投稿者: 石黒わらじろう

  • タイフェスには群衆で

    タイフェスには群衆で

    よくランチを食べに行くカフェのオーナーから、イベントに誘われた。
    「タイフェスに行きませんか?」
    なんだろうかと調べると、アジアのあのタイランドのフェスティバルで、政府公認で、タイ料理やシンハービールが出るフードフェスで、ムエタイなどステージショーもあるらしい。
    毎年恒例で、カフェの常連グループと連れ立って乗り込むらしく、テーブルの一角を占拠しようという力の入れよう。
    なんだか楽しそうだ。

    だから、めったに行かない大阪に出向いたし、9:30集合という飲み会の集合時間にしては異常な早さにもめげず、京橋まで行ったのだ。

    こうしてタイフェスに乗り込んだわけで、イベントレポートをしたいのだが、いうても飲んで、食って、また飲んで、ちょっとムエタイ見て、アイドルっぽい子らを見て、そして飲む、という感じ。正しい楽しみ方をした。
    だから、レポートは書けない。

    こういうイベントに1人とか少人数で乗り込むと自由で良いのだが、場所を確保しとくことができず、流浪するしかない。
    しかし件の常連グループは13人くらいのそこそこ群衆になっており、我が物顔でテントの一角を支配した。3つの長机を支配した。ボードゲームなら間違いなく勝ちである。
    誰かがビールを買いに行き、誰かがフードを買いに行き、誰かが陣地を守ってる。
    こうして、ビールのカップを累々と積み上げ、アイドルにヒューヒュー言って、悠々と過ごせたのである。
    かのタイ国王が「フードフェスには群衆で参加せよ」と、言ったかどうかは定かではないのだが、コミュニティの力は偉大なり、と思った。

    シンハーの樽生ビールはアサヒビールより旨かった、などと書くと国際問題に発展するかもしれないので、アイドルにヒューヒュー言った後のビールが旨かった、と記載する。
    ステージを観賞していると、歌と踊りを披露した後の女子たちが、舞台の下まで出て来て、ウォーウォー、ウェイウェイとステージパフォーマンスを盛り上げるのである。目の前で。
    さっき舞台上にいた子らと一緒にウェイウェイ言う。これはなかなかないぞ。貴重な体験だ。

    背中が近い。これは楽しい。

    とは言え、アイドルの背中より、ムエタイ選手の背中に魅力を感じるのは拙者だけか?

    しなやかそうな筋肉である。
    ふくらはぎの隆起がすごい。

    こんな風に、ステージプログラムが進行し、ビールもフードも気軽に買え、飲み交わす仲間がいて、とても楽しく過ごせた。
    遅い時間になると観客を巻き込んだダンスもあるとアナウンスがあったと思うのだが、それに参加できたらもっと最高だったかもしれん。
    次の機会があればそれを見てみよう。もち踊る。

    というわけで、カフェオーナーと常連メンバーのおかげで、フードフェスを正しく楽しんだ。
    皆さま、オープンカー!
    じゃなくて、コップンカー!

    以上。

  • 野外で踊る時の注意点を僕たちはまだ知らない

    野外で踊る時の注意点を僕たちはまだ知らない

    Free dance picnic をやってきた。
    天気はギリギリもったし、雑草は刈られたすぐ後だったし、音量も程良かったし、ビールはしこたま飲めたし、木登りしたし、そして何よりも野外で好きな曲を流して踊るのって超楽しい。
    休みの日の過ごし方としては大満足。
    だけれど主催者としては、考えるところが多い。

    Free dance picnic とは、踊りたくなった拙者が、とりあえず鴨川の河川敷で適当に踊ったらいいんじゃないかと立てた企画である。
    そこには何らかの偶発的な出会いがあるのじゃないかと想像を膨らましていた。

    そこそこ雨予報ではあったが実施することに決めて、2023年5月13日(土)午前の日差しが優しい10:30に、緑豊かな河川敷にレジャーシートを敷いた。木陰があるのがポイント。

    最近のBluetoothスピーカーは優秀で、片手に乗るサイズなのに十分な音量を出してくれる。
    流れる音楽に身を任せ、踊った。
    しかしである。

    通りすがりのインド人と踊る

    体力がもたない

    今回踊りたかった4曲を全部流してもらって、家で踊るのとは違い特別さがあった。広くて自由だった。空は高くて、踊ってもぶつかるものがなかった。ほどほどに視線も浴びた。
    だが、好きな曲を踊りきると、体力ケージがゼロになり、続けては踊れない。
    そもそも参加者が少ない中で、拙者が踊っていないと企画が成立しなくなる。誰かが常に踊っているべき企画を立てたのに、誰も踊っていない時間ができてしまう。
    誰も踊ってないのに、「どうぞ踊って下さい」などと書いてあっても、参加する人などいないのは自明の理。易しい盆踊りでさえ誰かが踊っていないと人は躊躇するものなのだ。

    Free dance picnic を成立させようと思ったら、、、
    いや、Free dance picnicなど成立しない。

    野外だということも、体力を奪い取る要因になっている。
    家の中だと小さな動きでも限界まで動いた気になるが、野外は限界がなく、大きな動きじゃないと踊っている感じがしない。ちょっと腰を動かした程度では風景に溶けてしまうのである。
    これは不思議な減少だ。ハコによって踊り方を変えねばならない。
    室内向きの踊りもあるし、野外向きの踊りもきっとあるんだろうな。

    このように、大きな振りをしてやっと踊ってる感が出るので、通りすがりの人が参加できる状況にはならんよな。
    日本人は、振り付けが決まっている踊りをなんとか練習して憶えて、やっと室内で踊れる、という人がほとんどなので、自由に踊る、というのはむしろ困惑するよな。拙者も同じだ。絶対に踊らない。

    Free dance picnic は無理だな。

    学びは多かった

    踊ってばかりは無理だったので、江州音頭の唄の練習もした。
    これもハードルが高くて、もっともっと練習が必要だと分かった。
    暗記したつもりの歌詞が、いざ大きな声で唄うと出てこない。
    太鼓にしても一定に叩く才能がなかった。

    ダンスは上記の通り、野外用のダンスについて考えるきっかけになったし、とりあえず踊ることに関して度胸がついた。
    一般人のほとんどは踊れないので、踊れる人は超人なのだ。
    ゆえに、どんな踊りでも大丈夫。踊った時点で勝ちなのである。

    あと、雨が降って人が散ったので、赤褌一丁で踊った。
    空気が肌に気持ちよかった。全身で5月を感じれた。
    慣れぬふんどしで、中身が出ないか心配したが、キチンと収まるところに収まり、体は軽かった。
    自由を感じた。
    これぞ、Free dance である。

    次回

    何度も言うが、Free dance picnic は無理である。
    だからもうやらない。

    逆に、暇そうな人に「踊るの好きだったりします?」と声をかけて、その答えが「Yes」だったら、リクエストを聴いて、音楽かけて一緒に踊る企画はどうか?

    あるいは、ただのpicnicにして、最後の20分だけFree dance time にしたらどうか?

    おかげさまで、個人的な踊りたい欲求は満たされた。気持ちよかった。
    学びもあった。

    お付き合いいただいた皆さま、Thank you でした。
    今回の学びを活かし、新たな演舞を身につけて、また踊りに行く。
    その時はよろしく。

    以上。

  • 庭の野菜が教えてくれる人生

    庭の野菜が教えてくれる人生

    庭の野菜は思っていたように育ってくれない。
    芽を出してくれたのだが、その後の育ちはイマイチだ。
    少しだけ哀しくて、自分の不甲斐なさを思い知って、農家にはなれないなぁと未来の可能性が一つ消えた。

    そもそも、拙者は雑な農法なので、野菜たちが少しかわいそうだ。
    痩せた土、肥料もやらない、害虫対策もしない、なんなら水すら撒かない。
    だから、つよつよの野菜しか育てられない。

    土があるのに、新たな土を買ってくるのは意味分からん。
    肥料もわざわざ買ってきてまでは育てたくない。余った米ぬかなら撒いても良いし、ゆくゆくは飼ったニワトリの糞を肥料にしたい。
    害虫も農薬撒いてまで処置したくない。
    水は撒いてもいいけど、そもそも保水力がないみたいで、そういう問題じゃないと思う。

    野菜が育ってほしいのはやまやまだが、それよりも雑草対策の一貫でやっているので、草がボーボーになる代わりに畑を維持したいのだ。
    だから、雑草より強い野菜を求めている。
    周りの雑草をなぎ倒すようなつよつよ野菜はないものか?

    小松菜は雑草よりも成長が早くて強い。
    だが、虫には弱いみたいで、かなり食われると知った。

    根を残して外側の葉から収穫すると何度か採れる

    枝豆はかなり強くて、成長が早い。
    ぐんぐん伸びるので、楽しい。

    枝豆は種(豆)に栄養が豊富なようで、ぐんぐん育つ

    とうもろこしも痩せた土地で育ってはいる。
    ちゃんと実がなるかは分からないが、畑での存在感が頼もしい。

    雑草の中にあっても目立つ存在感

    サンチュは強いはずなのだが、土が悪いようで育ってくれない。
    バジルすら育ちがイマイチ。
    まだ時期が早いのかな?

    右がサンチュ、左の2つがバジル。ずっと同じサイズをキープしている

    キュウリは水分が足りないのか育つのが遅く、さらに虫に食われだしている。

    こいつはまだ虫食いがマシなやつ

    サラダビーツは植える時期さえ間違えなければ、育つようだ。

    サラダビーツ。これはそろそろ収穫か?

    アスパラを植えていて、枯れてはいない。
    玉ねぎは枯れずに青々としているが、根が太るのかは未知数。

    と、上記のように、ダメなやつもあれば、いけそうなやつもある。
    育つやつだけ育てればいい。
    その判断のために失敗を経験している最中。
    育たないやつは無理して労力をかけて育てなくていいと思う。
    土に合った野菜を選ぶのが大事だ。
    手間がかからないという意味で効率の良い野菜を育て、それを美味しく食べる。ありがたく食べる。

    どうしても育てたい野菜あるのなら工夫するが、一番の目論見を忘れてはいけない。
    見守っている野菜が育たない悔しさはあるが、それに囚われないでおく。ダメだったことに執着せず、ダメだったという経験を蓄積する。

    と、拙者の人生もこういうスタンスで生きれたらいいのになぁ。
    育たない能力は捨てて、
    枯れた愛も捨てて、
    実にならない仕事を捨てる。

    いつも逆のことばかりしている。

    以上。

  • 仕事が暗礁に乗り上げている

    仕事が暗礁に乗り上げている

    ああ、なんだか偉そうなコトを書きたい気分だ。
    社会的な問題を取り上げて、理想を提示して、でも現実はなかなか変えられないってまとめるやつ。
    しかし、実際のところは自分自身に問題を抱えている。
    仕事が暗礁に乗り上げている。
    ストレスが溜まって続けられそうにない。

    技術が足りないのか、情熱が足りないのか、これは根が同じなので両方足りない。
    飽き性のせいもあるかもしれない。
    あるいは、そこそこ頑張っているが、評価されず、気持ちが折れてきているのかもしれない。
    どこを切り取っても悪循環に陥る原因がありそうだ。

    もう少し話を具体的にしよう。
    ここ1年ほどは惣菜調理の仕事に携わっていて、生活に密着した仕事だし、作る系の仕事だし、食うものに困らなくて経済的だし、嫌いではないと思いながら続けてきた。
    しかし最近は美味しいものへの欲求が無くなってきて、消化に良いものや粗食を求めており、商品として作るものと自分が食べたいものが乖離し、喜びが小さくなってきた。
    もともと胃腸が弱いし、糖尿病を警戒しているし、普通の人よりも食べることに対する恐怖心がちょっとあるんだろうな。
    美味しい料理の重要性が以前より低下した。

    あとは、物価が上がって、すんなりと食材に手を出しづらいというストレスがあるかも。

    性格の問題もあるかもしれない。美味しいものを作ろうとするよりも、効率へ向かう節がある。

    これらがあって、情熱が低下し、技術も上がらず、やってることに飽き、評価されない。
    調理で生計を立てることは暗礁に乗り上げている。そして人生は沈没寸前。それを言うなら、沈没して這い上がってきた幽霊船。こんな私ですいません。

    異常な情熱を持てる仕事、、、ないだろうか。
    私は嘆息を漏らしながら、求人情報サイトを閲覧した。
    時計の音だけがカチカチと聞こえてくる。

    「仕事は探すものじゃない、創るものだ」

    え? 誰?

    「通りすがりのコンサルタントでございます」

    急に出てくるな!

    「悩んでらっしゃるかと思って」

    いや、書き出された悩みは、すでに悩みではない。

    「失礼しました」

    こうして、通りすがりのコンサルタントは去っていった。

    まぁ、生活力あるし、なんとかなるはず。

    以上。

  • Free dance picnic は勝確

    Free dance picnic は勝確

    人を集めるイベントをやると不安がつきもので、人は集まるかなぁ、物品の準備は間に合うかなぁ、晴れるかなぁ、楽しくなるかなぁと悩ましい。
    今週末に実施する野外で自由に踊る企画も同じくで、不安は抱いていないが心配はしていた。
    だが、どうやら上手くいきそうだ。

    申し遅れましたが、拙者は踊りたい人なのである。
    「じゃあ勝手に踊っとけ」と言いたいでしょう。
    まぁ踊るんです。
    しかし、家の中に閉じこもって踊っていても広がりがないし、他の人の踊る姿も見てみたいし、あわよくば一緒に踊って共感を得たいし、でもダンス教室に通うほど好きなジャンルはないし、どこか程よく人目につく場所で自由に踊ってみたらどうか? と思った。
    鴨川の河川敷で好きに踊っていたら、誰かが興味を持って参加してくれないだろうか?
    通りすがりのプロダンサーが、ちょっと気が向いたって踊りを披露してくれないだろうか?
    野良ミュージシャンとのダンスセッションが始まったりしないだろうか?
    そんな、淡いイメージが浮かぶ。

    「Free dance picnic」やってみるしかない。
    略して「フダピク」である。

    鴨川のどのエリアでやろうかと考えていたが、レジャーシートを円形に敷ける場所を最重要とした。
    人通りの多い場所、コンビニ・トイレに近い場所、よりも円形。
    これによりダンサーの心理的負荷が取り除かれると思う。

    雨天を心配していたが、実施予定の10:30~14:30はちょうど降らないし、降っても小雨。

    人は集まるかなぁと思っていたが目算では5人を超えている。
    5人を超えたら十分である。そこそこ群衆である。

    残念ながら新しいダンスは習得できなかったけれど、呪いの赤い靴を履いたかのように踊り続けようと思う。

    この企画を立ててみて思ったのは、拙者にはジャンルを問わずどんな音楽でも踊れるようになりたいなぁという思考がある。なんでも鳴った音楽に対応できるようになりたい。
    そして、いかなる場所でも突如として踊り出せる度胸と技術も欲しい。

    「自由」を手に入れたいのかもしれんな。
    「解放」されたいのかもしれんな。
    その第一歩にしよう。

    よし、決めた、赤い靴ならぬ赤いふんどしで気合を入れる。

    以上。

    >>【募】鴨川 Free dance picnic (2023.5.13)

  • いつかやること、いつか使うものに襲われる脳

    いつかやること、いつか使うものに襲われる脳

    時間が空いたらやろう、と思っているモノやコトが多すぎて、脳が雑音だらけになる。
    普段はできるだけそれを無視して生きているのだが、実際に時間が空いてしまうと、目につくあれやこれやのモノとコトが一斉に存在を主張しだして、どこもかしこも散らかっていることに気づき、頭が痛くなる。
    そしてまた無視したくなる。
    眠ってしまうのが一番だ。

    拙者が「時間が空いたらやろう」と、ほったらかしていることは魑魅魍魎みたいに、実体が不安定だがそこかしこに蠢いている。
    だいたいにおいて清掃・整理整頓はそのたぐいだし、工作もそうだし、食材もそうだし、考えることもそうだ。

    中途半端に切った板、ビスを打ち付けてない床、乾燥ナマコ、いつか捨てる紙のゴミ、いつか読む本、キッチンのあの辺り、まだ卵を孵してない孵卵器、いつか使う灰、洗濯してから片付けるジャンパー、もう一度改造するマンドリン、灰色のビニールテープを買ったら完成するはずの電灯、いつか遊ぶはずのボードゲーム、いつか使う洗剤、いつか掃除に使う使用済みの歯ブラシ。
    こういうものが溢れている。
    そして、実際に時間が空くと、これらが一度に襲ってきて、優先順位をつけられなくて、パニックになる。

    この「いつか」は、どう処理したらいいんだろうなぁ。

    優先順位がついてるからこそ、今度やる、みたいなのが増えていくわけではある。
    例えば、仕事をすること、人に連絡すること、ご飯食べること、風呂に入ること、寝ること、友達との約束を守ること、ブログを書くこと、走ることなどは最優先しており、ちゃんとやっている。

    DIYとか、使わない場所の掃除とか、さしあたって困らないけど、いつかやりたいモノやコト。これらが溜まる。

    みんなはどうしているのだろうか?
    拙者は、今度やる、いつかやる、自分でやる、が人より多すぎるのだろうか?
    頭が悪いのだろうか?

    意識化して、整理して、順番に処理するのが大事かなぁ、と考えてはいる。
    あるいは、やりかけのモノを写真に撮って、コレクションしておくとネタになって面白いかもしれん。
    とにかくどこかにリスト化しておくのが大事なんだろうな。
    空いた時間にそれを眺めて、無視するかどうか決めよう。

    以上。

    あ、そうそう、旅人のように生きる、という解決策も思い浮かんでるんだった。

  • ダンサーってスゴイ!

    ダンサーってスゴイ!

    さきほど、社交ダンスのレッスンを受けてきて、自分の体に香水の匂いが移ったようで、ドラマであれば浮気を疑われるシーンだが、疑ってくれる人が誰もいない。
    孤独な部屋の中で、香水の匂いと鮮烈な記憶を残した社交ダンスレッスンについて筆を走らせようと思う。

    あらすじ

    拙者は20代の頃にコントラダンス(フォークダンス)と出会い、その楽しさに衝撃を受けたのだが、知名度の低さゆえダンサーが集まらず、今では途絶えている。あれは楽しかったなぁと思い出しながら、サルサダンスや盆踊りをやっていたが、コロナ禍でダンス環境が変化し、再スタートしないといけない。
    先日、推しフルーティストの生演奏を聴いてから、踊り欲求が爆上がりし、その機会がないかとネットで調べたところ、近くで社交ダンスレッスンがあるという。
    参加してみることに決めた。

    先生がスゴイ

    普通であれば、社交ダンスが楽しかった、難しかった、女性との距離が香りが移るレベルで近かった、などと書くのだけれど、とにかく先生がダンサーすぎて、感服した。
    立ち振舞がまさしくダンサーで、全ての動作が美しくエレガント。
    また、お喋りに関しても、最初から用意されているセリフのような流暢さで、キラッキラの太陽みたいに明るい。
    だからレッスン中ずっと、ミュージカルを見ているような気持ちになった。

    拙者はどちらかというと陰のポジションをとるけれど、先生は陽オーラ出まくりで、「これがダンサーのパワーかぁ」と、立ち振舞い、喋り方、出るオーラにダンスの指導よりも学ぶところがあった。
    ただ1人存在するだけで、道具も使わず、非日常を出現させることに成功されておられる。

    女性で、拙者より5~10は年下だと思われるのだが、競技ダンスで戦ってきた人は違うなぁと敬服。
    ショートカットでハツラツとした大阪人の先生でした。

    レッスンについて

    超初級レッスンで、ブルースとジルバの超基本をやった。
    ブルースではパートナーとの組み方や足の出し方を学ぶ。
    初めて社交ダンスフォームで組んだのだが、フォークダンスやサルサも距離が近いと思っていたけど、それよりも大接近。
    また、左腕をやったことない角度で固定するので筋肉が張る。
    さらに驚いたのは、女性の足の間に自分の足を出すこと。え?ありなん!?ってめちゃめちゃ困惑した。
    パートナーの背骨をイメージしてその下に真っ直ぐ足を出すと、どこにも当たらないらしい。
    あまりの近さと、その距離で動くことに恐怖を感じた。

    次のジルバは、サルサと似た距離。
    左に移動するステップ(フォーラウェイリンク)と、女性を回転させる動作(チェンジ オブ プレイス)を学んだ。
    ジルバは左右の足に体重を乗せ換えるのが大事で、乗せてない足はかかとを浮かすべきらしい。

    と、これだけであっという間の50分。
    とにかく、最初の作法を憶えるだけで一苦労。

    これがワルツなど10種類あるというんだから、社交ダンスってめっちゃ大変だなぁ。教室や個人レッスンが必要なのが良く分かった。

    疑問に思ったこと

    社交ダンスには違和感を感じた。
    多くの音楽は8拍でできているし、サルサも8拍で1つの技ができている。
    だが、上記のステップは6拍。スロー、スロー、クイック、クイックと言われる、スローが2拍で、クイックが1拍なので、6拍になるのだ。
    拙者の感覚では曲とダンスがズレて、クイック、クイックの後に2拍待ちたくなってしまう。
    この拍の取り方には慣れが必要かもしれない。

    炭坑節も曲と踊りがズレるから同じかな。

    レッスンメモ

    男性もかかとの高い靴を履く。

    最初は鏡を見たりせず、体の感覚で踊ったほうがいいらしい。鏡を見る癖がつくから。

    男性は女性を組むとき、適度な距離をとって左手を差し出すが、その際人差し指の線が地面と平行になるようにする。
    その角度のまま、女性を引き寄せる。

    右手を肩甲骨の下辺りに添えるのはサルサと同じ。

    と、まだまだ沢山教わるべきことがありすぎる。
    しかも10種類もあるわけだから、郡上おどりに匹敵しているなぁ。

    興味ある人へ

    毎週月曜日、18:10~、京都某所で今後もレッスンがあるよ。
    年齢制限はなく、未経験者向けの想定。
    先生のミュージカルを味わうだけでも価値ある時間だ。
    現時点ではかなり少人数なので、参加しやすい。
    初回は参加費無料。ありがたい!

    というわけで、興味が湧いた方、行ってみます?
    浮気を疑われたくない人以外は、ぜひ一度行きましょう!

    以上。