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  • 19日目のヒヨコ

    19日目のヒヨコ

    足元にヒヨコがいる。ヒヨヒヨ鳴いて、そこらへんをつっついている。
    ヒヨコが孵って19日が経った。
    拙者は甲斐甲斐しく世話をして、成長を見守る。
    だが、成長して欲しいようなして欲しくないような複雑な心境だ。孵って2.3日は急に大きくなって、すぐさまヒヨコとは呼べなくなるんじゃないかと悲しくなったが、まだまだヒヨコのままでいてくれている。
    ただし、これまでは拙者の足元からあまり離れなかったが、昨日から大胆に遠くまで行くようになった。
    遠くに行くのは怖いのでやめてほしい、イタチもネコもカラスも、さらにはアライグマまでいるのだ。

    ヒヨコは2羽いて、おそらくオスとメス。
    幼馴染みとしてお互いを頼りにしながら育っている。
    メスを小屋に入れて、オスを外のままという場面が時たまあるのだが(捕まえようとしても逃げるから)、その際メスは呼ぶように鳴く。オスもその声を気にかける。
    いずれオスを〆る日がくると思うと気が重くなる。
    メスはどのくらい鳴き続けるのだろうか。

    オスとメス、どちらがよく鳴くかご存知だろうか?
    これはまだ仮定の段階ではあるがオスの方がうるさい。
    今の2羽しか経験がないので、性差なのか個体差なのかはまだ分からないが、オスの声の方がデカいというのは納得しうるところではある。威嚇したり、求愛したりせねばならぬからな。
    拙者はオスの鳴き声に困る時がある。車の盗難防止警報音みたいな声で鳴くから、近所迷惑である。
    成鶏になればうるさいのは知っていたが、ヒヨコの段階からうるさいとは初耳である。

    死なれるのが嫌なので、とても可愛がっている。
    可愛がると言っても、よしよししたりはしない。どこを撫でても嫌がるので触らない方が良い。
    では、どう可愛がるかと言うと、できるだけ小屋に入れっぱなしにせず、庭に放してやるようにしている。
    しかし目が離せない。イタチなどがいるので、見といてやらねばならない。
    ゆえに、最近は庭でお茶を飲み、今朝などは庭で朝食を食べるようになった。
    ヒヨコによって生活スタイルが変わる。
    良い方に変わるといいんだけどな。

    蚊が飛んでくるのでパチンと叩く。そのぺしゃんこの死骸をヒヨコに見せると、とても喜んで食べてくれる。
    ヒヨコにとってはオヤツみたいだ。たまに足元に止まった蚊や飛んでる蚊までも食べるので、やるなお前ら、と感心する。こちらも負けじと蚊を叩き、ヒヨコの前に手をかざす。
    これまではウザいばかりだった蚊は獲物という認識に変わりつつある。
    蚊よ、寄ってきてもいいぞ。

    ヒヨコの成長の過程を丁寧に書きたいとは思いつつ、19日が過ぎてしまった。
    初めての経験を積み重ねた19日、こわごわ過ごした19日。
    明日はどんな成長を見せてくれるだろうか。楽しみである。

    以上

  • ブログの執筆が捗らなくなった理由

    ブログの執筆が捗らなくなった理由

    ブログの執筆が捗らなくなった。
    理由は明白である。

    早起きを決意するのは人生で何度目だろうか?
    何度もそれを志し、しばらくは続くものの、心境や環境の変化で自堕落な生活に戻ってしまう。形状記憶合金の逆だ。正しくない方が記憶されている。
    だが今回は健康不安を動機としているので、良習慣が続く気がする。
    犬に追いかけられたら全力で走れるし、命が脅かされるなら早起きくらい簡単。

    健康不安を抱えていたとブログに書いたが、血液検査をしても異常は見つからず、激ヤセの原因は食生活の変化と結論づけたが、それでもなんとなしに調子が悪い日が多い。
    これは交感神経が異常かな? と原因を仮定してみている。
    ゆえに交感神経を整えるため、朝のランニングをやり始めた次第だ。

    とにかく6時に起きて、その起きぬけの体で走りに出かける。
    これを9/6から始めた。
    ウォーキングだけの日もサボる日もあるが、走る日は5km強を走っている。
    まだ20日を超えた程度なので、習慣になったとは言えないし、寒くなってもなお続ける自信はないが、交感神経を整えるためであるので意志は固い。
    起きよ、出かけよ。

    始めた当初はぜんぜん体が動かなかったが、ちょっとづつ体のレスポンスは上がってきている。足の筋肉が動くようになり、心拍数も上がるようになった。やれば変わるもんだなと思う。

    近くの神社でラジオ体操をしている高齢者集団がいることや、無人販売の野菜が並ぶ時間などを把握しつつある。100円玉を3枚持って出て、ナスビやキュウリを両手に抱えて帰ってくることがある。
    良い生活だと思う。

    生まれたての太陽を浴びて清々しいが、残念ながら詩的な気持ちにはなっていない。
    だいたいいつも、もっと早く走りたいとか、好みの野菜が売ってなかったらどうしよう、などと現実的。
    創造性が膨らむのではないかと期待しているのだが、そうはならない。
    夜明け前かな、物語が生まれるのは。

    こないだクラフトビールのお店で女性とお喋りしていると、
    「朝起きて走りに出かけられるだけでもスゴイ」
    と言われた。
    別にぜんぜんすごくなくて、朝に起きるコツは22時に眠ること。
    というような回答をした。
    女性は「うーん、それができたら……」みたいな反応だった。
    夜の10時に寝ることを固く誓っているし、そのために風呂も夕食も逆算してスケジューリングしている。

    今までは、1日の終わりにダラダラとブログを執筆していた訳で、要するに22時以降に書いていたが、その時間が消え失せた。
    更に言うと、快眠のためには夜にディスプレイなど見たくないのである。
    というわけで、ブログの執筆が捗らない。

    ヒヨコのことも、盆踊り練習会のことも、書くべきことは多々あるのだが、どの時間に書けば良いのか? と習慣の組み換えが必要になっている。
    夜明け前に書くべきか?

    でも、いいことを思いついているのでまた書けるかもしれない。
    それはヒヨコを足元で遊ばせながらブログを書くこと。

    乞うご期待。

    以上。

  • ヒヨコがいる生活

    ヒヨコがいる生活

    今日は良い報告があるよ。
    以前よりニワトリの孵卵に挑戦し、失敗したりイタチに食われたりと問題続きやったけど、この度無事に卵が孵り、ヒヨコがいる生活を始めることになった。
    かもがわデルタフェスティバルの日に孵ったから、9/16(土)の朝と夜、2羽のヒヨコが卵から出てきた。
    今日で4日目。ちゃんと水を飲み、玄米を食べている。順調だ。
    とても可愛い。

    だが、課題や問題がある。
    ・卵を6個温めたのに、2羽しか孵らなかったこと
    ・にわとり小屋を作らねばならぬこと
    ・先に生まれた1羽はオスっぽいということ

    今後、どうなるか分からないが、精一杯可愛がろうと思う。
    (美味しく育つように……グスン)

    拙者は独身であるし、パートナーもいないので、たいへん寂しい人生を送っている。そして、ブログ執筆がはかどるのだ。孤独はクリエイティブの餌なのだ! と、基本的には言い張って生きているので、憐れみは不要である。
    だが、季節が変わって空気がひんやりしてもなお、そう言い張れるかというと、微妙であるし、そもそも自律神経系の不調は孤独さに病原があるのかもしれん。
    こういう状況で、ヒヨコがきたらどうなると思う?
    1匹目は刷り込みが成功しているようで、拙者の後を追ってくる。なんたる可愛さかと思う。2匹目は拙者を追っているのか、1匹目を追っているのか分からない。まぁ、どちらも可愛い。
    外に出して、土の上で遊ばしてみたのだが、あらゆる場所をついばむ様子や、意外な速さでダッシュする様子にめちゃめちゃ癒やされる。
    ちょうど拙者の足元に飛んできた蚊を追っ払ってくれた、あるいは食べてくれた。
    まだ何を食べるのか分からなくて、玄米や糠をやっている。かぼちゃ、キャベツ、ナスの切れ端もやってみた。煎り大豆を潰したものもやったし、胡麻、小松菜の種もやってみた。
    「今日何食べる?」という気持ち。
    早くも家族のようだ。

    本当は手元においておきたい、要するに部屋で飼いたいのであるが、ヒヨコは野外のほうがイキイキするし、強くもなると思うので、しぶしぶ外に出している。
    もちろん、イタチに突破されないようにセキュリティには気を使っている。

    基本的にはカゴの中に入れているのだが、目が行き届く時間は、例えば洗濯物を干す時など、庭に放してみる。すると拙者の足元をピヨピヨと動き回る。拙者は踏まないようにすり足で移動する。
    昨日は「おいでー」と手を叩いたら、ヒヨコダッシュで駆けてきてくれた。めちゃめちゃ可愛かった。でも今日は来てくれなくなった。すでに親離れ?

    ヒヨコがメスだった場合は、長く飼い続けることができる。なぜなら、けたたましくは鳴かないから。
    しかし、オスだった場合、みんながよく知る「コケコッコー」と鳴く。朝に必ず鳴く。
    近所迷惑になるからなぁ……。

    それゆえ、早くに別れがやってくるので、あまり可愛がりたくないなぁ、と思いつつ、だからこそ可愛がるべきだ、と複雑な心境を抱えている。

    大人にならないで。いつまでも子どものままでいて。
    そんな親心。

    以上。

  • 死ぬかもしれんと思っていた夏

    死ぬかもしれんと思っていた夏

    会う人会う人に「痩せた?」「痩せた?」と言われたら、もう死ぬんじゃないかと思ってしまう。
    痩せる要因に思い当たる節はあるけれど、体調不良にも心当たりがある。
    そんな健康不安を抱えた夏だった。

    皆様はお元気でしょうか?
    誰でも健康は大事だが、拙者には健康がめちゃめちゃ大事で、なぜかというと体を動かすことに趣味を全振りしているからだ。
    例えば、スマホゲームとか、楽器演奏とか、映画鑑賞とか、推し活、サ活などが趣味であれば、多少体調不良でも楽しめるが、ダンスとかランニングとかアウトドアを趣味にしていると、強靭な体が必要で、足が動かなくなったら終わりだ。
    去年、足の靭帯を損傷し、老後みたいな生活を送り、その反動で、体が動かなくなるまでは体を使って遊ぶぞ、と拙者は決意しているのだ。

    しかし、拙者の体は弱い。昔から弱い。
    精神が弱く、胃腸が弱く、皮膚が弱く、呼吸器も弱く、さらには走るのも下手である。幼少期から自分の体を呪う日々であった。
    最近は元気なイメージを持たれているかもしれないが、いつも体調不良と戦っているのである。
    ちょっと花粉が付くと皮膚が荒れるし、水仕事で手が荒れるし、古い油を摂取すると痒くなるし、不眠とか、メニエール病とか、色々と患ったりするのだ。
    嫌になってくるぜ。

    だから、会う人、会う人に「痩せた?」「痩せました?」とか言われると、「急に痩せる 病気」とかって検索してしまう。
    どんな病気が候補に上がるか?
    それは、糖尿病であったり、甲状腺亢進症であったりする。
    特に糖尿病は生活習慣から病気になる2型と、遺伝子的に発症する1型があるのだ。
    拙者は1型糖尿病で、インスリンが分泌されず、糖質を吸収できていないから痩せるのかもしれん、と苦悩した。
    あるいは、膵臓がん。

    道端で久しぶりに出くわした友達にも、夏まつりの会場であった友達にも、社交ダンスの先生にも、「痩せた?」と言われ、極めつけは「大きな病院で検査した方がいい」と脅されたので、忠告に従うことにした。

    翌日の朝早くから国立医療センターに行ってみると、紹介状がないと5500円必要だと書いてあって、チッと舌打ちして、その足で町医者に行って予約を入れた。

    予約の日、即席の糖尿病検査の結果は、問題なし。
    一週間後に結果の出た血液検査の数値も、問題なし。
    というわけで、ただのダイエットだったようだ。

    実はダイエットに思い当たる節があって、
    家でのひとり酒を禁止にしたこと、玄米食にしたこと、脱プラごみのため買える食材が少なくなったこと、調理の仕事を辞めたので残り物を食べなくなったこと、など痩せる要因は十分にある。
    今年の2月から比べると6kgほど痩せて、61kgほどになっている。
    身長は177cmで、BMIは19.6あたりで、これは標準の範囲内。痩せ気味ではないのだ。

    足の指のしびれや立ちくらみなど体調不良は思い当たるのだが、自律神経系の何かかな? と仮定して、今のところは自律神経を整える方向に動いている。
    体重計を買って計量して、できるだけたくさん食べて、ビールも飲むことにして、咀嚼回数を増やすことにもしている。

    体重を1週間の計り続けると、減ってはいないし、増えてもいない。セーフ。
    お陰で、計量の習慣を得た。
    自律神経を意識して、朝ランを始めることにした。
    まだ必要ないと思っていたスマートウォッチも買った。
    さらに健康志向が強化された。

    そんなこんなで季節は秋に向かっている。
    健康不安のせいでスパークできぬ夏だったけれど、良い習慣が残るなら良いかな、と思えている。

    あとは、明日死ぬという気持ちで今日を生きること。
    これが習慣になると良いな。
    喧嘩してる暇などないし、不快さを味わう暇などもない。
    人の記憶に少しでも良い印象で残るように、頑張ってはみるよ。

    以上。

  • 郡上の徹夜おどりに行ったけど、台風のせいで…【2.郡上おどり編】

    郡上の徹夜おどりに行ったけど、台風のせいで…【2.郡上おどり編】

    人は色んな理由で足止めされるわけだが、多くの旅を経験している人には普通のことだろう。

    台風接近のため、京都へ帰る高速バスが運休になった時点で、拙者には16日の夕方までには京都に帰らねばならぬ使命がのしかかってきた。なぜなら大文字サイレント盆踊りという企画を抱えていたからである。
    帰りの心配を抱えたままの旅であった。

    さてこの記事は、郡上の徹夜おどりに行ったけど、台風のせいで…【1.拝殿おどり・白鳥おどり編】の続きである。
    すえすけさんの車に乗せてもらい、拝殿おどり、白鳥おどりとハシゴした後の話。いよいよ郡上八幡の徹夜おどりへ繰り出そうとしていた。
    夜は更け、日付は15日に変わったばかり。
    暗がりの中の駐車場を軽自動車に乗って出発した後……。

    ここからは他者の失態を書かねばならぬので筆が重い。
    だが、旅日記としては最高の山場であるし、避けては通れない。
    誰にでも起こり得ることなので、他山の石としてほしい。

    深夜の国道にてすえすけさんは空腹を感じ、それを満たすためにコンビニに入ろうとした。右折入場である。
    あっという間の出来事であった。
    車は赤いポールめがけて真っ直ぐに進み、そのまま縁石に乗り上げ、飛び越え、自由を奪われた。
    拙者はビックリしたが、シートベルトを抜かりなくしていたので衝撃は受けていない。車から降りてみると、右前輪のタイヤがみるみるうちにぺちゃんこになっていくところであった。
    タイヤは空回りするばかりで、身動きとれないことはすぐに分かった。

    すえすけさんはパニックになられていたことだろう。拙者も車での事故経験はなく、あまり頼りにならないが、
    「警察に電話しましょう、保険屋さんに電話しましょう」
    などとアドバイスはした。
    JAFにはすぐに繋がって、警察官もまもなく来たが、加入している任意保険の連絡先が不明で、この点で不安を抱える。だ…‥大丈夫か? と思った。
    すえすけさんは事故に対処せねばならぬ上に、拙者に対しても気を使われて、
    「ここはほっといて、郡上八幡に向かって下さい」
    などと言われたが、なんらか解決の見通しが立たないと不安だし、
    「僕のことは全然気にしないで、問題解決しましょう」
    と、返した。
    すえすけさんにとっては、わざわざ京都から踊りに来た人を自分の失態で足止めさせて申し訳ない、という気持ちだっただろうな。事故の重みがましたことだろう。
    拙者の方はというと、予定通りに事が運ぶより、物語性がある方が好きなので、ぜんぜん平気。

    深夜の国道を走る車は少なかったけれど、興味深そうに事故現場を目視し、通り過ぎていった。
    さっきまでそっちの世界にいたんだけどな。
    まもなく任意保険の電話番号が分かり、そして参照もでき、ホッとして。さらにはJAFの方が来て、縁石からの脱出を処置された。
    これが職人芸で、感心した。
    枕木を積み上げて坂にして、縁石の上を一本橋のように通り抜ける。
    色々と難しい点があったようだが、最後には見事に脱出し、ぺしゃんこのタイヤにもかかわらず上手く動かし、コンビニの駐車場に移動された。

    この間、すえすけさんは拙者のために盆踊り界隈における人脈を発揮し、ほうぼうに連絡をとり、白鳥から郡上八幡に向かう人がいないかと探してくれ、何度か落胆した様子だったが、最後にはちょうど向かう人を探し当てたのである。
    めちゃめちゃすごいな、と思った。
    そして、その方も間もなく来てくれたのである。

    車はバンパーが割れていたのとタイヤがパンクした以外は無事。この時、スペアタイヤがあれば交換して走れる状況であったが、それはなく、パンク修理キットレベルではダメだった。
    どこかにレッカー移動だな、いつもの車屋さんはお盆休みだな、じゃあどこに移動してもらえば良いのか? などと混乱したが、JAFの方が親切で、近くのガソリンスタンド、あるいはタイヤ屋さんで交換してもらえるんじゃないかと結論が出た。
    この時、深夜3時前後なので、とにかく朝まで待って、電話で付け替えられるタイヤの在庫を確認して、その後にレッカー移動してもらう、という結論になった。
    これで解決の見通しが立ったわけである。

    後に聞いた話によると、朝の8時頃にはタイヤ交換してもらえて、すえすけさんは車を走らせて無事に帰られたそうである。
    結果からいうと、この程度で済んで良かったな、ということだろう。
    人をはねたり、車同士でぶつかっていたなら、もっと大変な事になっていた。
    拙者にとっては旅先で3時間ほど足止めを食らい、踊り時間が減ったわけだが、思い出深いエピソードになった。
    というわけで皆様、車の運転には充分に気をつけて下さい。

    さて、拙者の旅はまだ続く。念願の郡上八幡、徹夜おどりに行けたのだ。
    すえすけさんが呼び出してくれた方をここではさんと呼ぶことにする。解決の見通しが立った後はその場にいても役に立たないので、さんの車に乗せてもらい、郡上八幡に向かった。深夜の長良川沿いは湿度が高いようで、フロントガラスが曇った。
    車中でお話を伺っていると、このさんもすごい方で、郡上おどりや白鳥おどりの音頭を人前で唄えるレベルの人だと知った。

    買ったばかりの下駄をカラカラとさせ踊りの会場に到着する。踊り子が輪になり踊っている。中央にやかたが見える。
    拙者にとっては5年ぶりの郡上おどりで、ものすごく懐かしさを感じた。別に故郷でもないのに郷愁があった。踊り子たちが十字にぐるぐる回るあの世界は、拙者の記憶に深い印象を刻んでいたようだ。
    かといって、踊りは体に馴染んではいない。さっそく踊りの輪の中に入ったが、手慣れた踊り子たちの中でまだまだ新参者である。
    よそ者でもあるので知り合いはいないはずだったが、高島おどりで顔を合わせ、お喋りした方がいた。高島在住の方である。ここでは諏訪さんとお呼びしよう。
    声をかけたところ、ちょっとだけ勘違いされ、まあ良いかと思っていると、京都の人ってところで思い出してもらえたようである。
    その方は、積極的に唄っておられた。CDをめちゃめちゃ聞いて、習ってもいたそうだ。陽気で、楽しそうでいいなぁと思った。私も負けじと知ってる合いの手を発声し、ちょっとは慣れた奴ぶれただろうか。諏訪さんも今後はこの界隈で名を上げていくんだろうな。
    拙者が郡上おどりに参加できたのは、深夜3時半頃で、朝5時終了だとすると残り時間1時間半。大半の踊り子たちはすでに体力を使い果たした後のようで、しかし拙者は体力を余し気味。パーティーに遅れて行ったのは確かだったようだ。やたらにこやかに踊ってしまい、なに余裕ぶってんだ! と思われたかもしれない。

    踊り続けていると、真っ黒だった空は、徐々に、徐々に、白さが増していき、少しづつ魔法がとけていく。ああ、終わっちゃうんだな、と思った。さっきまで幻想の中にいたのに、リアルさに侵食される。艶やかな浴衣の美女たちはどこかに消えていく。
    春駒のどんちゃん騒ぎの後、まつさかで終わりを迎えた。
    踊り子たちは写真撮影タイムを迎え、そして散っていくのである。

    郡上の徹夜おどりを終えたが台風は接近している。拙者はなんとかして京都に帰らねばならない。
    さんの計らいで、美濃加茂方面まで乗せて行ってもらうことになったが、JRの運休の報が入っており、朝は動いている名鉄の駅まで送っていただいた。
    車中では盆踊りの楽しい話を聞かせてもらい、事故というトラブルはあったけれど新たなご縁ができて、面白いものだなと思った。
    さんは郡上おどりに初参加した当初から踊りよりも音頭の方に関心が高く、自身でバンドを結成され、今ではメンバーも増え、出演機会も豊富らしい。何事も続けるのが大事だなと感じた。
    今度はさん出演の盆踊り会に足を運ぼうと決意している。

    いいご縁があってありがたいなぁと、居眠りしながら名古屋駅に着いたのは7時半ごろ。街に出てほっと一息つけるはずが、安心できるものではなかった。
    新幹線も、JR各線も、近鉄も、高速バスも、京都へ向かうあらゆる交通機関は運休が決定していた。さらには、周辺のデパート等の大型商業施設は臨時休業だったのである。
    都心部らしからぬ姿を見せる名古屋駅で、どう動こうかと頭を悩ました。
    いくつか問題がある。
    ・徹夜おどりの後で汗をかいたままだ
    ・スマホの充電がどんどん消費され、充電器も持ってきていない
    ・夜を明かすことになるなら、どこを寝床にするか?
    ・夜を明かして何で帰るのか?
    ・旅費が潤沢というわけでもない
    ・大文字サイレント盆踊りには間に合うのか?

    これらの問題を抱え、閑散とする名古屋駅を徘徊するのである。

    つづく

  • 打ち上げ花火、下から見るか?湖上から見るか? びわ湖花火大会のこと

    打ち上げ花火、下から見るか?湖上から見るか? びわ湖花火大会のこと

    2023年のびわ湖花火大会は物議を醸していて、無料観覧エリアを縮小し、有料観覧エリアをフェンスで覆い、有料観覧以外の人は来ないでくれと言わんばかりの掲示がされていたそうだ。
    どう思う?

    どの立場で考えるか?
    一般人の感覚ではちょっとイジワルではないか! 何でもカネで解決か! と言いたくなる。しかし、主催者側の視点では、雑踏事故は本当に厄介で、対処に警備費がかかる上に事故が起こったら次からの開催が危ぶまれるので、絶対に起こしてはいけないし、イジワルなフェンスを張り巡らせることも必要かと思う。
    拙者の感覚では、そもそも人ごみが大嫌いなので、花火大会には行かないし、勝手にやっといてくれ、という意見。

    しかし、世の中にはスゴい人がいて、斜め上から解決する人がいる。フェンスも有料観覧席も関係ない場所、さらには特等席で観ることができる。
    それはヨットを出して、湖上から観ること。
    なんと特別な……!

    これにお誘いいただいた時は、
    「私でいいんですか?」
    と、聞いた。
    というのもヨットには定員があり、12名しか乗船できない。
    年に1回のスペシャルクルーズの乗船者に選んでもらうのは恐縮すぎる。
    だが、「おいない」と、返してもらった。

    沖縄の方にいた台風のせいで花火大会の開催は心配されたし、開催当日は朝から風が強かった。琵琶湖が荒れると出港できなくなる。
    拙者は午後3時頃のやや遅参気味でマリーナに到着すると、BBQを囲んだ1団がいて、これが今回のクルー。
    ヨット関係の仲間とランニング関係の仲間と昔からの同級生が呼ばれているらしかった。

    空は曇りで、連日の猛暑が嘘みたいな気温で、日除け無しでテーブルを囲んだ。肉を焼き、ビールを飲む、拙者も普段遣いではない赤ワインを持ち込んだ。
    クルーの1人が三線を弾き民謡を唄う。それが風にのる。
    プールに入りたければそれも自由。
    琵琶湖には遮るものがないし、片方を見ればヨットが林立しているし、どこか遠い場所でのバケーションを思わせた。

    スイカ割りの図

    午後5時ごろにBBQを片付けて、その頃には風の心配もなくなり、無事に出港となった。
    ヨットの上で感じる風は、日常を吹き飛ばす威力があるし、向かう場所は花火大会なので、ワクワク感が高まる。
    曇り空のせいで比叡山が夕日に染まるほどではなかったけれど、街の明かりが徐々に夜景へと変わっていくのを波の音とともに感じた。

    聞いたところによると、花火の日の湖上は十数年前まで無法地帯で、ヨットやボートやジェットスキーが我先にと集まっていたらしい。しかし事故が絶えなかった。だから、花火の日は特別な許可を得た船しか出港できなくしたとのこと。
    命は重い。

    午後7時半、花火が始まる。
    序盤はポツンポツンと打ち上がり、スタートを知らせる合図のように上がる。雑談も弾む。モグラたたきのように写真を撮って、上手く撮れないことを楽しむ余裕があった。
    しかし途中から本気度を増してきて息を呑む。呼吸を忘れるほどの瞬間が訪れる。
    綺麗だとか見事だとか思う前に、打ち上がっては消えていき、感想も感情も抱く余裕がないままに、次の花火を追いかける。
    後日談としては、色んな花火があって、尾を引いて高くまで昇っていくもの、連続で色を付け足していくようなもの、イラストのようなもの、残り火が綺麗なものがあった。しかし、当日は悠々と鑑賞している余裕はなく、大迫力に息を呑むだけ、光に染められただけ。
    自分の視界の端から端までが夜空に咲く花に覆われて、魔法みたい。

    こんな風にとても贅沢に花火を味わわせていただいた。
    湖上からの花火は最高だったと言いたいけれど、それは言わないでおこう。
    別にどこから見てもいいんじゃないかな。集まって思い出を共有するのが大事じゃなかろうか。
    花火は物語のラストシーンを思わせるけれど、これからも物語は続く。
    思い出に残る体験がたくさんあるといいなぁ。
    アイツを呼んでおこう、と言われるように、良い人であるべく拙者は頑張る。

    以上。

  • ヒヨコとの思い出

    ヒヨコとの思い出

    消えてしまったヒヨコたちとの思い出を書き残しておこう。

    一緒に過ごした時間は48時間に満たないほど短かったけれど、卵を温めて孵化させたのは初めての体験で、だからこそ濃密な時間だった。

    拙者は過去に3度も孵卵に失敗しているが、今回は手応えがあった。温めてから18日目に検卵(暗い場所でライトを当てる)をした際、卵の大部分が黒い影だったからだ。
    そして21日目、卵の中からヒヨヒヨと鳴き声がして、卵がふるふると動くのを確認した。
    翌朝になって卵を確認すると、ヒヨコは出ていない。しかし、殻のかけらが落ちていて、これは出てくるのかもしれないと期待した。
    「おいでー、おいでー」と声をかけた。
    しかし、出てこなかった。
    後に調べたことだが、ヒヨコは卵の殻に穴を開けて、肺呼吸の準備をするらしい。だから12時間くらいは出てこない。孵化するシーンを見たいのであれば12時間後からが要注意。

    日中ずっと出てこないので、拙者は夕方に西本願寺の盆踊りに出掛けて、訳も分からず踊って盛り上がり、疲れて帰宅すると、殻が割れて生まれたてのヒヨコが横たわっていた。
    その時の湿度は50%くらいで、これは乾燥気味。すぐに加湿した。
    この時に、サポートが必要なのかどうかが分からず、待っていれば立ち上がって歩いてくれるかと思っていたが、ヒヨコは横たわったままもがいている。動いてはいるが、足をばたつかせるだけだった。
    そのまま2時間も観察して、これはおかしいんじゃないかと思ってようやく殻に手を伸ばすと、敷いていたキッチンペーパーと接着しており、ヒヨコの力では到底剥がせぬレベルだった。恐る恐る殻を割りながら剥がしてみたが、卵の薄皮(卵殻膜)がヒヨコに貼り付いていた。背中から頭に至るまで貼り付いてカチカチになっており、無理に剥がすとヒヨコを傷めるのではないかと思い、手を出せなかった。
    このヒヨコの名は後にツイとつけた。
    貼り付いた卵殻膜のせいで目を開けられず、歩行が困難な様子でツイ自身もパニックになっていたようである。

    この異変によって拙者は学んだのだが、孵化直前の卵はキッチンペーパーの上に置くのではなく、籾殻のようなものの上に置くべきだと知った。
    この時にはもう一つの卵も殻に穴を開けており、急いでキッチンペパーを細かく刻んで、卵の下に敷いた。
    そして翌朝を迎える。
    弱々しいツイを気にしてどうすべきかと苦慮していると、朝の7時頃にもう1羽のヒヨコが孵った。ターである。
    ツイの時の失敗を活かし、頭の殻を外すのをサポートした。
    ちなみに、殻とへその緒が繋がっているケースがあるので、サポートは慎重に。
    ターはすぐに元気に歩き回って、これが成功パターンだと分かった。同時にツイは失敗だったと理解した。
    これにより、貼り付いた卵殻膜を取り除くために何をしようかと考えた。

    どうにかして卵殻膜だけを湿らせて、柔らかくしたら取れるんじゃないかと仮定して、霧吹きでシュシュっとしながら取ったらどうか?
    これより良い方法が思い浮かばず決行する。
    霧吹きの水は37度くらいを目指して加温した。

    小さくて弱々しいツイを手のひらに載せる。
    拙者の手元で死なないでくれーっと必死。
    仮定の通り水を吹きかけたら卵殻膜は柔らかくなり、背中から徐々に剥がした。小さな頭や目元に余計なことをしたくなかったけれど、水をかけ膜を剥がした。
    上手くは剥がれたのだが、残念だったこともある。
    力を入れすぎないで剥がそうとした結果、ツイがバタついたので1m以上の高さから床に落とした。
    絶望を味わった。
    水気を拭き取ろうとしてる最中にまた落とした、30cmくらいの高さ。
    こうしてツイは再び生まれ立てみたいなビショビショさになって、クタッとうつ伏せになったままになった。
    拙者は死なないでくれ~、と必死だった。

    この間、ターの方はどんどん元気になっていった。
    生まれ立ての時はドラゴンの子どもみたいというか、目は鋭いし、毛はピンピンしているのが、毛づくろいもやりはじめ、どんどんふっくらしてきて、先に孵化したツイよりも大きくなった。

    弱々しいツイは、ようやく立ち上がったと思ったが、目が開かないようだった。片目では上手く平行がとれないようで歩きにくそうだった。まだ目に何かがこびりついているのなら、処置しないといけないと思ったくらい。

    一方のターはどんどん元気になって、別々の小箱に入れていたのにそれを乗り越えられるくらいになった。2羽を一緒にすると、ターツイをつついたりイタズラをするので、チラシで壁をつくり別々にしておいた。

    しばらくするとツイはよく立ち上がるくらい元気になったと思ったが、やたらと鳴くようになった。ずっとずっとピヨピヨピヨピヨ言っている。
    何か対処すべきなのか? 温度が悪いのか? 寂しいから鳴いているのか? と考えた。
    一度手のひらにのせてみると、少し鳴くのをやめて、ウトウトと眠そうにした。このままのせてやっててもいいけどな、って思いつつ。手のひらの温度じゃ冷たいかと考えて、また孵卵器に戻す。

    夜になり、0時に近くなってもピヨピヨとずっと鳴いている。
    このままだとターにもストレスになるかと考えて、別のダンボールに移した。この時は電気アンカで保温。
    歩かずに鳴いてるばかりだったので、死ぬ前の叫びだったらどうしようって不安になりながら拙者は浅い眠りについた。

    翌朝になると、鳴き声は止まっていた。死んでいたらどうしようと思って箱を開けてみると、ツイはどうやら眠っていたようで、箱を開けた振動でまたピヨピヨとうるさいくらいに鳴き出した。
    相変わらずちゃんと歩かずに弱々しい。水を飲まなかったら死ぬだろうなと思って、注射器を使ってくちばしに水をたらしたりした。
    介助したら生き延びてくれそうだとは思った。

    一方のターはのんびりとしていた。
    拙者は「おはよう」などと声をかけた。
    元気なターに孵卵器は狭すぎると思って、外に出すことにした。買い物かごを2つ重ねただけの育雛箱に入れて様子を見ると、敷いていた枯れ草をついばんだりして、好奇心旺盛だった。

    ツイを再び孵卵器に入れたが、やはりピヨピヨと鳴くばかりであまり歩かない。
    しばらくはそのままにしておいたけど、もしかした外の空気が必要かもしれないと、ターがいる外の育雛箱に入れてみた。
    すると、ずっと鳴いていたのが、あまり鳴かなくなった。外の環境にビックリしているのかなと考えた。
    ターツイにイタズラをするかを見ていたら、やっぱりイタズラをして、色々とつつくし、たまに目を狙ってつつくのでヤバい。しかし、育雛箱はそこそこ広くて逃げ場も多く、また全然歩かなかったツイは不器用なりに歩くようになり、外の方が良いと判断した。
    そして時間の経過とともに羽毛もふっくらしてきて、どんどん元気になり始めていた。

    気づいたことがあって、拙者が野菜の水やりとか洗濯とかでヒヨコたちの周りをウロウロすると、ターの方は後追いをする。これはもしかすると、刷り込みによって拙者のことを親だと思っている可能性が高い。
    一方のツイはそういう気配がなく、どうもターのことを親だと思っているのかもしれない。だからターと一緒にしてやると鳴き声がとまったのかもしれない。
    先に孵化したのはツイの方だが、ちゃんと目が開かなかったせいで、逆の現象が起こってしまったようだ。

    夜になったら家の中に戻そうと思って準備していた矢先に、ヒヨコたちは消えてしまった。
    さっきまでピヨピヨと鳴いていたのに、忽然と消えた。カゴだけが残されていた。
    ショックは大きく、自己嫌悪も大きい。

    でも、くよくよしないことにする。
    上記の通り、大きな思い出になってる。
    またチャレンジして、孵化が上手くなって、多くのニワトリを育てるようになって、慣れてくるかもしれないが、2羽のことは忘れないでいよう。
    これはそのための記事。

    以上。