意義で、友が待つからこそ朝起きて家を出ていける。
    そんな予定で毎週を埋めたいくらいだ。
    だからゆるふわスポーツに拙者を誘ってほしい。

    もうよい歳になってしまって、こういう遊びができるのも短いなぁ。
    と、少し寂しく結びます。

    以上。

  • 美しい風景描写を書きたい

    美しい風景描写を書きたい

    日々意味不明なことを書いておりますが、たまには世界の美しさを描写したい。
    みにくき我が心理を描写しすぎて、風景描写は不得手なのだが、何かしらの感動を呼ぼうとするのならば、美しき風景に頼るほかない。
    とはいえ、見る目が濁っておるので、美しさを美しさと感じれず、庭に出て、ハラリハラリと舞う雪を見ても、ほころび始めた梅花を見ても、今日は寒いなぁと生活感ばかり漂わせてしまう。
    困った困った。

    世界の美しさを描写できぬのは、部屋が汚いからではあるまいか?
    こんな部屋にいて、美しい文章が書けるはずなかろう。
    いやいやそれは関係ないぞ。
    美しい部屋に住み、服を着飾ったとしても、美しい文章が書けるとは限らぬ。

    今日は少しだけ掃除をし、スカッとなった部分はあるが、逆に汚い部分が目立ち始める。
    この世界は厄介にできておる。
    ゴミの中のゴミは目立たないが、きれいな場所のゴミは目立つ。さりとてゴミの中の薔薇はもはやゴミであるし、ゴミもちゃんと分別すれば資源となる。
    とかく掃除は面倒くさい。
    ルーズな家庭で育ったゆえ、美意識に欠ける。
    ローズが咲き誇る家庭で育ちたかったものだ。

    美しい風景といえば、「ああこの景色を君にも見せたかったな」と思う時がチャンスなんだろうな。
    最近では簡単にシャッターを切ってしまい、ディスプレイに映るそれを見て、「ああ、上手く撮れないな」と思うだけで、言葉で表現しようという意欲がそもそもない。

    自分の好きな景色くらい、言葉で表現できるくらい自由に生きたいものだ。
    たとえば、琵琶湖の湖西の和邇あたりから蓬莱に向かう時の比良山の迫りくる様子とか、泉涌寺の総門の前にある段の高低差は物語が生まれそうなのとか、宇治橋から中の島や塔の島を望む風光明媚さとか、旅から帰ってきた時の大手筋のゴチャゴチャした安心感とか、裏稲荷の大岩大神の不思議な感じとか、言葉で上手く伝えたことがなく、不自由。
    技術がなくて不自由。

    これからは、心と言葉で記憶していこうと決意を新たにし、いつか美しき風景描写が書けるようにと願い、たぶんすぐに忘れるだろうなぁと諦めつつ、もう寝ようと思う。

    以上。

  • 小説家になる方法

    小説家になる方法

    小説家になる方法がぜんぜん分からないと思っていたが、最近ではちょっとづつ分かってきた。
    読む、書く、読む、書く、読む、書く、を繰り返すしかない。
    これさえしとけば成れるというわけではないが、最低条件ではある。

    作る系の仕事をする人なら同じだろう。
    料理人になる方法は、
    食べる、作る、食べる、作る、食べる、作る。
    プログラマーは、
    読む、書く、読む、書く。
    絵描きなら、
    観る、描く、観る、描く。
    音楽家なら、
    聴く、奏でる、聴く、奏でる。
    みんなそうやって生きている。

    先達に習うのも大事かと思うが、プロの世界では誰かが教えることの上を行かねば、なかなか食えないのが世の中だ。
    常に新しいことを取り入れねばならない。
    その上で人に認められねばならぬので、ツラい世界でおます。

    だから過程を愉しむしかなくて、読む、書く、読む、書く、読む、書くは、別に苦痛じゃなくて、苦痛なのは、こんなことしてて意味あるのか? と内省する時や、自分が書いたものがつまらぬ時。あるいはとても良い出来だと惚れ惚れしたのに、評価を得られなかった時。嘆息を漏らし、あうううう、と打ちひしがれる。

    これらの苦痛は経験済みで、それでも書こうと思っているから、この志たるや本物じゃ。良いぞ、良いぞ、頑張れと、自分で自分を励ましている。
    邪魔するものも全然なくて、仕事が忙しいとか、子育てに忙しいとか、病気だからとか、全く言い訳が成り立たず、唯一として貧乏で生活が苦しいと言うことはできるが、これは遊ぶ金が無きゆえ遊ぶ時間を必要とせず執筆が捗ってしまうので、むしろメリット。自宅での独り酒を禁止したのでブログも捗ってしまう。
    言い訳ができぬ。小説家になれなかった時は、想いの小ささ、ということになってしまう。この評価には悪寒が走る。寒い。と思ったら暖房が切れてた。

    著述家など、原価のかからぬ仕事すぎておこがましいよな。
    字だけで生きるなぞ、正気かよ。
    と、商店街育ちの拙者は考えたりもする。
    いや、待て待て。
    だいたいいつもマイナスを被っている。
    読者は3分で読み上げるのに、拙者は1時間くらいかかっているのである。20人に読んでもらってやっとトントン。
    原価はかからぬけれど、時給はいつもマイナスだ。
    いつか返してもらうぞ!

    以上。

  • 理想通りにならないところからが腕の見せ所

    理想通りにならないところからが腕の見せ所

    2/26(日)にゆふるわスポーツ大会というのを企画し、呼びかけてみたが目論見通りにいかなさそうだ。
    10名は集めたかったのだが、日が悪かったようで6名といったところ。
    こういうオモシロイかどうか分からない企画は難しいと分かっていたが、もうちょいいけると思っていたので惜しい。

    誘った人の反応的には「ゆふるわスポーツ大会」というフレーズは悪くないようだ。ニーズはある。
    しかし、中身は検討の余地がある。磨きたい。
    競技性を高めた方が良いのか、ピクニック的にした方が良いのか、あるいは専門性を高めたほうが良いのか、何を求めているんだろう。新奇性も必要で、実は動画映えがポイントになるのかもしれんなぁ。

    3 vs3だったら、駅伝は成立しそうだが、アルティメットは無理そう……。
    ん? バスケの「3 on 3」というものがあるから、ルールを調整したらなんとかなりそうだな。
    ハーフコートにして、バスケットゴール的なモノを1つだけ用意すれば競技として成立しそう。
    これはイケた。

    兎にも角にも、体を使って遊べる種目や友達を増やしておこう。
    これからの社会では運動のニーズはどんどん上がる。
    マラソン人口が過去最多という記事を見たり、カレー屋さんで食事をしていると後ろのテーブルの女性が「ハワイに行きたいからマラソンでも始めようかな」と語っておられた。
    AIが仕事をして、人は運動する未来?

    あとはチームプレイの希少価値も高まってくると思うので、良いものを生み出したい。集まって何かをやってみて手応えを掴みたい。
    出たとこ勝負だけど、未来のための一歩でもある。

    ガチガチに企画を固めてしまうのが拙者の悪い癖でもあるので、遊べそうな備品をちゃんと用意しておいて、他力本願でみんなに遊んでもらうだけでいいかもな。
    フリスビーをキャッチし合うだけで、楽しいかもしれんもんな、もう20年くらい触ってないし。

    運動して楽しみたい、できればチームプレイで楽しみたい。
    この気持だけ大事にしておこう。

    以上。