投稿者: 石黒わらじろう

  • 連休は満喫してないので、今後に期待

    連休は満喫してないので、今後に期待

    ザーザーと雨の降る連休の最終日、部屋のお掃除をしようと少しは動くものの、本が沢山あるのに本棚がないという壁にぶち当たり、手が止まった。そしてだらだらしだすのが拙者です。

    連休の思い出は比叡山に行ったやつだけで充分。昔からやろうと思っていたことだし。そして翌日からは筋肉痛に苛まれ、感じるのは疲ればかりだった。

    いや、そんなことはない。休みのおかげで思考が整理され、旅トーク会の企画が立ったし、社交ダンスにも行ってみることになった。
    コロナが明けて、選択肢がだいぶ広がった。
    今こそ、望む予定を自ら入れていくべき時だ。

    拙者は、飲み会が月4回、ダンスが月2回、走るイベントが月2回、森林浴が月2回、お茶会が月1回と、こういうペースで予定を組んでみようと思っている。
    今は、何かが足りないな、と思う時があるけど、上記で満たされるはずだ。
    まだ足りなかったら、それを解き明かすつもり。

    4月を数えると7回も飲み会があって、ちょっと過剰。
    受け身じゃなく主体的に予定を入れていこうと思う。
    他者を必要とする予定が整ったら、スキルアップとか執筆時間とか1人でもできる予定を入れていけばいい。
    ランニングは1kmあたり5分を切って走れるようになりたいし、文章表現はもっと上手くなりたい。
    あと京都は外国人ばかりなので、観光業しか成り立たなくなるかなぁ、語学が大事だなぁと考えている。

    と、こんな風にブログにやりたいことを書いておくのはかなり大事。自分の指針になるから。

    で、オチとしては、本棚を作る予定を入れなきゃなってこと。

    以上。

  • 社交ダンスレッスンに行ってみよう

    社交ダンスレッスンに行ってみよう

    人の幸せはそれぞれだと思うが、拙者にはダンスを与えてほしい。
    2週間に1回はダンスパーティーがあるといいなぁ。
    ちなみにこれは盆踊りでもいい。
    そんな気持ちで調べていたら、ちょうど行きやすそうな社交ダンスレッスンが見つかった。
    行ってみようと思う。

    多くの日本人にとってダンスは遠いものだと思うのだが、実際はどうだろう? 拙者たちの世代が遠かったのだろうか?
    ダンスに興味を持って調べてみると、意外にも政府から迫害されている。
    社交ダンスホールやクラブなどは風営法で取締があったりする。あるいは、盆踊りも禁止令が出た歴史がある。
    ダンスに興じると人は働かなくなるからなぁ。それを危惧したんじゃないかなぁ。
    かくいう拙者もダンスが一番楽しいと思っているタイプで、高級な娯楽に対する憧れがほとんどない。音楽と体さえあればいいので、安価な娯楽である。

    コロナ前までは望めば毎週踊れる環境があったのだが、コロナ中にほとんどなくなった。
    キューバンサルサとフォークダンス、夏場は盆踊り、そしてたまに自分主催のコントラダンスで満足できていた。
    あの頃はありがたかったんだな、当たり前だと思っていたけど。

    最近になって、推しのフルーティストの演奏を聴いて、それはちょっとしたダンスも兼ねていて、踊りたい欲求が爆上がり。
    大人なんだからやりたいことやれよ、って自分に言い聞かせ、Free dance picnic なる企画を立てた。

    しかし、それでもまだ足りぬ。
    2週間に1回は踊る予定が欲しいのだ。
    与えよ、拙者にダンスを与えよ。

    ピカーン!
    良い社交ダンスレッスンが見つかった。

    その都度払いのグループレッスンで、楽しくなかったらやめたらいいし、とても気軽に参加できる。
    どんな会だろうか? やっぱり女性の方が多くて、そこそこご高齢な人が多いのかなぁ。
    とにかく1人で乗り込んでみて、良ければ誰かを誘おうという魂胆。

    目論見としては、ダンスパーティー的なものに参加できたら良いなぁと思っている。
    (衣装を揃えねばならぬのかな? 面倒くさいな)
    あとは、正しいワルツの踊り方を知りたい。
    (憶えたら、アイリッシュの生演奏で踊る機会がきっとある)

    そこそこ経験者の女性に、「わぁ、めっちゃ才能ある、天才だー」って、言われたらどうしよう。
    と、妄想している。
    「パートナーになってよ」
    「いや、ワタシの」
    「ダメよ、ワタシの」
    って、引く手あまただったらどうしよう。

    以上。

  • [募]旅の恥は書き捨て!旅トーク会Ⅱ(2023.5.21)

    [募]旅の恥は書き捨て!旅トーク会Ⅱ(2023.5.21)

    現代人にはお茶会が足りない。
    コミュニケーション不足と運動不足で、糖分と情報は過多だ。
    飲み会も良いけれど、たまにはシラフでじっくり喋れる友達が欲しい。
    みんなが喋りやすいように、ルールがあるのが良い。
    お喋りのテーマは旅だ。

    旅トーク会は今回で2回めになる。
    前回の模様はこのブログを参照→旅トーク会のススメ!現代に必要な愉しさについて
    もう去年の10月の話で、7ヶ月も経っていて、あの臨場感は忘れてしまったけど、確かに愉しくて、上手くいった記憶だけがある。
    7ヶ月経ったなら、何らかの旅があったに違いないし、再び招集することにした。

    一般人の多くは旅トーク会に参加したことがないと思うが、思いのほか喋れて、思いのほか愉しく聞ける。人と人とのじんわりした喜びが存在する。
    一度は味わってほしいと思うが、人によるかもしれんので、保証はしない。
    話したい旅がある、色んな旅先を知って質問もしたい、ちょっとだけ人の人生について知りたい、自分がやったことない旅の方法について知りたい。
    これらのニーズには応えられる。
    あと、旅を反芻できるので、得した気分になる。
    何にせよ、お喋りは人間にとって不可欠なのだ。

    スライドを用意する人もいるし、動画を流す人もいる、基本はスマホに入っている写真を見せながら喋ってくれたら良いかと思う。

    概要

    日時:2023.5.21(日)、14:00~16:30
    会場:JR藤森駅近くの屋敷(参加者にのみ詳細を伝えます)
    会費:1000円(おやつとお茶つき)
    内容:最近行った旅についてお互いに発表する会。傍聴のみも可能。
    発表時間は20分、質疑応答含む。
    TVモニターが使えます。
    WindowsPCを経由させる方法、スマホをミラーリングする方法、直接HDMIケーブルでつなぐ方法などがあります。
    発表に必要なケーブルやデバイスなどはご持参下さい。

    ご予約はメールなどで受け付けます。
    >>お問い合せ

    会場は基本的に和室で、晴れていて良い気温だったら、ガーデンティーパーティーにするかも。

    旅に限らず、お茶会は月1でやりたいと思っている。
    こういうのなら行くのになぁ~、というトークテーマがあれば提案して欲しい。

    以上。質問があればご連絡を。

  • トレランには筋力だけじゃなくスキルが必要だ

    トレランには筋力だけじゃなくスキルが必要だ

    今朝起きるとペンギンみたいな歩き方になっていた。
    GWだというのに、疲労回復に専念せねばならないようだ。
    筋肉痛よ、鎮まり給え。

    2023年5月3日(水・祝)JR藤森駅から比叡山までトレイルランニング的なことをしてきた。
    大岩山、稲荷山、阿弥陀ヶ峰、清水山、大文字山、瓜生山を経て、比叡山に入らせていただいた。
    ランニングアプリでは、31.54km、7時間32分となっている。
    大文字山まではそこそこ走れたが、それ以降は前ももの筋肉(大腿直筋)が肉離れ寸前までぷるぷるしだして、ヤバかった。

    軽装でどこまでできるのかチャレンジで、足袋と腹掛けで臨んだ。

    現金を持って行かなかったのが大きな反省である。
    スマホと電車のICカードでなんとかしようと思っていた。
    だがこれは、水分補給に困ることになる。自販機は点在していたが現金がないと買えない。
    また、比叡山ケーブルにも乗れない。

    登山とトレランは別のスキル、別の考え方が必要だと実感した。
    登山とトレランの間のようなトレッキングと言うと聞こえはいいが、登山のように険しいところには行けないし、トレランのように長距離を走れないのが現実であった。
    トレランにはトレランの知識と経験が必要で、水分の運び方はかなり大事やし、携行食の考え方も大事。動いている最中におにぎりとかを食べると胃がもたれるのだ。

    本当は、比叡山を滋賀方面に抜けて坂本に行けるんじゃないかと思っていたし、それも可能であったが、比叡山の時点で4時になっていたので挫折。一番近い下山ルートを選んだが、その道が石ゴロゴロでめっちゃ辛かった。
    スタート時間が遅い(9:40頃)というのも反省せねばならない。

    比叡山では挫けそう、というかほどんど挫けていたのだけど、初心者であることを実感できたことと、それでも山に身を置けるタフさがあることを喜べと自分に言い聞かせた。

    下山後のセブン-イレブンが大変ありがたかった。

    それを言うなら、三条通のローソンも、白川通りのファミマにも助けられました。
    感謝。

    反省は多いものの、自分の実力を知るには良い機会になった。
    逆回りならいけそうだ。JR比叡山坂本をスタートにしてJR藤森に戻るコース。
    まぁ、それも良いけど、JR比叡山坂本からJR保津峡もやってみたい。このルートは途中で町に出ないので良い修行になりそう。

    他にも大文字あたりは分岐が多くてまだ楽しめそうだし、比叡山はトレイルランナーが多く、ちょうどよい傾斜のルートがあるのかなぁと思ったり、次からの楽しみが増えた。

    これは修行なので、旅情などはほとんどないし、人との交流もぜんぜんないのだが、大文字山から南の山景を見た時に、自分が走ってきた山を振り返れるのが感情のピークだったかな。

    以上、反省を踏まえてまた頑張る。

  • 私が夢を叶えられない理由

    私が夢を叶えられない理由

    ゆるゆると仕事をしてなんらかの創作活動をしながら生きていきたいと思っていたけれど、ゆるゆると仕事をし続けて、競争力が保持されるほど世の中は甘くない。
    仕事をするなら、勉強したり技術を磨いたり新しい商品を生み出したりして、戦わねばならない。
    その点拙者はすごく甘い。

    大人は市場と戦って成長すべきだ。
    そう思ってはいたのだけれど、実際のところは戦うのを避けて、現状に安住して、結果が全てじゃないよな、などと言い訳してとりあえず生きている。
    逃げるのが上手くなってしまった。
    拙者はダメな奴だ。

    と、いつもの自己憐憫が出てきた。
    たぶん、これが良くない。
    負け犬キャラで、反省したように見せかけて、実は心を軽くしているだけ。
    こういう時に必要なのは反骨精神かと思う。

    現在拙者は、小説家になって自分の本が書店に並ぶことを夢見ているんだけど、結局上手くは書けなくて、書き進められもしなくて、ほとんど挫折してる。
    さらに、その挫折をブログに書いて、どうせダメな奴だと自己憐憫して、スッキリさせようとしている。
    自分を憐れむな!
    必要なのは、なにくそ! って気持ちだろ。

    拙者は小児喘息で、今でも黄砂の時期や風邪をひいた時などは調子が悪くなるので、幼少期から充分に苦労したんだけれど、同時にしんどそうに振る舞っとけば許される、というのが身に付いている。
    ちょっとでもしんどくなったらしんどそうな振りをしてしまう。
    たとえば、ランニングをする時など、しかめっ面で走ってしまう。
    しんどそうな振りに自分が騙されてしまって、最後まで全力を出しきれなかったりするのだ。

    このワラクリにおいても「ダメだったんです、一生懸命やったけどしんどくなってしまったんです、ダメな奴なんです」という記事はかなり多くて、そう表明しておけば、人からの非難も、自己嫌悪も避けられる。
    冒頭に書いたような文とキャラで、最後まで全力を尽くすことから逃げてるんだろうなぁ。

    夢を実現させたいなら、これを捨てねばならん。

    最近特に仲良くさせてもらってる人は反骨精神が強くて、また先日一緒に走った若者は若くして代表取締役の肩書を持っていたが、彼も反骨精神に溢れていた。
    夢を叶えられる人はこういう人々なんだろう。

    拙者が持つ自己批判精神は、自分の非を素直に認められたり、反省できたり、人間関係においてはメリットを発揮したりするのだが、こと夢を追うに際しては、足が鈍るんだよな。
    ダメな理由なんて、いっぱいいっぱいいっぱい見つかるからなぁ。

    自己憐憫をやめよう。
    ダメな奴なんですごめんなさい、で終わらせぬ。
    なにくそ! と反骨精神を発揮せよ。
    しんどくても全力を尽くせ!
    小説家が小説書けないなら死ね!

    以上。

  • ご飯2合は気絶する

    ご飯2合は気絶する

    反省せねばならない、1食でご飯2合分食べたことを。
    お腹いっぱいになって、気絶するように眠った、いやほとんど気絶していた。
    絶対に体に悪い。脳卒中的な何かになるかもしれんし、変な時間に寝たら夜に眠れなくなる。
    こういう反省を抱きながら、ブログを書いている。

    この過食の原因は、精神の病かもしれぬ。鬱だな鬱。
    食べることの心地よさをストップさせる回路がバグっていて、お腹が苦しくなるまで食べてしまった。そんなことが最近よくある。
    ストレスは常に抱えている。
    現代社会に生きるだけで精神に疲労が溜まる。
    拙者は自然の元で暮らすべきだったかな。拙者には小屋暮らしが向いていたかな。

    だが、小屋暮らしをやめたのは理由があって、それ自体では人の役に立たないからで、人の役に立たないで生きるのはそれはそれでしんどい。
    次は何かお店をやろうと思ったけど、小説の方に熱中してうやむやになり、そして今度は小説の方がうやむやになりつつある。

    みんなには何年も何年も追い続けてる夢はあるのかなぁ。
    そういう人って偉いなぁ。

    夢を追うと、自分の人生が物語化されて、自分が主人公になった気になって、気持ちいい。
    叶わなくても気持ちいい。

    夢を追うのは何らかの行動が伴う。
    例えば小説家を夢見るなら、小説を書かねばならない。
    だが、書いた小説が思っていたよりショボいことが多くて、書くペースが鈍化して、しまいには書けなくなる。
    こうして、自分物語が途絶えて、宙に浮いたような状況。
    目的がないままに人の往来が激しい交差点に立ったような不安定さ。
    「みんなどこへ向かっているんだ? 僕だけが独りみたい」

    こうして、ご飯2合である。
    ちなみにポテトサラダも食べている。

    いまだお腹がゲプッとしてて重い中で、とりあえず頑張る、というありがちな結論でまとめようとしている。
    生きてるかぎり、とりあえず頑張るとか、明日はきっといい日だよとか、不安を漏らした時にはそんな結論しかないからなぁ。

    ちょっとだけ具体的にしとくと、想像力を活かして頑張る。妄想でも空想でもなんでもいい。
    今はどんなトレランコースを走ろうかという想像で満たされているけれど、拙者の想像力が人の役に立つようになるまで磨かれたらいいよな、いや磨くべきだよな。

    そうして、過食とスマホ依存が終わりますように。

    以上。

  • 腹掛けで走る、良いことと悪いこと

    腹掛けで走る、良いことと悪いこと

    ランニングをしているとシューズはどんなのがいいか? ウェアはどんなのがいいか? と考えることになる。
    なんでもいいのが基本だが、Tシャツはすぐ乾くやつじゃないとズクズクになるし、靴は合ったものじゃないと足が痛くなる。季節によっても装備が変わる。
    そこそこ悩ましいのである。

    しかし拙者は何を血迷ったのか、飛脚に寄せにいっている。
    足袋で走るとメリットがあると分かったし、飛脚棒で走るのもメリットがあると分かった。

    次なるアイテムは、腹掛けである。

    飛脚、あるいは太鼓を叩く人、あるいはお神輿を担ぐどちらかというと若い女の子、を想像していただいて、それらの人が着ているエプロン的なものが腹掛けである。
    拙者には必殺仕事人における三田村邦彦氏が着用しているイメージがある。(例示がオッサンだなぁ)

    飛脚が着るわけだから、走るのにちょうどいいんじゃないかと思って、どうしも試してみたくて、購入した。
    幼少期にお祭りアイテムとして着せられたかも知れないが、自分で買ってまで着るのは初めてである。

    まず、Tシャツを着ずにダイレクトで腹掛けを着てみた。
    どことなくT.M.Revolutionっぽくなる。紐の感じが。
    あと、乳首がちょうど出るか出ないかギリギリのところになって、セクシーすぎる。
    だから、ダイレクト腹掛けは特別な夜しか着ないことにした。

    Tシャツを着てから腹掛けにしてみる。
    着てみて初めて知ったのだが、腹掛けはポケットが広々としている。そこそこドラえもんの四次元ポケット、は言い過ぎなので三次元ポケットくらいのレベルではある。一次元はセンターにあって、二次元は右に入り口があってセンターまで広がっていて、三次元は左に棒状のものを収納できるポケットがついている(太鼓のバチ用か?)
    すごくややこしい書き方をしてしまったが、とにかく衣服なのにも関わらず収納が豊富。(今回買ったやつがたまたまかも?)
    普段はウエストポーチを装備して走っているのだが、必要がなくなり、腹掛けにスマホも電車のICカードも家の鍵も納めることができた。
    し、か、も、小物を収納した上から腰紐で縛るので、ウエストポーチよりも揺れない。
    というわけで、ウエストポーチが不要になる点で合理的だ。

    また、走りに出かけてみると防寒の面でも優れていた。
    走るとそこそこ前方から風がくるので、肌寒い日もあり、腹巻きを装備する時がある。
    腹掛けなら前方からの防御力が強く、背中はスッキリとしているので、走るにはめちゃめちゃ合理的だ。

    あと、紐をギュッと縛ると、姿勢が良くなる気がするので、フォームが乱れにくくなり、合理的だ。

    走ることにおいては、かなりメリットがある。

    しかし、腹掛けで走っている人は、嵐山や東山に多くて、それは人力車の人達で、ランナーではなく人足のイメージがついている。日本人の前に出るのは恥ずかしい。
    実際に、お隣の奥さんに挨拶もせずコソコソと逃げた。
    ただ、外国人の前に出る時は、「Japanese runner style!」と言いたくなるので、観光地を中心に走ればいいかって思った。

    というわけで、皆さんも腹掛けランナーになって下さい。
    みんなでやれば恥ずかしくない!
    お腹の収納力と背中のスッキリ感に驚いて下さい!

    以上。