春が来たね。
これは深い意味もなく、比喩も含まれていない、春という季節が来たという意味である。
恋が叶ったわけもなく、どこかに合格したのでもない。暗澹たる春というほどでもないし、晴れやかなる春というほどでもない普通の春である。
花粉症には悩まされるし、寒暖差にもしんどくなるし、咽から出る声はガミガミしている。
かたや、自転車に乗るのは心地よくなったし、半野外の飲み屋の空気がやわらかいし、気温とともにビールの旨さも増してくる。
そんな春が来たね。

進展はない。
卒業だとか入学だとか、あるいは歓迎会などという言葉を見るにつけ、拙者は世界から取り残されているような気がしてくる。
事実として取り残されているのだが、取り壊されるよりはマシである。
仕事においては退職表明をしたものの、退職時期を見定めた結果、4カ月ほど先が良いと判断した。ゆえにレームダック期間、問題を起こさず、新たな取組みもしないという状態に突入しておる。

拙者は飽き性であるので、何が欲しいかと言えば変化が欲しい。
でもなぁ、変化と言えば衰えのことを意味するような年齢にもなってきておる。
ふとテレビをつけると「サザエさん」が放映されており、どうも波平さんに共感することが多いような……。
ネットでサーチしてみると、マスオさんは28歳で、波平さんは54歳である。
なんと! 拙者の年齢は波平さんの方が近いではないか!
こういう歳になると、自分が成長しにくくなる分、外部のものの成長を見て過ごしたくなる。波平さんが盆栽をする理由がわかるわ。
やっぱ、農業とか養鶏とかがいいよなぁ。
人工物は成長していかないのであまり面白くないし、人工物に囲まれた今の職場も同じくだ。
はぁ、自然の中で小鳥のさえずりや葉擦れの音を聞きながら仕事させてはもらえぬだろうか。
まぁ、こんなことを書きながら来るべき日のための妄想を膨らましているのだ。

一度、本腰を入れて田舎暮らしと言いますか、里山暮らしと言いますか、森の生活と言いますか、そういうものに私はなりたい。
過去に小屋暮らしをしておったわけですが、あれはハイブリッドだったんだよな。寝泊りだけ小屋という状態だった。
生活のすべてが大自然というほどではなかった。
進展を目指すならそっちの方向に行くんだろうな、拙者は。

春がきたけど進展がない。
だから妄想だけしているという話。

以上。

投稿者: 石黒わらじろう

京都の古い民家で暮らしている。 趣味はランニングとブログと盆踊りを含むフォークダンス。 別名義で書いた小説は映画の原作として採用された。 自分で建てた小屋にて暮らしていたことがある強靭な狂人。 地球にも自分にも健康な生活がしたい。

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