投稿者: 石黒わらじろう

  • 男が読む「女の子が生きていくときに…」

    男が読む「女の子が生きていくときに…」

    今日は読んだ本の話。

    西原理恵子さんの「女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと」を読了しました。
    反抗期の娘に対する直接は言えないアドバイスみたいな本になっています。
    2017年の本なので、2021年から見ると、4年前の本になります。

    私はなんでこれが読みたくなったんでしょうかね?
    一つは「本当に大切なカネの話」っていうよりみちパンセシリーズの本はとてもとてもエキサイティングだったので、その印象のせいでもあるし、女の子って何を覚えていれば幸せなのかな? って気になった点もある。

    優しい語り口で、読みやすくて、ほっとできます。
    西原理恵子さんも、さくらももこさんも、マンガ家としてはさほど絵が上手くないと思うんですけれど、独特の観察眼みたいなのがあって、エッセイ向きの人たちなのでしょうね。

    主張としては、自分でお金を稼いで自由に生きようってことがメインですけれど、実家は男で苦労したこと、自分も男で苦労したこと、DVを受けたこと、妊娠出産は大変だったこと、そんなことがさほど悲観的にならずに書いてあります。

    男の私としては少し複雑な面もあります。
    DVの被害は無くなったほうがいいし逃げたほうが良いと思うけど、その仕組を悪用したらいくらでもDVは捏造できてしまいます。
    痴漢被害と、痴漢冤罪被害は両立してしまうわけで、女性は常に守られるべきだというポジションに立ちたいところではあるが、立てない現実があります。

    西原さんは高須クリニックの高須克弥さんと再婚したわけですけれど、この高須克弥さんも最近はヘンテコな事になっていて、晩節を汚してらっしゃいますね。
    愛知県知事のリコール署名を捏造した会の責任者であり、なんやかんやお金を支援していたのだと思われます。
    金があるのなら、もっと品格のある使い方ができないもんかなぁって思います。

    成功者が本当に成功者なのかは、よく分からん。
    だから最近は自己啓発本みたいなのは読まなくなった。

    西原さんの著作からは大変な苦労がにじみ出ていて、しかし独自のポジションでマンガ家としては成功されていらっしゃる。女性版の立志伝なんですけれども、女の子は平べったい道をたんたんと歩んでもいいような気もします。
    私の説では幸せとはギャップなのです。苦境が多いほどそのギャップで幸せになれるのだと思います。
    だけど、苦境がなくても幸せを実感できるのであればその方がいいような気もします。

    そんなわけで、よく分かりません。
    女の子がどう生きるべきか、私には分かりません。
    西原さんが生きた時代とは変わってきましたしね、何もかもは鵜呑みにできないところですね。

    昔は私の側にいれば女の子は幸せになれるのに♪なんてことを信じていた時もあったんですけどね、それは現実ではないのです。
    できることはできるけど、できないことも多い。

    そんなどっちつかずな感想です。

  • 清水山ランナー

    清水山ランナー

    今日はランニングについて書きます。

    衝動的に、全くの無計画に走ってきました。サイクリングで6km、ランニングで7.5km、またサイクリングで6kmです。こんな様子ですからとても元気ですね。
    ここんところ、というのは2ヶ月くらい体調が優れませんでしたけれど、こんな暑い日に、暑い時間帯に走りに出かけられるのは相当元気。夏休みの小学生みたいな感じでしょうかね。
    人通りの落ち着いている産寧坂を駆け上ったんですけど、後方から若い女性の声で、
    「わぁ、あの人スゴイ」
    って聞こえてきました。
    (こんな暑い日に、変態だ)
    って意味が含まれていると思うのですけれど、変態さも含めて元気ではあります。

    ランニング歴は10年近くなっている。2番めに長く続いている趣味かと思う。1番はきっとブログ。
    ハッシュ ハウス ハリアーズって遊びがきっかけで走り始めた。私がデビューした会に一緒に行った友達と来週久しぶりに会うことになっているので楽しみだ。

    「ランニングってしんどくないですか?」って、やらない人は聞くと思うんですけれど、走り始めの2kmくらいはいつもしんどいです。しかしそれを越えると、ぐんぐん進める自分に気持ちよくなってきます。
    しんどいって思ってる人はしんどいところでやめてるんでしょうね。
    楽しさがなかったらここまでの競技人口はいませんからね。

    今日も私はとても楽しみました。
    まず、自転車で七条まで行ったのです。これが6km。本町通りをグイグイとペダルに力を入れて駆け抜けました。風が気持ちよかった。

    豊国神社
    豊国神社

    そこで自転車を置き、東の山に向かっていきます。京都女子大学がある辺りを通り過ぎます。
    1号線の下をくぐり抜けると、東山トレイルに入れます。ここから山道になります。日差しは暑いのですが木陰は涼しく快適に走れました。ちょっと入ると山道がある京都という街はすごくいい。こういうところが大好きだ。

    清水山三角点
    清水山三角点

    山道を走ると、山伏の血が騒ぐんですよね。いや、山伏の経験はないのですけれど、どう考えても山岳信仰の血が流れています。清水寺も稲荷大社ももとを辿れば、山岳信仰の系譜にあるだろうな。なんて考えながら走るのです。

    そんな時、前から美少女ランナーが!
    思わず私は呼び止めます。

    東山展望台
    東山展望台

    ということもなく、粟田神社の方に下山するのです。

    知恩院
    知恩院

    そこからは知恩院、円山公園を抜け、清水寺へと続く観光ゴールデンルートを走り抜けました。以前と比べれば格段に人通りの少ない二寧坂、産寧坂を駆け抜ける。コロナ前なら走ることなんでできなかったでしょうね。
    「あの人、スゴイ」って声に振り向くことなく、五条坂を駆け下り、豊国神社まで走りました。ここでランニング終了です。

    radikoでFM802を聞くと、ちょうど「ラン月」がゴールを迎えたと報告されていた。これはTwitterでハッシュタグをつけて、みんなで月までの距離を走り、そして戻ってきた企画です。この企画があったから走り続けられたわけではないけれど、めっちゃ速いランナー達の影響は受けたと思います。

    自転車で家まで帰りました。ビールも飲みました。

    こんな風に、無計画に走りに行ける自分が好きであるし、20kmくらいは走りきれる力をいつまでも保ち続けたい。
    小金持ちになるよりも、私が強く望む自分の姿です。

    何かの魔神が現れて、この力を失う代わりに大金持ちにしてやるって言われても、差し出せねぇな。
    走れるのがいい。

    これだけ長い趣味だけど、あまり仲間がいないのです。
    鴨川ハーフマラソンといって競い合った仲間が2人いたけれど、1人は遠くに行って、もう1人は肉離れでビビってしまったようだ。
    1人でできちゃう趣味だからしょうがないけれど、折角なので楽しさを分かち合える人がいたらいいなぁとは思います。
    コロナ禍で運動不足な人が増えただろうし、ゆったりお喋りしながら走ってみませんかね?
    ヘンテコなルートは得意ですよ。

    以上、ちょっと元気が出てきて、楽しいことができるようになったという報告でした。

  • 発達障害視点で読む「いま、会いにゆきます」

    発達障害視点で読む「いま、会いにゆきます」

    今日は読んだ本の話。

    市川拓司さんの「いま、会いにゆきます」を読了しました。
    これは有名ですね。竹内結子さん主演で2004年に映画化されており、当時、私も竹内さんも24歳です。
    私はこの映画を見る機会はありませんでした。

    今回、発達障害がある人は、作家に向くのだろうか? 向かないのだろうか? という疑問がわき、ネットで検索したところ、市川拓司さんは自ら発達障害だと言っておられますので、作品を読んでみることにしました。
    ネットの記事では、ラストシーンが頭に浮かぶのでそれに向かって書いていくと書いてありました。

    読んでみたところ、主人公の男性がまぁまぁ重度の発達障害として描かれていました。
    自分は壊れているというような表現が出てきます。
    妻に先立たれ、シングルファーザーとして生きていくのですが、家事はぐちゃぐちゃになってしまうわけです。発達障害っぽいエピソードですね。

    文章に文学的なところは感じませんが、博学さがにじみ出ています。
    また、文章がゆったりしているのは、そういう時代だったのかなぁ?
    セリフも相槌が多くてゆったりです。初期のWeb小説っぽさがよく出ているなぁと感じる。
    別れることが決まっている人との会話ですので、そのゆったりさこそ、作者が大事にしたかった点なのかもしれません。

    小説としては、めちゃめちゃ設定が上手いのです。感心しました。
    死んだはずの妻が現れるけど、雨の季節にやってきて、雨の季節が終わると去るというタイムリミット。
    主人公は妻を忘れないために小説を書く。
    戻ってきた妻は記憶がない。だから二人の馴れ初めを語る。読者も知れる。
    最後は大きなギミックがあってラストを迎えますので、別れの話だけれど読後感スッキリ。

    発達障害でも小説を書ける人は書けるし、発達障害じゃなくても書ける人は書ける。ぜんぜん一括にはできない。そんなふうに思います。

    ファンタジー恋愛小説で、高校生の時からお互いが相手のことしか想っていない純愛系です。
    こういうストーリーは若い頃に読むべきであって、オッサンになってから読むと、話ではなく自分に悲しくなります。オッサンが読むべき小説ではないですね。
    いや、私は充分に少年のような心を持っておるのですよ。しかし、純愛を持ってこられてしまうと、自分が汚れた存在のように思ってしまいます。まぁ、それが現実なんですけれど……

    って、なんでこんなことを書かないといけないんだ!
    無理に感想をひねり出すな!

    丁度、梅雨の時期にこの小説を手に取るあたり、私は読書の神様に愛されているのかもしれません。ちょうど梅雨が開ける頃でしたから、別れの悲しさもひとしおです。

    設定がよくできていました。ちょっと古さを感じなくはないですが、純愛を信じている若い人にオススメです。

    私だって、今からでも、愛に生きます。

  • 読書会、タノシカッタ!

    読書会、タノシカッタ!

    今日は読書会について書きます。正式なギジロクは後日ちゃんと書きます。これはドラフトバーションです。いや、ただの雑記です。

    伏見桃山で読書会をやってみることにして3回目になりました。
    少人数だとじっくり喋れて、多人数だと楽しくなる。
    今回は全員で9人になった。ああ、もう、パーティーしたい気分。
    だけどコロナ禍ですから、我慢です。
    そもそも論として、私のキャラは読書会に向いていない。もっと意識高い人が仕切って、意識を高める仕切りが必要なのではなかろうか?
    読書会と私はそんなに相性は良くないと思います。
    だけれども、すごく、楽しかった。

    自分の知らないことを知ってる人がいて、自分のできないことができる人がいる。
    ぜんぜん違う!って実感できるのがすごくいい。

    基本的には自分の読んだことのない本を読んだ人がいるってことは、知らないことを知っているのです。
    聞いたことのない外国人の本をめっちゃ推す人がいるならば、その本には何らかのパワーがあるに違いない。読みたい。
    読んだことのある本でも人によっては捉え方が違うみたいで、自分との違いが明らかになるし、自分の解釈が間違っていたような気にもなる。もっと他者を思いやって仕事をせねばなぁ。
    本の紹介といって、いきなり朗読を始めるのは特殊な能力だ。自分はそんな手法を選べない。それを平気でやってのける人がいる。その違いが素晴らしい。
    難しくて答えが出にくい事象について書いた本がある。それについて自分も考え中だという。その疑問に対してみんなの考察が交差し、盛り上がる。楽しい。

    そもそも、知らない人に出会うのはミステリー小説を読むようなものだ。職業も居住地も分からない。なぜこの会に参加しようかと思ったのかも分からない。
    解き明かしたい。
    しかし、時間が足りない。
    ミステリーがミステリーのままだ。
    大阪在住で京都に勤務に来ている人が参加した。
    通勤路でも無いのになぜ来る? わざわざ伏見くんだりまで。
    面白い。

    1時間という短い間に、徐々に自由闊達さが上がってくる、最初は遠慮気味な意見がどんどん積極的になってくる。もっと喋りたい。もっと時間を! 我らにもっと時間を!

    楽しいです。
    とても楽しい。
    楽しいという言葉は安易なので使いたくないけれど、楽しい。

    ありがとう。
    参加者の皆様、どうもありがとう。
    みんながちょっとづつの勇気を出し合ってるんだよなぁ。
    もちろん時間も出し合ってる。
    ハードルあるもんなぁ。

    つまんないと思った方もいるかもしれませんが、私はとても楽しかったです。

    次回は8/4(水)にやりますので、どうぞよろしくおねがいします。

    以上です。

  • 宵山がないから「聖なる怠け者の冒険」を読もうかな

    宵山がないから「聖なる怠け者の冒険」を読もうかな

    今日も読んだ本の話。

    1ヶ月以上前だったかと思うけど、森見登美彦さんの「聖なる怠け者の冒険」を読みました。

    7/14、つまりは明日なのですが、読書会が行われるのでこの本を紹介しても良いかなぁと思っている。なぜならば祇園祭宵山の一日を舞台にした物語だからです。
    祇園祭はやらないことになっていますので、せめて本を読んでその気分に浸るのはいかがだろうか?

    この小説は著者視点で語られる物語で、小和田くんという怠け者がメインの主役のようでいて、そうでもない。ポンポコ仮面や、変な探偵や、探偵助手の可愛らしい女子大生が登場します。

    森見先生の遊び心で目的のない怠け者を主人公にしたらどうなるのか? って書いてみたんじゃないでしょうかね? 私も小説を書いていますが、目的のない主人公だとストーリー展開が難しくなるのですけど、先生はあえてそれをやったのじゃないかと思います。
    その結果はというと、やはり主人公にはなりきれていない気がします。ポンポコ仮面の方が色々と頑張っているしなぁ。
    それでも破綻せずに最後までいけるのが実力なのかなぁ。
    まぁ、色んな視点で物語がドタバタと展開するので、面白いです。

    そして、柳小路。
    そうなのです、四条河原町から地味な道をすすっと入っていくと、さらに地味な路地があるんです、それが柳小路。
    くにゃっと曲がった道で突き当りが見えない細道はどこか別の場所に繋がっていそうで不思議なんですよね。
    以前からこの柳小路が気になっていたし、この通りにある焼き鳥屋に行ったことがある。そしてお社があるのも面白いところです。

    さて、森見先生はこの場所をフューチャーした物語をお書きなさる。この本にはまぁまぁの頻度で柳小路が出てくるのです。
    先生、やるなぁって思いましたね。
    柳小路を出してくるなんてセンスが丁度いいなぁ。

    私も小説を書いて、自分の好きな場所に物語を浮き上がらして、読者にとってはレイヤーが重なるような体験をして欲しいなぁ。
    小説家になりたいとは思っていないけれど、そういう小説が書けたらいいなぁ。

    あとは、ドジっ子女子大生が宵山の賑わいに囲まれて迷子になって同じ場所を何度も通る感じ、好きですね。宵山と言えば私でさえも現在地が分からなくなってしまうものです。それってちょっと怖くて、やっぱり面白い。

    宵山終焉の四条烏丸も描かれていて、あの風景を目撃した私にとってはたいへん共感したところです。

    森見先生には勝てないなぁと思いますね。
    個性的な登場人物、ヘンテコな団体、京都の描写、扉の向こう側にあるようなご近所ファンタジー、どれをとっても大好きですね。

    ありがたやありがたや。

    以上です。

  • 伊坂幸太郎「チルドレン」

    伊坂幸太郎「チルドレン」

    今日は読んだ本の話。

    伊坂幸太郎さんの「チルドレン」を読了しました。

    連作短編小説ですね。時系列がちぐはぐですが、すべての話が繋がっています。

    読みやすい。1人の人物を追ったような連作になっていますね。よく喋って適当なようで、なぜかしら問題を解決するような豪快な人物です。

    私はこれまで小説を好まずに生きてきました。実用書のほうが好きでした。だから人気作家で名前を知っていても読んだことのない本ばかりです。
    伊坂幸太郎さんの作品はよく映画になっているのでお名前は知っておりました。「ゴールデンスランバー」「アヒルと鴨のコインロッカー」「フィッシュストーリー」の映画はみました。ですが、小説を読むのは初めてです。

    めっちゃ伏線を張り巡らせて、インテリジェンスな文なのかと思いきや、とても読みやすかったです。スラスラと素直な文章でした。
    その分ギミック重視、ミステリー重視なのですね。
    謎がちらほらと出てきて、なんとなく筋書きは読めるけれど、さらにもう1重の伏線回収が待ってる感じでしょうかね。
    なるほど、なるほど。

    ささやかな事件が起こって、伏線が張ってあるんだろうなぁって思うので、時間を空けずに読みたくなります。忘れちゃったらどうしようって。

    短編集なので印象が散ってしまってますが、盲目の人が出てきたり、「本を渡せば解決する」って言われてその通りにするのですが、その本がどう解決に結びつくのだ? って興味を持って読んだりしました。

    家庭裁判所調査官の話が出てきて、私はいつぞや家庭裁判所のお世話になりましたので、ちょっとムカムカくる部分がありました。

    あとそう、むかーしむかしに好きだった女性が、家庭裁判所調査官になるって言ってた。
    あの人はお元気でしょうかね?

    ムカムカしたり、あの人の横顔を思い出したりと私は複雑でしたよ。

    そんなところですね。
    読みやすくて良かったのですけれど、もっと代表作を読みたいと思いました。

    以上です。

    
    
    
    
    
    
  • 30分以上語れるくらいの好きなモノはあるのかい?

    30分以上語れるくらいの好きなモノはあるのかい?

    今日は「好きなモノを語ること」について書きたいです。

    甲賀市に行ってきた。滋賀県南部の市です。コウガと呼ばれることもあるけど、コウカが一応は決まった名称。
    甲賀市のイメージは忍者だと思うけど、陶器で有名な信楽や、東海道の一つでもある水口がある。

    お米を仕入れようと思ったのです。ツテがあったから。
    農家さんに電話してみたら、「こしひかり、ミルキークイーン、キヌヒカリ、きぬむすめ、みずかがみ」そんな名前が出てきて、多すぎて私は困惑したのです。
    できればむすめがいい、娘はだいたい大好きだ。モーニング娘もいいし、最近のウマ娘は知らないけれど、箱入り娘とかもいいし、わっかい娘がウッフンとかもいい。
    なんてことを言う余地はなく、
    「一度、伺ってみます」
    そう答えたけど、ああ面倒くさいなぁ、とも思った。

    土曜日、その方に会いに行きました。現在55歳とおっしゃってたように記憶しています。
    聞いてもいない話をよく喋る方でした。
    友達はあんな農業で……、息子はこんなふうにしてて……、娘は今こんなところで農業の修行をしてて……。
    私はお米の話をいつ切り出せばよいのだろうか? って、頭に浮かびながら話を聞いていたのですけれど、楽しそうだったんですよね、語り口調が。
    1億円の借金をして直売所兼レストランを建てた、とかって、いいですよね。チャレンジングで。

    こんな風に自分の仕事を楽しそうに語らなきゃいけないし、語れる仕事を選ぶのが大事だなぁって、その方に接して実感しました。

    以前ちょっとだけ観光の仕事をしていた時、お世話になった方に「30分以上は語れるようにならないといけない」とおっしゃっていた。これは雑談ではなく、講演とかそういう話ですけどね。

    私は何について語れるのだろうか?
    そういう仕事を選んでいるのだろうか?

    京都の盆踊りについては大いに語れます。
    あとは、フォークダンスの魅力についても語れます。
    小屋暮らしについてはきちんとまとめて語れるようにならなきゃなぁと思います。
    上記は私の仕事とは乖離しているのが、虚しいところですね。

    楽しく語れるようなものが自分の仕事になれば良いのになぁと強く思うところです。

    とにかく、農業について楽しく語れる人に勇気づけられました。

    ちなみにコシヒカリを食べてみましたけど、とても美味しかったです。さっさと仕入れてしまおうかな。
    きぬむすめはまだ食べていません。

    以上です。