投稿者: 石黒わらじろう

  • 妄想の暴走が絶好調

    妄想の暴走が絶好調

    ふと我に返ればニマニマしている。
    1人でいるときも、バイクに乗っているときも、商店街を歩くときも顔が笑っている。
    一昨日など、商店街でニマニマしていたら、気づくと通行人の視線がこっちを向いていた。拙者はそれに気づき下を向いて歩いた。それでもニマニマは止められなかった。
    なぜニマニマしていたのか思い出せないが、妄想が捗っていたのである。
    一般人であればこの状況は恥ずべきことかもしれないが、拙者は小説家を目指しておるため、絶好調である。
    修行の成果が出てきておる。

    拙者は小説「赤毛のアン」を経典とし、主人公「アン・シャーリー」を教祖とし、妄想修行に励んでいる。
    アンはクラスメイトより少し惨めな時がある、たとえば袖の広がった服を持ってない時など、しかし想像力で補い、それが魅力だと自負しているのだ。
    拙者もかくありたい。

    修行内容を明かす。
    妄想修行その1は動画を見ぬことで、テレビやYouTube、TikTok、ネット動画などを控えている。
    どうしても時間が減るのと、動画は想像の余地がないからだ。

    妄想修行その2は貧乏に暮らすことで、金で解決できない分、知恵が働くからである。

    妄想修行その3は読書である。
    読書には充分に想像の余地が残されている。
    たとえば主人公の顔すら想像し放題である。

    妄想修行その4は自然に親しむこと。
    自然は情報量が多く、頭が活性化される。

    妄想修行その5は布団に入ってすぐに寝ようとしないこと。
    目を閉じて空想を広げている。
    寝て夢を見ているのか、意思を持って空想を広げているのか分からなくなる。熟睡できなくてツラい。

    と、これらの修行の成果で妄想が暴走し、あらゆる時にニマニマしている。
    そろそろ奇人変人のたぐいとしてご町内で噂になるかもしれぬが、気にしないでおく。

    以上。

  • 早く寝よう

    早く寝よう

    今日は早寝をしよう。
    寝不足な上ににわかに忙しく、いつものゆるゆるとした余裕がない。
    自分らしく生きるための余裕が拙者には大切だ。

    夜寝る前にピカンとアイデアが下りてきたらどうします?
    →気にせず寝る
     アイデアをメモする

    昨日の拙者は下段にカーソルを合わせた。そして夜更かしに発展した。

    寝る前の段階になって、書けそうな物語のイメージが膨らみ、メモにしておこうとスマホを手に取り打ち込むと、それは序章を形作り、もっともっとと欲が出て、こうかなこうかなとやっているうちに、終わった頃には3時になっていた。
    布団の中で、スマホで入力しているのでたいへん効率が悪いし、布団から出ている手が冷え冷えになる。

    書き上げた時には、傑作だ、天才だ、勝利だ、と思ったものの、改めて読み直すと、あの興奮はどこへやら、面白さが分からない。
    こんなものである。

    寝不足は寝坊につながり、寝坊は仕事の遅れに、遅れは焦りに、焦りは疲れに変わっていく。
    疲れた。
    久々に家で酒を飲みたくなった。

    この企画、その企画、あの企画を抱え、仕事も家事もあり、その上小説も続けたい。にわかに忙しい。

    こういう時だ、こういう時が困る。
    毎日の仕事に苦痛を感じないけれど、創作意欲がスパークしている時は仕事を休みたい。
    気楽に休める仕事を目指すべきかもしれんけど、毎日決まっているからゆるく仕事ができるわけでもあるし、なかなか悩ましいな。

    というわけで、とにかく寝ますし、ブログはしばらく休むかも。

    以上。

  • とあるランクラブはコスパ最高で誰にも教えられない

    とあるランクラブはコスパ最高で誰にも教えられない

    ランニングサークルを考える」という記事を書いたところ、情報を教えて頂き、また誘って頂き、さっと参加したところ、めちゃめちゃ良すぎて誰にも教えられない。

    拙者はランニングを趣味としており、10年以上の歴がある。
    基本的にはゆるランナーで向上心はないのだけれど、どうせなら自己ベストは更新し続けたいし、1kmあたり5分の速さは常に出したいと思っている。
    せっかくの趣味なので、ランニングサークルに顔を出したらもっと楽しめるかなぁと思いつつ、志向の違いや面倒くささにより、一歩も踏み出せないでいた。

    と、このような記事を書いたら、ちょうど良いのがあると誘ってもらえた。
    ありがとうございます!

    その日は雨予報の土曜日で、ランは中止なのかも? と気をもんでいたけれど、どうやら決行らしい。
    某所に16:00集合で、午前午後とも家でダラダラ過ごし、気がつくと15:00になっており、慌ただしく準備した。
    一度は家から出たものの、防寒具を忘れて取りに戻る。
    それゆえ時間がギリギリになり、走って駅まで向かう。
    ちょうど電車に乗れたものの、焦った状態が祟ってか、電車を降りた時にはグローブが失くなっていた。
    ショック!

    某所にはすでに知ってる人が3名で、他には6名がいて、拙者を含めると10名。
    人数もちょうどいいし、知り合い率も高くて、安心。
    記念撮影の後スタートだが、ウォーキングのチームと分かれたので8人が一緒に走る。その中の1人は翌日の京都マラソンにエントリーしているらしく、調整ランということで早々に離脱。7人になる。
    河川敷を走る。まだ肌寒い冬の気候。
    ペースは1kmあたり6分ほどで、喋りながら走るとかなりしんどい。だが、一緒に走るわけだから、ちょっとはコミュニケーションとらないと意味ないよな。
    「普段はどのくらい走るんですか?」の質問に「毎日15キロ」と返ってきたので、『やべえ、レベルが違う』と焦った。
    流石にその方は喋っていても息が乱れない。
    それでもその方いわく「もっと鬼みたいな人たちがいる」とのこと。
    怖い世界だ(笑)

    主催の方が先導してくれて、その背を追いかける。部活みたいだった。
    折り返し地点まで来たものの、参加者の1人が膝に痛みを抱えたらしく、離脱。6人になる。
    最後の1人になるまで走るというデスゲーム的なサークルではないので、8km走ってフィニッシュ。
    ちなみに、離脱した1人のために自転車で迎えに行くメンバーがいて、そこに友情の物語があった。感動的である。
    いつもだいたい1時間で10kmほど走るらしい。
    また、別に同じペースにこだわってなくて、速い人はさっさと行っても良いくらいの柔軟性。

    その後は、銭湯へ行って、汗を流し、体を温める。
    裸の付き合いが生まれる。
    ぽかぽかになった。

    いよいよここから、走って風呂入ったその体でビール。乾杯。
    1杯目はサービスしてもらえた。
    ありがたい。サービス良すぎる。1杯の恩、忘れじ。

    一緒に走った人たちとの飲み会で、何のこともない会話をし、わいわいとビールを飲んだ、旨すぎる。

    フランス人の子どもがお店に来てて、UNOをやりたいと言うらしく、走ったメンバーとプレイして盛り上がる。これ見よがしに「UNO!」と言う。ちなみに子どもが勝利して、とても平和にゲームセット。

    と、こんなランニングサークル。
    良いペースで走れ、湯にも入れ、ビールも旨く、知り合いも増え、会費はゼロ円なので、コスパ最高すぎる。
    色んな人にオススメしたいのは山々なのだが、いかんせん今の規模感が最適だと思うので、メンバーを増やすのはいかがなものか。
    だから大っぴらには書きづらい、変に情報を流して雰囲気が壊れたら嫌だからなぁ。
    耳打ちレベルだけで、ヒソヒソと教えることにしよう。

    そもそもランニングサークルはコスパもタイパも高い。
    体を鍛えれる上に、交遊も捗る、いちいち自己紹介しなくても仲間感が醸成されるし。
    あと運動してる人はサッパリした人が多い、こだわりがないというか爽やか。
    拙者は球技が苦手なので、ランニングサークルがちょうど良い。
    身近な人の記録に引っ張られて、タイムも伸びるんじゃないかと期待している。
    良い事ずくめだ。

    もっとさっさと参加しとけば良かった。
    拙者の人生に必要なのはこれだった。

    以上。

  • 謎パーティーに参加し、人妻の色香に翻弄された話

    謎パーティーに参加し、人妻の色香に翻弄された話

    自分が遊び慣れないオジサンだなぁと思うと、切なくなる。
    いや、アウトドアフィールドなら遊びまくったけれど、シティの遊び、あるいは男女の遊びは初々しいことこの上ない。
    高校生くらいの発達レベルで社交性を発揮せねばならぬず、振る舞い方が分からずにタジタジ。でも外見はオジサンで、存在自体がキツイ。
    今日もまた、情けない話を書かねばならぬ。

    京都の某所で美味しくビールを飲んでいたところ、
    「近くでイベントをやっているので一緒に行きませんか?」
    と、その日初めて会った方にお誘いいただいた。
    内心では、ちょっと面倒くさいぞ、とたじろいだ。その場でも楽しく過ごせていたからだ。
    しかし、小説であればこういうことで異世界の扉が開かれて、冒険が始まるし、ほどほどに酔ってて気持ちも大きくなっていたし、ノコノコと出かける。
    火照った体で静かな夜の街を歩き、大通りに出て、店内からもれる光に誘われると、そこはほどよい異世界だった。

    飲食店主催のパーティーで、店内はDJブースが設けられ、人がワイワイ集まっている。知らぬ人と肩をすり合わせないと移動できないレベルで、その密度に一旦は圧倒された。3年間コロナ禍だったので久しぶりである。
    群れの中に入った拙者の視線は、どうしても女性をサーチするように動くようで、何人かの麗しい女性を捉え、だけどいきなりは声をかけられず、どうすればその場に馴染めるのかを必死で考える。

    そのパーティーには独特の作法があり、それは人と喋らねばならぬ強制力があり、最初の一歩はなかなかハードルが高い。
    ひとまず年長者っぽいオジサンに声をかけ、振る舞い方のお手本を示してもらおうと思った。
    しかしそのお方は、
    「いや、女の子に声かけるべきだろ」
    と、おっしゃる。
    ごもっともである。

    お陰さまで、年上の女性や誘ってくれた方のフォローが入り、とりあえずは場とジョイントする突破口が開けた。
    パーティーでひとりポツンと取り残されるのは、侘しいからなぁ。なぜその場所にいるのか分からなくなって、周りはガヤガヤしてるのに、1人だけ無常観に浸って、悟りを開きそうになるからなぁ。
    その侘しさを埋めるために無理して誰かと喋るのも、また虚しい。
    パーティーは苦手である。

    などと、思っておると、ふと視線がぶつかる女性がいて、その方は女性の二人連れで、若すぎることもなく、これは! いける!
    たぶん「カンパーイ」みたいな感じで喋りかけ、「このイベントにはよく来るんですか?」などと会話をつなぎ、そこからは自然な会話が発生してたはず。
    「体を動かすのは好きですー」
    「重低音で体を揺らすのが好きですー」
    「ヨガはやってますー」
    などの言葉に、拙者はランニングやサルサダンスや盆踊りトークで応酬した。久々に腰をくねくねして見せたら、喜んでおられた。
    他の方ともお喋りしたが、おおむねこの方とのトークが最も安心感があり、長く時間を過ごし、そのうちに幻想が頭をかすめるようになる。

    この日初めて会った異性なのに距離が近い。
    拙者の耳に寄せた小さな口から流れる声が心地よかったり、ふと顔が近すぎたり、華奢な手や肩や腰に触れたり、それがベルベットの感触だったり、なにかタケノコがむくむくと育つような心境。
    キリッとした眼と薄い唇に髪はボブ。とても良識の有りそうな見目なのに、時折甘えるような仕草、女の色香が出ておる。

    こうしてブログを書いている拙者であれば「落ち着け落ち着け、いつもの自分のままでいろ」とアドバイスするのだが、酒飲んでぽわぽわモードに入っておったやつは、デレデレとした醜態を晒していたのであろうな。
    修行が足りんぞ、修行が。

    聞けば人妻で、30代で、お子もおられるそうで、拙者は波乱など期待しておらぬのだが、あまりにふわふわとした酔気を出しておられたので、誰かがそばに居た方が良いよなぁという気持ちだった。
    「家は近いんですかー?」
    と聞かれた言葉に、それ以上の意味を推し量ったり。

    でも最終的には、ひつこい、と思われたようだ。
    彼女は隣の男性に積極的にお喋りを持ちかけ、拙者は独り残される。
    ポツン。
    甘え方も巧く、逃げ方も巧い。
    遊び慣れておられる。あっぱれなお人じゃ。
    そんなこんなで終宴の時間が近づき、まだ賑わいの残る店内を後にして、小雨の道を駅まで歩いた。

    何も失ってはおらぬので大丈夫だけど、遊び慣れてないオジサンだなぁと実感してしまい、自信は失ったところだ。
    ガッデム!

    あーあ、ちゃんとした大人になりたかったなー。

    パーティーは苦手だ。
    だが、懲りずに鼻の下を伸ばしに行こう。
    生き恥さらし、人間らしく、ぬけぬけと生きるぞー。
    本当はひつこくなんてないぞー。

    以上。

  • コミュニティサイズのイベント

    コミュニティサイズのイベント

    ようやくコロナパニックが収まり、新型コロナがコロナ2019とどこか懐かしげな名称に変わり、もうすぐ春が来る。
    すごい人流が予想されるが、京都の観光地は大丈夫かなぁ、どうなるかなぁ~。

    これまで皆々は疫病で抑圧されていたので、それが一気に弾けると思う。イベント事は大盛況になると思いますよ。拙者もできるだけ楽しみたい。

    しかしながら拙者は、大きなイベントではなくて、コミュニティサイズのイベントに参加したり主催したりしたいなぁ。
    コミュニティサイズというのは、5人~15人くらいの規模をイメージしており、社会心理学ではシンパシーグループと呼ぶ人数。

    大きなイベントは、誰かと仲良くなれる可能性が低くて、またそれを主催しても、人が通り過ぎてしまう感覚になる。
    しかし、コミュニティサイズだと、仲良くなれる可能性が高いし、次に会った時は「あっ、あの時の」なんてことが起こる。これが愉しい。

    難しい点は、1人で乗り込むのは怖い・怪しいコミュニティがあることや、社交性が必要なこと、参加してしまうと楽しくなくても空気を読みながら逃げないといけないので時間が無駄になってしまうことが挙げられる。
    この点、大きなイベントはつまんねぇと思ったらさっさと帰れるのがメリットだ。

    そういう意味では、コミュニティイベントに誘ってくれる人の存在はありがたい。ちゃんと自分のキャラとイベントの性質を把握してくれているし、アタリの確率が高いし、参加しやすくなる。
    ただし、何でもありにしておくと、宗教やネットワークビジネスやつまんないセミナーに招かれてしまうので、面倒くさくもなる。
    これらの存在は否定しないのだが、興味ないからなぁ。
    防御力も必要なんだよなぁ。

    そして、本当に楽しいものほど、なかなか情報が出てこないのも難しい点だ。
    現代はネット社会とはいえ、コミュニティは口コミだより。
    たとえば拙者にとってコントラダンスが衝撃的に楽しかったのと同じように、まだ知らない名称の何かがめちゃめちゃ楽しいかもしれない。
    一時期はサルサダンスに通っていたが、そのコミュニティ内ではみんなが知ってる情報でも、外側からはどう調べてもでてこなかったりする。
    ChatGPTに聞いたら、答えてくれるのだろうか。
    無理だろう。

    どうも最近の拙者は社交的なものばかりが頭を巡る。
    これは、世の中の多くの人がそういう思考になっているからではあるまいか。
    周りの人たちが春を謳歌しているのに、1人だけえっちらおっちら創作活動をする根性はありませんので、遊べるうちに遊んどきたい。
    世の中に乗り遅れないように頑張る!

    以上。

  • 人生の終盤は定食屋として生きたい

    人生の終盤は定食屋として生きたい

    将来設計というほどは綿密な計画ではないけれど、人生の終盤は定食屋として生きたいと思っている。

    何歳まで生きるかによって、いつから終盤なのかは変わるけれど、たとえば80歳まで生きるなら60歳からが終盤という気がするし、70歳までなら50歳からが終盤となるかな。
    50はそこそこ近い将来の話だなぁ。

    日本がどうなるか、世界がどうなるか、テクノロジーは、仕事はと考えても全く分からない。
    車が自動運転にはなるだろうなぁと思うし、食べ物はロボットが作るだろうなぁとも思う。人の多くは仮想現実空間で過ごし、人との交流はその世界で完結するだろう。

    そんな社会にあっても拙者は対面交流にこだわり続け、体を動かして遊び、相変わらずリアルな場で人を集めたがると思われる。
    走って、焚き火して、酒のんで、盆踊りするだろう。
    しかし、年老いて遊ぶ力がなくなり、奇抜な企画力も衰え、人との交流が徐々に途絶えていく。
    みんな仮想空間に行ってしまって「独り取り残されてしまったのう」と、ぢっと手を見る。
    そこで、定食屋だ!

    食べ物さえ提供していれば老若男女問わず人が集まってくるはず。
    もちろんあらゆるものが機械化されて、人が作る料理というのは前時代的なものになるのだけれど、自分のために誰かが作った料理というのはめちゃめちゃ貴重で、それが非日常体験になるだろう。
    拙者はそれを提供できる。

    拙者の憧れる老後は、縁側でゆったりお茶をすするのではなく、旅行して回るでもなく、いつまでも自分の技術なり商品なりを求めて、人が集まってくることだ。

    というのも、ご隠居生活みたいなのはすでに十分堪能してしまった。
    そして分かった。
    自分だけのために時間を使うのって、さほど幸せなことではない。
    誰かを喜ばせるために使う時間の方が、幸せだ。

    調理技術はすでにあり、修行期間は必要ないのだが、今すぐにはそれをしない。
    まだまだ阿呆なことをやれるうちにやっておく。
    それができるのも、7~12年といったところか。

    なかなか短いものだなぁ。
    精一杯生きないとねぇ。

    以上。

  • 告白をしてもないのにフラれた話

    告白をしてもないのにフラれた話

    目を閉じて、その子のことを思い返してもまだ好きでいれる。
    だけど拙者はフラれたので、これは情けない話である。

    普通の男性はフラれた話など大っぴらに語らないのだけど、拙者はフラれたストーリーを書かせれば日本一の称号を目指しておるし、意外にこういう話は女性からのニーズが高いと、うすうす感づいておるので、これから堂々と語りたい。

    もう5年くらい前から好きだった女の子を呼び出して、意を決して告白したけれど、「もっと早く言ってくれたら良かったのに」と断られた。
    というような話であれば、悲壮感を漂わし、拙者の心理描写を書き尽くしたいのだけれど、そういう話ではない。

    「好き」にはグラデーションがあるし、そこそこ大人になっているので恋心は育てるものだと知っている。
    20代の頃は頻繁にメールを返してくれる女の子をことごとく好きになったものだが、今では長々とメッセージのやり取りをするのが面倒くさくなってしまった。
    昔は「ちなみに好きな食べ物は何ですか?」などと、疑問形のメールを文末に加え、その返信にまた疑問形で返し、やり取りが途絶えない工夫をしていたのに、今では何の工夫もせずに、やり取りが続かないから相性が悪いんだなぁと解釈している。

    要するに、無理してパートナーを得ようとか、恋愛しようとか、そういう気持ちは霧散した。

    そんな中でも、可愛い~と鼻の下が伸びてしまう子やお気に入り登録したいような子もいるし、よい機会があればご飯など食べてお喋りしたいという気持ちはある。
    とまぁ、一葉ちゃん(仮名)もそんな感じだった。

    先日、ご飯を食べに行ったところ、男女の関係を持ち込まれては困る、というような感じで、フラれたのだ。

    その日、某中華料理店で落ち合った時点で一葉ちゃんの表情が重くて、ぜんぜん愉しそうじゃなかった。これまで2回ほどランチをご一緒して、その時は和気あいあいとお喋りし、時折見せてくれる笑顔に拙者は喜んでいたのに。

    おかしいなと思いつつ、いつもの軽い雑談を一方的にしながら食事をし、そして食べ終わった頃、意を決したように一葉ちゃんは重い口を開いた。
    「前回、『二人きりで遊びに行くようなことに誘っても差し支えないか』と聞かれて、安易に『はい』と答えてしまいましたけど、あれって、異性としてのお誘いだったんですか? 友達としてなら良かったんですけど、あの後いろいろ考えてしまって……」
    これを聞いた拙者はアタフタした。
    好意はあるよ、単純な友達として見てるわけではなく異性として見ている。しかし好意のあった女性と友達関係が続いてる経験もあるし、貴方が望まぬのならこれまでと同じ関係でいいし。そもそも好きな子しか食事に誘わんけど、そういうのを加味して貴方に最適な距離を保ってくれたらいいのに。
    というようなことが頭の中に巡ったはずだが、その時に最適な言葉が見つからず、
    「好意はあるけど、分別もあるよ」
    と口から出た。
    でもこれはダメだったみたい。
    一葉ちゃんは好意があるならその気持には添えないと、関係を切る覚悟を決めておられたらしく、その後の態度も受け答えも全部、関係を切ってスッキリしたいとの強い意志が感じられた。
    拙者は、これで終わりか、と察して、一葉ちゃんのどんな所が好きかをお伝えした。
    もちろん彼女の気持ちが変わるはずもなく、むしろ悪化し、つれない態度の彼女を駅まで見送った。

    こんな風になるなんて、ぜんぜん心の準備ができていなくて、急に感情が忙しくなった。
    風光明媚な観光地に独り残され、そこはかとなく哀しかった。
    快晴の空を見て一旦心を落ち着かせ、メッセージを送ってみたけど、「距離を置きたい」とのことで、『置くほど近い距離じゃなかったやん』とか言いたいことはあったけど、貴方の望みがそれならば叶えてあげるのが男の役目だ。

    こうしてフラれました。
    無念。
    笑顔を見せてくれるだけで良かったのになぁ。

    しかし、よくよく考えると、若かりし頃の拙者も女性からの好意を感じた時は、あえて冷たい態度をとったこともあったよな。
    それは相手を傷つけてしまう怖さゆえ。
    期待に応えられないストレスも生まれる。
    分かる。

    ちなみに最近の拙者は、誰からも好意を向けられないのでストレスフリーです(笑)。

    最後に一つだけ言わせて欲しい。
    関係を切るかもしれない相手と直接会って喋ろうとするなんて、一葉ちゃんはとても誠実で良い子でしょう。
    きちんと伝える術を持っていて、素晴らしいよね。
    そんな子を好きだと思う拙者の女性選択眼もまた、素晴らしい。
    自分を袖にした相手を矮小化せず、好きなままで距離を置こう。

    恋人にフラれたわけではないので、心の空洞は小さくて、全ハートの8分の1くらいの隙間かな。
    この隙間に何が入ってくるのか、楽しみにしとく。

    以上。

    ちなみに仮名の一葉ちゃんは、樋口一葉から拝借しました。
    さっき、「にごりえ」を読んでたんやけど、女心くらい難解な文体だった。