Free dance picnic をやってきた。
天気はギリギリもったし、雑草は刈られたすぐ後だったし、音量も程良かったし、ビールはしこたま飲めたし、木登りしたし、そして何よりも野外で好きな曲を流して踊るのって超楽しい。
休みの日の過ごし方としては大満足。
だけれど主催者としては、考えるところが多い。

Free dance picnic とは、踊りたくなった拙者が、とりあえず鴨川の河川敷で適当に踊ったらいいんじゃないかと立てた企画である。
そこには何らかの偶発的な出会いがあるのじゃないかと想像を膨らましていた。

そこそこ雨予報ではあったが実施することに決めて、2023年5月13日(土)午前の日差しが優しい10:30に、緑豊かな河川敷にレジャーシートを敷いた。木陰があるのがポイント。

最近のBluetoothスピーカーは優秀で、片手に乗るサイズなのに十分な音量を出してくれる。
流れる音楽に身を任せ、踊った。
しかしである。

通りすがりのインド人と踊る

体力がもたない

今回踊りたかった4曲を全部流してもらって、家で踊るのとは違い特別さがあった。広くて自由だった。空は高くて、踊ってもぶつかるものがなかった。ほどほどに視線も浴びた。
だが、好きな曲を踊りきると、体力ケージがゼロになり、続けては踊れない。
そもそも参加者が少ない中で、拙者が踊っていないと企画が成立しなくなる。誰かが常に踊っているべき企画を立てたのに、誰も踊っていない時間ができてしまう。
誰も踊ってないのに、「どうぞ踊って下さい」などと書いてあっても、参加する人などいないのは自明の理。易しい盆踊りでさえ誰かが踊っていないと人は躊躇するものなのだ。

Free dance picnic を成立させようと思ったら、、、
いや、Free dance picnicなど成立しない。

野外だということも、体力を奪い取る要因になっている。
家の中だと小さな動きでも限界まで動いた気になるが、野外は限界がなく、大きな動きじゃないと踊っている感じがしない。ちょっと腰を動かした程度では風景に溶けてしまうのである。
これは不思議な減少だ。ハコによって踊り方を変えねばならない。
室内向きの踊りもあるし、野外向きの踊りもきっとあるんだろうな。

このように、大きな振りをしてやっと踊ってる感が出るので、通りすがりの人が参加できる状況にはならんよな。
日本人は、振り付けが決まっている踊りをなんとか練習して憶えて、やっと室内で踊れる、という人がほとんどなので、自由に踊る、というのはむしろ困惑するよな。拙者も同じだ。絶対に踊らない。

Free dance picnic は無理だな。

学びは多かった

踊ってばかりは無理だったので、江州音頭の唄の練習もした。
これもハードルが高くて、もっともっと練習が必要だと分かった。
暗記したつもりの歌詞が、いざ大きな声で唄うと出てこない。
太鼓にしても一定に叩く才能がなかった。

ダンスは上記の通り、野外用のダンスについて考えるきっかけになったし、とりあえず踊ることに関して度胸がついた。
一般人のほとんどは踊れないので、踊れる人は超人なのだ。
ゆえに、どんな踊りでも大丈夫。踊った時点で勝ちなのである。

あと、雨が降って人が散ったので、赤褌一丁で踊った。
空気が肌に気持ちよかった。全身で5月を感じれた。
慣れぬふんどしで、中身が出ないか心配したが、キチンと収まるところに収まり、体は軽かった。
自由を感じた。
これぞ、Free dance である。

次回

何度も言うが、Free dance picnic は無理である。
だからもうやらない。

逆に、暇そうな人に「踊るの好きだったりします?」と声をかけて、その答えが「Yes」だったら、リクエストを聴いて、音楽かけて一緒に踊る企画はどうか?

あるいは、ただのpicnicにして、最後の20分だけFree dance time にしたらどうか?

おかげさまで、個人的な踊りたい欲求は満たされた。気持ちよかった。
学びもあった。

お付き合いいただいた皆さま、Thank you でした。
今回の学びを活かし、新たな演舞を身につけて、また踊りに行く。
その時はよろしく。

以上。

募集中のイベントはありません

投稿者: 石黒わらじろう

京都の古い民家で暮らしている。 趣味はランニングとブログと盆踊りを含むフォークダンス。 別名義で書いた小説は映画の原作として採用された。 自分で建てた小屋にて暮らしていたことがある強靭な狂人。 地球にも自分にも健康な生活がしたい。

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です