目的地が決められない
もっとわがままに
なれたらいいのに

竹田駅から
東寺を目指す
ことにした
朝の爽やかさが
似合わない歳になった

動物を愛護するより
私を愛護してほしい

ごめん
やっぱ
飼われるの嫌だ
野犬のように走り
東寺に辿り着いた

西寺やないかい!

羅城門
かっこいいのは
名前だけ

東寺はここだ

門をくぐると
別世界

5キロ走ると
自撮りが億劫になる

広々していて
心地よい

東寺が通学路
これぞ京都どす
今回、お菓子は
買いそびれた

竹田駅に戻る頃には
へとへとです。
おしまい

いつもやっていることを
楽しくすれば
豊かになれる
京都迷走ランニング、をやってみることにした。
私は10年くらいジョギング・ランニングを続けている。
健康のためではあるが惰性になっている。
これまでは速さや距離など成長が続いていたように思うが、歳のせいか頭打ちになってきた。
コロナ禍で出走できるレースがないのも一因。
私は走りながら考える。
「もっと楽しくて有意義な活動にならないかな?」
例えば、いつも違うコースを走るならもっと楽しめるはず。
いろいろ、いろいろ、考えると、京都迷走ランニングになりました。
いつも違うコースを走りたい。
そのコースを紹介したい。
なんらかで他者に貢献できば嬉しい。
例えば、楽しく走る人が増えて人の健康に貢献するとか。
魅力的な場所やスイーツを紹介すると、同じ道を辿りたい人が増えるかも。
いつも違うコースを走るためには、違う目的地を目指す。
ー>目的地を決める
どこからどこまで走るか決める。
家からだと距離が無茶苦茶になるし、他者視点では再現性がなくなる。
ー>目的地から5kmくらいの駅を出発点に選び、往復で10kmくらいにする。
ー>寄れるスイーツのお店も検討つけておくと良い。
どうやってスタート駅まで行くか?
ー>自転車でスタート駅まで行きます。体力アップと交通費節約。
楽しく走る。
ー>沢山写真を撮りながら。
ー>1000円はスイーツ代やら何やらで使うと決めておく。
走ったコースをブログに書く。
→4コマ漫画みたいな、分かりやすいのがいいなぁ。
第1回をやってみた。
ー>近鉄向島駅から玉田神社 #京都迷走ランニング
目的地を決めるのは難しい。
ー>やる気が出る必要
ー>良いコースになるのかという不安
ー>いつもどおりの道で良いのでは? という怠惰
結果は、いつもと違う道を走るのはときめく
4コマ漫画風にするには、自分の顔出しをせねばならん。
ー>風景だけではポエミーになる
行動した先には幸福が待っている
ー>家でじっとしているよりは、豊かな時間になった
ー>スイーツも嬉しかった
ー>玉田神社アカウントからリプがあったのも嬉しかった
いつも新たな表現を模索しよう
ー>4コマ漫画風にするためCSSをいじった。かなり時間がかかった
ー>wpを使うならnoteでは表現できない方法を探求すべきだ
ー>同じく、Youtube、Instagramにできない表現を
目的地をスムーズに決めるために京都検定のテキストを手にとった
ー>京都トリビアに詳しくなれそう
とにかく、10回はやってみます。
めちゃめちゃ面白かったら、誰かを誘うかもしれません。
一緒に走ってみたいと思った方はすぐにでも連絡下さい。
私が飽きる前に!
次回をお楽しみに♪

「玉田神社に行きなさい」
お告げがあった
近鉄向島駅から走る

何かをやろうとすると
雨が振ってくる
駅の西側、田園風景
始まりを予感させる階段

遠くまで平坦な道で走りやすい
稲穂が実りつつある

久御山ジャンクション
折り重なって面白い

その裏には立体的な公園

ひっそりしている
久御山イオンを通り過ぎ
びしょ濡れで目的地に到着

玉田神社
カワイイ手水鉢

にゃんこにゃーにゃー
こじんまりしているが清潔感がある
巨木も良い、おそらくクスノキ

6kmほど走って腹ペコ
お菓子を買いたい

入りにくいけど
お菓子が売ってるらしい

買えた
おまけの包みをもらった
宇治川に出る

水量が多い
川沿いを走ると元の場所に戻れる

ご褒美のビール
香ばしくてとても美味しい
家に帰って
包みを確認

すごいのが入っていた

抹茶のロールケーキ
の切れ端
あのお菓子屋さんに
また行かねばな
おしまい

9月が始まった。
相変わらず僕は朔日参りを続けている。毎月1日には神社に参拝している。
今年行くべき神社は残すところ4ヶ所。その中で最も近い城南宮を選んだ。
僕はランニングウェアに着替える。走っていくためだ。
○
9月になってしまう前に、やっておきたいことがあったのにできていない。
長編小説を書いて応募したい賞があった。
だけれどぜんぜん筆が進まずに、諦めることにした。
ブログなら毎日でも書けるんだけどなぁ。
小説に対する間違った理想像があるのかもしれない。
こうじゃないといけない、ああじゃないといけない。
そういうのに押しつぶされたのかも。
○
すでに朝の9時をまわってから家を出発した。
若者たちの登校時間、あるいは出勤時間は過ぎていて、町を歩く人々は人生に慣れきったような人達ばかりだ。
そういう私自身もこんな時間にランニングするなんて、悠々自適だ。
「毎月1日くらいはこんなペースで生きたらいいじゃないか」
と、思うのだが、毎日のんびり生活が続いている。
幸せ、ではない。
情熱を傾けられる何かが欲しいと思っている。

城南宮の拝殿に辿り着いて、目を閉じるのだが、明確にやりたいことは浮かんでこない。
まとまっていない脳みそにため息がでそうだ。
この調子では時の流れに身をまかせるような9月になってしまいそう。
僕はそれを望んでいない。
アクティブに過ごしたい。
言葉だけが虚しく響く。

おみくじは小吉で、良いことは何も書いていない。
そらまぁ、望むものがなければ、良いこともないよな。
○
行って帰って7kmほど。
お務めを果たした気になった。
とにかく早起き習慣をつけたら、なにか好転するかな、と期待している。
ダラダラした夜を過ごさずに、シャッキリした朝を過ごしたい。
私の願いはその程度です。
○
今年行くべき神社はあと3社です。
今宮神社、西院春日神社、梅宮大社。
ランニングも兼ねて行たいと思うけど、これには計画が必要だ。
ただふらりと神社に参拝するにも計画が必要なんだよなぁ。
行きたい場所を決めて、行く方法を決める。
それが課題だ。
とにかく9月はアクティブに過ごしたい。
行きたい場所は決まっていない。
以上です。

今日は読んだ本の話。
ナディさんによる「ふるさとって呼んでもいいですか」を読了しました。
移民問題にちょっとだけ詳しくなれた。
○
私の住む街にはパラグアイ人の女性が住んでいる。おばさんです。
我が母と同世代だろうか? 我々と同世代の子どもたちがいることを知っている。
これ以上書くとプライバシーに関わるのでやめておこう。
私は以前からそのおばさんに気に入られてるようで、街角で出会うと声をかけられる。分かったような分からないようなことを喋られて、いつもニコニコ、ヘニャヘニャ対応している。
その人からなぜか「読みなさい」と頂いた本がこの本です。
著者とお友達なんだろうか?
分からない。
興味のないまま時間が過ぎたが、ようやく手にとってみることにした。
○
著者のナディは私と同年代です。4歳年下。
その彼女が当時6歳だった頃に、イランから家族と日本にやってくる。父、母、本人、弟2人。
在留資格なしで労働のために来日を決意するのです。
当時の日本は安い労働力欲しさに規制がゆるかったらしい。
警察に怯えたり、健康保険に加入できず医者に行けなかったり、学校へいけるかどうか、強制送還されないかどうか、などの日々を綴った自伝です。
大変そうでしたけど、真面目さや熱意で色々と乗り越えたようです。
○
淡々と書いてあるし、比較的幸運な境遇だったようで、悲しさや辛さなどの臨場感があまりない。
最近は小説ばかり読んでいますので、「もうちょっと感情を盛り上げるべきじゃないか」と、思ったりします。書いてある内容はドラマティックな人生ですが、著者は作家ではないので、心の揺さぶりが少ない。このあたり小説家には小説家の役目があるなぁと思います。
偉そうなことを言えるほどのテクニックを私は持っていませんけれど、悔しさや嬉しさがもっと伝わるように書きたいですね。
○
移民の彼女には不自由なことがたくさんあって、様々に行動して教育の機会などを勝ち取っていった。それでも自分のアイデンティティはどこにあるのかと悩んだりする。
一方の私は日本人で教育の機会などは整備されていたが、苦労知らずの人生を歩んだわけではない。同じようにアイデンティティの危機は訪れた。発達障害と見なされてコミュニケーションを拒否されたりするわけです。
ですので、
「それは移民だからという悩みではないよな」
と思うし、作中でもそういう結論に達したりする。
現在はパラリンピックが開催中です。
他人の目に見える障害は分かりやすいし、同情も買いやすい。だが、世の中には目に見えない障害もあるからなぁ。
誰が弱者なのか?
弱者に手を差し伸べようとした時に、目立つ弱者から優先的に救ってしまって、見えづらい弱者をほったらかしにしていないか?
私には分からない。
とにかく弱者をあざ笑ったりしないように、自分にとっての楽しいことをやりつくそうと思います。
世界中の人々を幸せになんてできない。
身近な人達を楽しませるくらいなら、ちょっとはできるかも。
私自身もカネのないオッサン、つまり、かなりの弱者ですので、縮こまりながら、できることをやってみる。
○
移民の話と言えば、
最近のニュースで、名古屋入管に収容されていたスリランカ国籍の女性が死亡した問題があります。
原因の究明が必要です。
黒塗りの資料公開は遺憾です。
納得できる説明をお願いしたい。
○
技能実習制度の問題などもありますね。
コロナで外国人就労や留学など、どんな影響が出ているのか知りませんけれど、社会のあり方に興味を持ち続けてはいきたいです。
以上です。

今日は読んだ本の話。
角田光代さんの「彼女のこんだて帖」を読了しました。
短編小説とレシピ集のコラボレーションで、心よりもお腹が動きます。
食いしん坊な人には勧められない小説だぁ。
○
料理をしますか?
私は料理というか、調理をします。
自分の勝手な言葉のイメージですが、料理はメニューを考えて盛り付けまで含まれていると思うが、調理は食材をとりあえず食べれる状態にすること。
だから私は調理ばかりをしています。
孤食が多いので、こうなっちゃいますね。
料理をするには、食べてもらう相手がいないとモチベーションが湧かない。
私は天井を見上げて、ため息をつく。
○
さて、「彼女のこんだて帖」は15篇の小説とその作中に出てくる料理のレシピが書いてある。
様々なセグメントの、要するに年代や立場がバラバラの人達の物語が語られつつ、料理によって癒やされたり、願いを込めたり、新たな発見したりするお話で、必ず料理が描かれるので、心よりも胃袋を刺激されてしまいます。
例えば彼氏に振られた女性が作る自分のためのディナー、
好きな人に告白するためのクッキー、
亡き妻を思い出すあの料理、
などなど、15名の料理にまつわるお話です。
登場人物が友人だったり家族だったりとちょっとづつ繋がっているのも、楽しいポイントですね。
「次はこの人が主人公かな?」
と、楽しみになります。
1編づつがとても短いので読みやすいです。主人公たちも普通の人達で分かりやすい。事件が起こったりしない。普通の悩みを抱えたどこにでもいそうな面々。
小屋で暮らしてたり、出町デルタで盆踊りを踊ったりする人は出てきません。
私はシングルマザーのお話にうるうるきました。4編目のお話。
子どもにちゃんとした手料理を食べさせてあげられなかったと後悔するお話でした。
過ぎ去った日々よりも未来に希望を描き進んでいこう、と思いつつも、失われた過去に背中を掴まれたりするものです。
精一杯生きていても、そんな時が来てしまうものだ。
そして胸が痛くなるんだ。
○
作中の登場人物と同じものが食べられるのはとても良いです。
アニメやマンガの食事シーンを見て「これ食べたいな」と、思うことはこれまでに多々ありました。
はじめ人間ギャートルズの骨付き肉、
ドラゴンボールの仙豆、
風の谷のナウシカのチコの実、
ラピュタの目玉焼きをのせたパンは本当に美味しそう、
千と千尋の豚になる食べ物も食べてみたい。
最近では、
森見登美彦作品に出てくる、偽電気ブラン、
風待ちの人に出てきた、チキチキナンバンと称されるチキン南蛮、
日の出が走るのアイスクリン、
などは飲んでみたいな、食べたいな、と思いながら読みました。
私もお料理の描写を上手に書けたらいいんですけどねぇ。
美味しそうな料理が登場する作品は魅力的です。
そんなのがラッシュでやってくるこの小説は、デブ注意です。
読んでいると、何かをお腹に入れたくなってコンビニに走ってしまうかも。
気をつけよう。
○
最近はコロナですから、会食の機会が激減しているとは思います。
しかし、家で料理をする機会は増えたのではないでしょうか?
この小説を読んでから料理をしてみると、1人で食べたとしても登場人物と一緒に食べてるような気持ちになれるかも知れません。
……まだやったことはないんですけどね。
というわけで、最近太り気味な方にはオススメしませんが、孤食が増えた方には丁度よい小説かもしれません。
たまにはフレンチトーストでも作ってみようかな、
あの子が喜んでくれたあの料理……

ブログの連続更新が今日で100日目になる。
意識して始めた訳ではないけれど、やり遂げた。
ブログ更新ならば100日いけるし、小屋で暮らすのも100日以上いける。
飽き性な私にとっては100日くらいが丁度よいのかもしれない。
○
100日前のブログはというとこちらです。
>>無駄なことを書こうっと
8月25日の記事です。
この時に、無駄なことでも何でもいいから文章を書こうと宣言しているのです。
やり続けた結果、何か手に入ったものはあるかな?
うーん?
無いです。
○
ワラクリの連続更新はストップさせます。
そして、次の100日間チャレンジをスタートさせたい。
とりあえずスタートさせれば良くって、途中で断念するのもアリ。
ダメなものはさっさとやめれば良いのです。
さあ、次は何をしようかとここ5日間ほど考えていました。
くじら料理研究会のブログを更新しようと思います。
○
くじら料理研究会というのを立ち上げようと思っていたのです。
まだ今年の序盤だったと思う。
しかし、緊急事態宣言やら何やらで人を集めるのが憚られ、会として成立しないなぁと思っていたので、月日が経ってしまいました。
何もなく半年ほどが経過した。
とは言え、ほったらかしにしていると、いつまで経っても何も起こりませんので、ここでサイトを立ち上げて、ブログだけでも更新しようと決意しました。
このくじら料理研究会のブログを100日間連続更新したいと思います。
○
できますかね?
実体のない研究会のブログを更新するのは大変だなぁ。
小説を書くより難しいかもしれない。
明日から書くわけですが、何も書くことが思い浮かびませんからねぇ。
アホな内容になってしまうかもしれない。
それでもだ、
いつか、くじら料理研究会と称してみんなで会食できる日を信じて、情報発信をしていこう。

ワラクリとは別のドメインでやりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
明日は読書会を実施しますので、明後日にはワラクリにポストできると思いますので、また見に来て下さい。
てなわけで、100日間チャレンジ。
あなたも何かやりませんか?