投稿者: 石黒わらじろう

  • 早寝早起き

    早寝早起き

    早寝早起きが続いている。
    ひとまず自分を褒めつつ、そのコツを書いておきたい。

    早寝早起きを志したきっかけは健康不安からで、具体的には食後にめちゃめちゃ眠くなるのに糖尿病ではないと検査結果が出たからで、交感神経の乱れかなと仮定したからである。
    拙者は健康志向なので、こういう動機があると強さを発揮する。

    9/6から早起きを始めた。早起きと言っても朝6:00なのでさほど早くない。ただこれまでは9:00すぎに起きても大丈夫な仕事をしておったので比較すると3時間も早く起きていることになる。
    早起きだからといって睡眠時間は削らない。3時間早く起きるなら、3時間早く寝るべし。22:00に就寝するようにしている。盆踊りや飲み会があった夜も戒律としてこだわった。
    結果として、概ね6:00に起きれるようになったし、最近は30分早めて5:30にタイマーをセットしている。
    拙者の場合は隣の部屋でスマホが鳴ると起きれる。布団から抜け出さねば音を止められないからな。

    また交感神経を整えるためなので、起きぬけの体でランニングに出かけることにもしている。
    これは毎日ではない。2日走って1日休むくらいのペースが良いようだ。あるいは週末に体力を使うイベントが入る時は温存しておくべきだと学んだ。
    当初は朝の心拍数が上がらず、いつもの速さでは到底走れなかったが、すでに1ヶ月半以上経過したので体の反応が良くなってきた。
    朝の腸の反応も良くなった。

    決まった時間に寝ることで、睡眠の質も上がってきたように思う。
    睡眠の質はスマートウォッチでレコーディングしていて、数値がホントかウソか定かではないが、スコアが60点だったのが80点になったりすると嬉しくなる。
    拙者はロングスリーパーで8時間は寝ることにしているが、短眠の人は深い眠りが多いのだろうなと理解した。
    できるだけ深く眠れるように善処しているところだ。たとえば、21時以降の照明を電球色に変えたり、ディスプレイを見ないようにしたり。

    早寝早起きで交感神経が改善されたか? というと、特筆して気づくほどのものはない。
    相変わらず食後は眠くなるし、なにげなく眠気に襲われることもある。
    「俺は早起きできるし、これは小さな勝利である」みたいな自信がなんとなく湧いてくるくらいかな。

    デメリットとしてはPCに向き合うのを控えるようになったので、ブログを書く気が起こらない(でもこれは、他にも原因があるかもしれない)。

    まだ1ヶ月と20日しか経っていないので、もう少し体調の変化を観察する必要があると思う。なにか体に変化が起きるには3ヶ月は必要そうだもんな。
    ただ、もしかしたら以前より腸の働きが良くなっているかもしれない。たくさん食べても以前よりお腹の調子が良い。

    まぁ、早寝早起きだけですべてが変わるほどは甘くないよな。
    改善の積み重ねが大事だ。
    とにかく、なんとしてでも早寝早起き習慣は守ろうと思うし、それを破るような仕事や遊びはしないようにするぞ。
    健康志向やからな。

    以上。

  • 夢を叶えた後のこと

    夢を叶えた後のこと

    「これが念願だった」と言うのは大袈裟だが、ニワトリを飼うことはそこそこ前から描いていたことで、4年前には目標として持っていたはず。
    まだ道半ばだが、卵から孵ったヒヨコはニワトリへと向かっている。
    「ニワトリを飼うのが夢だった」としたら、現在はその夢の真っ只中にいるのである。
    今まさに夢が叶っているところ。

    夢が叶って幸せか? というと、それは違って四苦八苦している。
    なぜならヒヨコの飼育をするのは初めてで、外敵も多く、なんだか必死。
    保温の電球はつけておいた方が良いのか? 小屋から出たがっているようだが出して良いのか? 砂を買ってきたほうが良いのか?
    不安と困惑が多く、幸せとは言えない。

    もちろんかわいいと思っている。
    最近では、ひょいと手の甲に乗ってきたり、膝に乗ってきたりする。あるいは手の甲から腕をつたって肩に乗ってきたりする。
    小屋に戻す時はぜんぜん言うことを聞かなくて憎たらしいのだが、それ以外はだいたいかわいい。
    だからこその不安がある。

    夢のニワトリ生活のはずだが明確なイメージはなく、そういえば夢を描きすぎないようにしていたなぁと振り返る。
    ニワトリを飼いたいと考えた結果、色々な方法がある中で卵から孵そうと決意し、それがなかなか一筋縄ではいかず、何度もガッカリしたのである。そのせいで、ニワトリがいる生活に過度な夢を描かないようになってしまった。
    夢を描きすぎると落胆が大きくなるからな。
    失敗を繰り返して少年は大人になり夢を描かなくなるのだろうか?
    叶ったはずなのに叶った後のことを考えてなかったことに気づく。

    これはあまり良くないよな。
    たとえガッカリする結果になったとしても描ける夢は描いた方が良いよな。
    拙者は想像世界で遊ぶことを念頭に置いて生きているのだが、いつからか予防線を張っておくという残念な思考になっておった。
    これまで散々にダメージ受けて生きてきたくせに、慣れてるはずだろ。
    いや、大人になってからの失敗の方がダメージでかいのかな?
    まぁ、どっちでもいい。

    これからは大いに夢を描くことにするよ。
    その方が夢が叶った後の行動が取りやすいからな。
    そして落胆も大きい方がいい。再挑戦の力になるから。

    次の夢は、ヒヨコカフェというのをやろうかな。

    以上

  • のらぼん、とは?

    のらぼん、とは?

    コロナ禍がきっかけで途絶えた文化があると思う。
    途絶えるものは人知れず終わるのだ。うら寂しき世の無常。
    盆踊りもコロナ前と踊りが変わった話を聞くし、京都に範囲を狭めてもコロナ以降開催していない地域の踊り方は忘れ去られてしまうかもしれない。

    拙者はこういうものに関してクールであるので、滅ぶものは滅んでしまえと思っている。
    少子化Japanであるし、あれもこれもと言ったところで受け継ぎ手がいないのである。
    映像化しとくのが関の山だな。
    少子化対策に力を入れない点において、現政権を支持できない。ぜんぜん保守じゃない。

    悲しむなかれ、滅ぶものもあれば生まれるものもあるはずだ。
    コロナ禍がきっかけで生まれた文化がそろそろ芽吹く時期かもしれない。
    盆踊りについて言うと、コロナによってのらぼんが活発になったらしい。

    のらぼんとはなにか?
    検索すると出てくるが、野良の盆踊り。
    公園などに盆踊り愛好者が集まって、勝手に踊る会をのらぼんと言うようになりつつあるらしい。
    コロナ禍で盆踊りの中止が相次いで、勝手に集まって勝手に踊る文化が生まれた。
    自分らで曲流して、唄って、踊ったらええじゃないか、と。

    京都において拙者がやり始めたサイレント盆踊りも、まさしくのらぼんであるし、こないだ実施した踊れや唄えやの盆踊り練習会も、まさしくのらぼんであった。

    練習会は9/22(金)に実施したが、鴨川デルタにおいて、6人が集まって、自分たちで唄う唄、掛け声で踊った。江州音頭、炭坑節、ドンパン節をやった。
    日が落ちだす時間の河川敷は良い風が吹いて、夕涼みと踊りを兼ねたような雰囲気で、いいムードだった。
    本来の夕涼み勢にとってはうるさくて申し訳なかったが、あくまでも自分たちの発声が届く範囲の小規模であるので許してくれたまえ。

    拙者の感想としては、唄いながら踊るのはめちゃめちゃ体力を消耗するので、めちゃめちゃ練習が必要だと思った。
    他の参加者は声出しながら踊ると楽しい、と言っていた。
    道具をほとんど使わずに楽しさを生み出すのであるから、人間パワーの最大出力である。
    その結果、何が起こるかというと、パラパラ雨が降ってきた。
    だいたいいつもこうだ。

    のらぼんというのは、原点回帰なんだろうな。原初の盆踊りスタイル。
    原点から見れる奴は強い。あらゆるものに根があるし、枝葉を追うには多すぎるし。

    のらぼんというフレーズを聞いて、拙者も大きな流れの中に存在しているんだなと感じる。
    コロナ禍でスタートを切ったのは我々だけではなかった。
    どこかで同じことを考え、実施した仲間たちがいるのだ。これはとても勇気づけられる。
    我々もこの方向で進んでいこう。
    盆踊りは活況なり!

    以上

  • ヒヨコ、ネコに襲われた

    ヒヨコ、ネコに襲われた

    昨日まで二重奏だった鳴き声。
    ピピピピと鳴けば、ピピピピと返す。ピピピピ ピピピピとずっと続く。
    今ではピピピと独り言のように響くだけ。

    ヒヨコがネコに襲われた。
    拙者は庭に出て、椅子に腰掛け足元でヒヨコを遊ばしていたところ、ウトウトしだした。爽やかな秋の気候だったから。
    悲鳴のような鳴き声が響いたと振り向くと、すでに灰色のネコがヒヨコを咥えた直後。
    拙者は大きな声を出し、たしかコラッとか言ったはずで、ネコを攻撃すれば咥えたヒヨコを放すかもしれないと思ったが、地の利は敵にあってすぐに逃げられた。もう1羽の安全を確保せねばならないこともあり、なりふり構わず追いかけることもできなかった。

    攫われたのはオスの方か、メスの方か?
    と、もちろん考えた。
    これは経済の問題である。
    メスが生きていれば、卵を産んでくれるので経済的に助かる。また、メスはオスほど大きな声で鳴いたりしない。
    でも、こうやって命の価値を計る自分に嫌悪感を抱いたりする。
    メスが生き残っていたらホッとするのであろうか?

    ホッとはした。
    生き残ったのはメスの方。
    オスが身を挺して守ったのかもしれない、巨大な敵に立ち向かい、メスが逃げる時間を作ったのかもしれない。
    なあそうなんだろう、オスってのはそういう生き物なんだろ。
    男が一番欲しいのもは名誉ある戦死。
    キミは命を全うした。

    もちろん、セキュリティが甘かったと悔やんでいる。
    庭を網などでぐるりと囲んでやるべきだ。それには資金が必要になってきて、再び経済の問題がやってくる。
    いや、気を抜いたのが悪かったか。
    ヒヨコたちも足元で遊んでくれてたら良かったのに。

    秋空の下で残されたメスは半日鳴き続け、いつもより瞳が潤んでるような気がした。

    キミは男前だったんだよなぁ。美しさのある顔立ちと体型だった。食欲も好奇心も旺盛で、主張がはげしく、鳴き声に困る時もあったけど、最初に手の甲にぴょんと乗ってきてくれたときは小さく感動した。
    ごめんね、さよなら。

    もう二重奏ではなくなったけれど、守ってくれたメスを精一杯大切にして、守りの強化も頑張るよ。

    ただでさえ寂しくなる秋なのにな。

    以上

  • 19日目のヒヨコ

    19日目のヒヨコ

    足元にヒヨコがいる。ヒヨヒヨ鳴いて、そこらへんをつっついている。
    ヒヨコが孵って19日が経った。
    拙者は甲斐甲斐しく世話をして、成長を見守る。
    だが、成長して欲しいようなして欲しくないような複雑な心境だ。孵って2.3日は急に大きくなって、すぐさまヒヨコとは呼べなくなるんじゃないかと悲しくなったが、まだまだヒヨコのままでいてくれている。
    ただし、これまでは拙者の足元からあまり離れなかったが、昨日から大胆に遠くまで行くようになった。
    遠くに行くのは怖いのでやめてほしい、イタチもネコもカラスも、さらにはアライグマまでいるのだ。

    ヒヨコは2羽いて、おそらくオスとメス。
    幼馴染みとしてお互いを頼りにしながら育っている。
    メスを小屋に入れて、オスを外のままという場面が時たまあるのだが(捕まえようとしても逃げるから)、その際メスは呼ぶように鳴く。オスもその声を気にかける。
    いずれオスを〆る日がくると思うと気が重くなる。
    メスはどのくらい鳴き続けるのだろうか。

    オスとメス、どちらがよく鳴くかご存知だろうか?
    これはまだ仮定の段階ではあるがオスの方がうるさい。
    今の2羽しか経験がないので、性差なのか個体差なのかはまだ分からないが、オスの声の方がデカいというのは納得しうるところではある。威嚇したり、求愛したりせねばならぬからな。
    拙者はオスの鳴き声に困る時がある。車の盗難防止警報音みたいな声で鳴くから、近所迷惑である。
    成鶏になればうるさいのは知っていたが、ヒヨコの段階からうるさいとは初耳である。

    死なれるのが嫌なので、とても可愛がっている。
    可愛がると言っても、よしよししたりはしない。どこを撫でても嫌がるので触らない方が良い。
    では、どう可愛がるかと言うと、できるだけ小屋に入れっぱなしにせず、庭に放してやるようにしている。
    しかし目が離せない。イタチなどがいるので、見といてやらねばならない。
    ゆえに、最近は庭でお茶を飲み、今朝などは庭で朝食を食べるようになった。
    ヒヨコによって生活スタイルが変わる。
    良い方に変わるといいんだけどな。

    蚊が飛んでくるのでパチンと叩く。そのぺしゃんこの死骸をヒヨコに見せると、とても喜んで食べてくれる。
    ヒヨコにとってはオヤツみたいだ。たまに足元に止まった蚊や飛んでる蚊までも食べるので、やるなお前ら、と感心する。こちらも負けじと蚊を叩き、ヒヨコの前に手をかざす。
    これまではウザいばかりだった蚊は獲物という認識に変わりつつある。
    蚊よ、寄ってきてもいいぞ。

    ヒヨコの成長の過程を丁寧に書きたいとは思いつつ、19日が過ぎてしまった。
    初めての経験を積み重ねた19日、こわごわ過ごした19日。
    明日はどんな成長を見せてくれるだろうか。楽しみである。

    以上

  • ブログの執筆が捗らなくなった理由

    ブログの執筆が捗らなくなった理由

    ブログの執筆が捗らなくなった。
    理由は明白である。

    早起きを決意するのは人生で何度目だろうか?
    何度もそれを志し、しばらくは続くものの、心境や環境の変化で自堕落な生活に戻ってしまう。形状記憶合金の逆だ。正しくない方が記憶されている。
    だが今回は健康不安を動機としているので、良習慣が続く気がする。
    犬に追いかけられたら全力で走れるし、命が脅かされるなら早起きくらい簡単。

    健康不安を抱えていたとブログに書いたが、血液検査をしても異常は見つからず、激ヤセの原因は食生活の変化と結論づけたが、それでもなんとなしに調子が悪い日が多い。
    これは交感神経が異常かな? と原因を仮定してみている。
    ゆえに交感神経を整えるため、朝のランニングをやり始めた次第だ。

    とにかく6時に起きて、その起きぬけの体で走りに出かける。
    これを9/6から始めた。
    ウォーキングだけの日もサボる日もあるが、走る日は5km強を走っている。
    まだ20日を超えた程度なので、習慣になったとは言えないし、寒くなってもなお続ける自信はないが、交感神経を整えるためであるので意志は固い。
    起きよ、出かけよ。

    始めた当初はぜんぜん体が動かなかったが、ちょっとづつ体のレスポンスは上がってきている。足の筋肉が動くようになり、心拍数も上がるようになった。やれば変わるもんだなと思う。

    近くの神社でラジオ体操をしている高齢者集団がいることや、無人販売の野菜が並ぶ時間などを把握しつつある。100円玉を3枚持って出て、ナスビやキュウリを両手に抱えて帰ってくることがある。
    良い生活だと思う。

    生まれたての太陽を浴びて清々しいが、残念ながら詩的な気持ちにはなっていない。
    だいたいいつも、もっと早く走りたいとか、好みの野菜が売ってなかったらどうしよう、などと現実的。
    創造性が膨らむのではないかと期待しているのだが、そうはならない。
    夜明け前かな、物語が生まれるのは。

    こないだクラフトビールのお店で女性とお喋りしていると、
    「朝起きて走りに出かけられるだけでもスゴイ」
    と言われた。
    別にぜんぜんすごくなくて、朝に起きるコツは22時に眠ること。
    というような回答をした。
    女性は「うーん、それができたら……」みたいな反応だった。
    夜の10時に寝ることを固く誓っているし、そのために風呂も夕食も逆算してスケジューリングしている。

    今までは、1日の終わりにダラダラとブログを執筆していた訳で、要するに22時以降に書いていたが、その時間が消え失せた。
    更に言うと、快眠のためには夜にディスプレイなど見たくないのである。
    というわけで、ブログの執筆が捗らない。

    ヒヨコのことも、盆踊り練習会のことも、書くべきことは多々あるのだが、どの時間に書けば良いのか? と習慣の組み換えが必要になっている。
    夜明け前に書くべきか?

    でも、いいことを思いついているのでまた書けるかもしれない。
    それはヒヨコを足元で遊ばせながらブログを書くこと。

    乞うご期待。

    以上。

  • ヒヨコがいる生活

    ヒヨコがいる生活

    今日は良い報告があるよ。
    以前よりニワトリの孵卵に挑戦し、失敗したりイタチに食われたりと問題続きやったけど、この度無事に卵が孵り、ヒヨコがいる生活を始めることになった。
    かもがわデルタフェスティバルの日に孵ったから、9/16(土)の朝と夜、2羽のヒヨコが卵から出てきた。
    今日で4日目。ちゃんと水を飲み、玄米を食べている。順調だ。
    とても可愛い。

    だが、課題や問題がある。
    ・卵を6個温めたのに、2羽しか孵らなかったこと
    ・にわとり小屋を作らねばならぬこと
    ・先に生まれた1羽はオスっぽいということ

    今後、どうなるか分からないが、精一杯可愛がろうと思う。
    (美味しく育つように……グスン)

    拙者は独身であるし、パートナーもいないので、たいへん寂しい人生を送っている。そして、ブログ執筆がはかどるのだ。孤独はクリエイティブの餌なのだ! と、基本的には言い張って生きているので、憐れみは不要である。
    だが、季節が変わって空気がひんやりしてもなお、そう言い張れるかというと、微妙であるし、そもそも自律神経系の不調は孤独さに病原があるのかもしれん。
    こういう状況で、ヒヨコがきたらどうなると思う?
    1匹目は刷り込みが成功しているようで、拙者の後を追ってくる。なんたる可愛さかと思う。2匹目は拙者を追っているのか、1匹目を追っているのか分からない。まぁ、どちらも可愛い。
    外に出して、土の上で遊ばしてみたのだが、あらゆる場所をついばむ様子や、意外な速さでダッシュする様子にめちゃめちゃ癒やされる。
    ちょうど拙者の足元に飛んできた蚊を追っ払ってくれた、あるいは食べてくれた。
    まだ何を食べるのか分からなくて、玄米や糠をやっている。かぼちゃ、キャベツ、ナスの切れ端もやってみた。煎り大豆を潰したものもやったし、胡麻、小松菜の種もやってみた。
    「今日何食べる?」という気持ち。
    早くも家族のようだ。

    本当は手元においておきたい、要するに部屋で飼いたいのであるが、ヒヨコは野外のほうがイキイキするし、強くもなると思うので、しぶしぶ外に出している。
    もちろん、イタチに突破されないようにセキュリティには気を使っている。

    基本的にはカゴの中に入れているのだが、目が行き届く時間は、例えば洗濯物を干す時など、庭に放してみる。すると拙者の足元をピヨピヨと動き回る。拙者は踏まないようにすり足で移動する。
    昨日は「おいでー」と手を叩いたら、ヒヨコダッシュで駆けてきてくれた。めちゃめちゃ可愛かった。でも今日は来てくれなくなった。すでに親離れ?

    ヒヨコがメスだった場合は、長く飼い続けることができる。なぜなら、けたたましくは鳴かないから。
    しかし、オスだった場合、みんながよく知る「コケコッコー」と鳴く。朝に必ず鳴く。
    近所迷惑になるからなぁ……。

    それゆえ、早くに別れがやってくるので、あまり可愛がりたくないなぁ、と思いつつ、だからこそ可愛がるべきだ、と複雑な心境を抱えている。

    大人にならないで。いつまでも子どものままでいて。
    そんな親心。

    以上。