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  • I wanna be ワナリョー!

    I wanna be ワナリョー!

    自然は容赦してくれない。
    マナーとかルールとかモラルとかは通用しない。
    自衛するしかない。
    拙者はニワトリの卵を温めてはヒヨコを孵していたのだけれど、もう何匹も何匹もイタチにやられた。イタチではなくノラネコの可能性もあるが、とりあえずイタチということにしておこう。
    セキュリティの甘い拙者が悪いのだが、大事に大事に飼っていたのに、まさか! と思う場所でもやられたりして、辛酸を嘗めている。
    ウズラみたいなヒヨコが生まれてきて、どんなふうに大きくなるのか、あるいは大きくならないのかを愉しみにしていたのに、扉で隔てられていたはずの土間から忽然といなくなっていた。
    自然は容赦してくれないのに、拙者は平和ボケ、都市ボケである。

    こんな風にヒヨコについてブログに書いているので、友人に「ヒヨコはどう?」などと聞かれることがたまにあって、無惨なお話を聞かせることになってしまって、申し訳ないし、言及も少なくなる。
    初夏に催したBBQ会では小さなヒヨコを友人たちにお披露目したのに、そのヒヨコたちはもういない。
    あるいは鳥好きの友人に対して自慢気にヒヨコの写真を送付したのだが、そのヒヨコはもういない。
    だからなぁ、徐々にヒヨコの報告が減っていき、人に見せびらかすというペット飼育の喜びが失われ、もうやめておこうかな、と嘆息を漏らす。
    庭に10~20羽くらいのニワトリを放して、コッココッコと動き回る姿を見て、そしてお茶や酒を飲みたかったのにな。

    それをこの先も望むなら、イタチを駆除せねばなるまい。

    ここで狩猟免許である。
    以前から狩猟免許に興味津々で機会があれば取りたいと思っていた。
    自然から食肉を獲得するのは拙者の生き方に向いている。
    狩猟免許には銃猟の免許もあるが、拙者に銃を持たせてしまうと、見えない自由が欲しいがために撃ちまくって、あるいはここぞとばかりに恨みを晴らしに行きそうで、世の中の平穏が脅かされてしまうので、銃猟はダメだ。自主規制。
    拙者が欲するのはわな猟免許である。
    わなであれば、動物との知恵比べという感じがして、インテリジェンスが求められる。動物を追いかけるのではなく、置いておくというのもいい。
    このわなというものは誰も彼もが仕掛けられるのではなく、ちゃんと免許が必要なのだ。
    この資格試験は概ね夏に行われる。

    狩猟免許取得についてここで細かくは書かないが、必要なものはお金だ。
    試験の費用、初心者講習会の費用、医師の診断書、各種手数料が必要だ。
    おおよそ2万円くらいかかるだろうか。
    イタチを退治したいという動機では、なかなか割に合わない出費であるが、日本は人口減少してどんどん動物の住処が拡大していくので、これからの時代にこそ必要な資格だ、と自分に言い聞かせた。
    あと、ハンターってスキルはちょっとカッコいいしな。

    というわけで、先日、高島おどりの日に亀岡で初心者講習を受け、本日、京都府庁で試験を受けてきたのである。
    9時半~午後3時くらいまであって、なかなか大掛かりだ。
    午前中に筆記試験があり、それにパスすると引き続き技能試験が行われるのだ。
    簡単といえば簡単だけど、簡単さゆえ落ちたときのダメージは大きい。
    「聞いてた話とちょっと違う」みたいなのがあって、拙者はあまり応用が効かないタイプなので、そのへんで焦りが出てしまう。
    合格しているのだろうか?
    合格発表までには1ヶ月ほど待たされる。
    まぁ、狩猟には狩猟期間というものがあるので、直ちに交付されても意味ない、ということも勉強済みである。
    久しぶりの資格試験が終わって、とにかく拙者はホッとしている。

    しかし、息を抜くことなかれ。
    自然が容赦してくれないならば、こっちも容赦しないぞ。
    イタチへの反撃開始を愉しみにしておく。

    拙者の手元には1匹のヒヨコがいるからな。
    今回ばかりは、なんとか守っていかねばな。

    以上

  • 高島おどりは怪しいやつがいてもびくともしない

    高島おどりは怪しいやつがいてもびくともしない

    この世界には3種類の盆踊り会がある。
    1つはめちゃめちゃ楽しい会、もう1つはそこそこ楽しい会、最後の1つは若干ガッカリする会である。
    めちゃめちゃ楽しい会に参加するとどうなるかと言うと、翌日にある感情が芽生える。
    「今日もあの場所に戻りたい」
    あの場所というのは、文字通りに場所を指すわけではなく、あの日あの時あの場所でみんなで踊った時間と空間のことである。二度と戻ることはできない。
    あの場所が再現されるとしたら、1年後である。
    1年も待たせる気かよ、と思う。
    2024年7月21日(日)、高島おどり、めちゃめちゃ楽しかった。

    拙者にとって高島おどりは3年目の3回目である。
    毎回全力で踊っているし、その楽しさを称賛するブログも書いているし、実行委員会の方々とも顔なじみになっている。ゆえに欠席は許されない。欠席しようものなら電報の1つでも送るべき状況。
    今回ですら、拙者が私服で会場に現れようものなら、「まさかの普段着!」と江頭先生に言われた。
    めちゃめちゃ急いで来たんだぜ。亀岡市から炎天下の中をバイクでぶっ飛ばして来たんだぜ。ハンドルをギンギンに握ってたせいで手がシビれてるんだぜ。と心の中で弁明した。
    そして大丈夫。ペラペラの浴衣も、ピンク色の地下足袋もちゃんとバイクに積んである。
    怪しいやつになる準備はできているぜ。

    どうやら高島おどりに必要なピースの1つが、怪しいやつらしく、怪しいやつの姿が高島おどり公式SNSに掲載されたりしている。
    大丈夫なん? 参加者へるんちゃうん? と心配になる。

    しかしこの怪しいポジションこそが拙者にとっての魅力なのだ。
    他の盆踊り会によっては、見本にならねばならない時や、型通り踊らねばならぬプレッシャーを受ける時がある。あるいは、全力を出しすぎると場を呑み込みすぎて荒らしてるみたいになる時がある。
    これが、高島おどりなら大丈夫!
    江頭先生をはじめ、地元の方々がしっかりと正当な踊りを踊っておられるし、ガチガチのガチ盆踊らーが集結しているし、拙者が大暴れしてもびくともしない太い幹があって、もっと跳べるか? もっと動けるか? と探求しているうちに、汗ダクダクになって、すべての体力が奪われて、最終的には唄とお囃子とうごめく体だけになって、体が意識を凌駕していく。
    これぞ踊りの楽しさだ。

    怪しいやつのままで楽しみ続けたいのだが、高島おどりは年々幹が太く育っているので、はねのけられてしまうかもしれない。
    去年はお立ち台が導入され、今年は生音頭が1曲増え、若鮎ちゃんたちが結成された。
    若鮎ちゃんというのは、高島おどりの見本となるお立ち台で踊る若い女の子たちのこと。盆踊らー視点ではどう取り扱っていいのか分からないのだが、オジサン視点ではみんなアイドル仕草をしてて、可愛いな、良かったな、と思うところ。
    特に黄色の子がめちゃめちゃ可愛い。土屋太鳳にしか見えない。
    せっかくなので一緒に写真を撮ってもらったのだが、喜びで手が震えた。

    若鮎ちゃんたち、高島おどりをもっと盛り上げてくれ!
    徹夜踊りにしてくれ。
    休憩時間はもう少し短くしてもらってもいいよ。

    来年こそ、もっと大暴れすべく、強靭さと狂人さに磨きをかけるぞ! と悲しい決意をするところ。
    今日もあの場所に戻りたいんだよな。

    以上

  • 歩き飲み天下統一

    歩き飲み天下統一

    最近は歩き飲みが一番楽しい。
    一番というのは、たぶん言い過ぎ、あるいは一番が何個もあるパターンなのだが、とにかく拙者は亡者のごとく歩き飲みを求めている。
    歩き飲みは飲み歩きとは違って、文字どおり歩きながらアルコールを摂取することを言う。ハシゴ酒を愉しんでいたときもあったが、それとは違うのだ、お店では飲まない。
    拙者の歩き飲みはこうだ。
    まずはランニングをする。5km~10km程度走る。そしてビールを飲んで、そのままのテンションで買い食いし、歩きながら飲む。
    そもそも走った後にビールを飲むと世界が自分のものになったような気がするし、そういう天下人のままで、唐揚げを買ったり、焼き鳥を買ったり、フランスパンを買ったりして、食ったり飲んだりしながら歩くのだ。心の中は大名行列である。
    青空も街も川も風も全部自分のものであるかのようだ。月の満ち欠けでさえも自分のためにあるような気がして、藤原道長を超えていける。
    この楽しさを誰かと分かち合いたいと思うのだが、いかんせん走れる人、ビールを飲む人、さらに歩く人、を探し出すのはどんどん数が少なくなっていくだろうと思われる。しかも、汗ビッショビショで歩くので、そういう不快さを気にしないことも必要なのである。
    参戦者求む!

    歩き飲みをさらに楽しくしてくれるのが商店街である。コンビニでもスーパーでも小売してくれるところなら買い食いが許されるが、買うものがワンパターンになってつまらなくなる。商店街での歩き飲みこそ至高である。
    拙者にとってちょうどよいのが出町柳の桝形町商店街だ。距離がちょうど10kmでうれしい。
    アイハートにはやや珍しいビールがラインナップされているし、鳥扇は店頭で唐揚げや焼き鳥を売ってくれている。たこ焼きも餃子も有名店がある。他にも開拓すべき食べ物が沢山あるぞ。
    そのまま、河原町を下っても面白い。薪で焼いてるパン屋さんがある。フランスパン美味かった。
    伏見で言うと、深草商店街なんかはそういった楽しみが許されそうだが、拙者にとっては近すぎるので、ココキラリでパンを買って終わりになることが多い。
    大手筋商店街の場合は、実家に飛び込んでしまうので歩き飲みはしないだろうな。
    他に良い商店街があったら教えて欲しい。買い食いが許される場所が点在してくれていると嬉しい。

    歩き飲みは安上がりな上に健康効果も高いし、深酒防止にもなる。一石三鳥である。
    まず缶ビールを飲むのでお店で飲むより安い。3分の1の価格だ。
    歩きながら飲めば運動していることになるので健康だ。座って飲むのは不健康だ。
    歩きながら飲むと、どの程度酔いが回ったのか分かりやすい。3缶くらいで大満足になれる。拙者は飲み放題だと中ジョッキ7杯くらい飲んでしまうから、体に悪い。翌日布団にへばりつけられてしまう。
    歩き飲みこそ上級者の飲み方なのである。

    今後さらに、もっともっと楽しい歩き飲みを求めようと思う。
    めちゃめちゃ美味い豆腐屋さんで豆腐を買い食いしたり、飲食店だが実は小売にも対応してくれたり、宝探しを楽しむ。最高の場所、最高のルートを求め続ける所存。
    でもまぁ、これができるのは夏場だけだよな。
    寒いときは無理なので、今のうちにやっとくよ。

    以上。

  • 酒にうるせえ女と、可処分所得を食に費やす女の旅トークⅢ

    酒にうるせえ女と、可処分所得を食に費やす女の旅トークⅢ

    拙者がお茶会をやりたがる理由は、たぶんだいたい3つ。
    1つ目は、飲み会は楽しいけれど、翌日には空虚が訪れる。たまには心が和やかになる交流がしたいから。
    2つ目は、直接会って、同じタイミングで茶菓子を食べて、お喋りするのは質の高いコミュニケーションだと思うから。
    3つ目は、古い家はお客さんを招いて愉しむ造りになっているから。
    4つ目は、赤毛のアンがお茶会を愉しみにしていて、拙者も赤毛のアンみたいに愉快な人生を送りたいから。

    お茶会ならばお喋りの内容はなんだってよくて、読書でも恋愛でも音楽でも全然ありだけど、旅トークはちょうど高いハードルがあって、ただの雑談会にならない良さがある。聞き手にも充実感がある。
    旅人の話はだいたい面白いんだよ。

    というわけで、2024年6月16日(日)、旅トーク会Ⅲを実施した。参加者は5名であった。
    紫陽花が咲く頃の京都はまだ梅雨入りしておらず、動くと暑いけど日陰は過ごしやすい季節。古い民家の和室で4人が旅の話を披露し合った(1名はダンスの話)。
    今回の茶菓子はPapacuのケーキ。
    アイスコーヒーを飲みながら甘いものを食べて、いざ旅トークタイム!

    郡上徹夜踊りと台風の旅

    拙者は2023年に行った郡上の徹夜おどりと台風で足止めになった旅をお喋りした。
    すでにブログで書いている。
    >>郡上の徹夜おどりに行ったけど、台風のせいで…【1.拝殿おどり・白鳥おどり編】

    >>郡上の徹夜おどりに行ったけど、台風のせいで…【2.郡上おどり編】

    >>郡上の徹夜おどりに行ったけど、台風のせいで…【3.名古屋駅足止め編】

    写真をめくりながら、ざっとお喋りした。
    場当たり的な冒険の匂いただよう良い旅だった。

    以下では、他3名の旅がどんな風に語られたか、できるだけ記したいが……、聞いた話なので情報の羅列になるところはお許し願いたい。

    ウィスキー蒸留所の旅

    私はお酒やBarが大好きなの。去年の秋頃、お気に入りのBarが主催する蒸留所ツアーが招集されたので私は行くことにした。
    それがかなりの弾丸ツアー。土曜日の早朝に京都を出発して埼玉県秩父市で観光し、宿泊。翌日長野県に寄って京都に帰ってくるという大型バスでの強行軍。移動はかなりしんどかった。
    秩父市で観光したのは、イチローズモルトのブランドを展開しているベンチャーウイスキー。
    社員さんによる工場の解説を聞いたり、試飲などもした。ここの特徴としては貯蔵樽も手作りしていること。樽によっても味が変わるので、色々と工夫を凝らしていた。
    他には秩父神社を観光した。彫刻での装飾が荘厳で、日光東照宮の彫刻家と同じ人の作品もあるらしい。夜間はライトアップもあり見ごたえがあった。
    秩父の街はウイスキー推しで、高級ウイスキーを1杯分だけ売ってくれる小売店も存在した。しかし飲食店は夜に開いているお店が少なく、選択肢がなかったのはすこし残念。もっと頑張ってと言いたい。
    翌日は、長野県に移動し、マルス駒ヶ岳蒸留所に行った。有名な蒸留所なので沢山のウイスキーが貯蔵されていた。2023年の秋に行ったのでちょうど紅葉がきれいだった。
    この旅で買ったウイスキーを今でもちびちび飲んでいる。


    お酒を飲む度に旅の思い出にひたれるなら、蒸留所への旅はとてもいいね。
    拙者も雑に酒を飲むのではなく、少しはストーリーを感じながら飲めたらいいのにな……。

    テロ支援国家に指定された後のキューバへの旅

    僕は仕事でメキシコに駐在していたことがある。その時にキューバに行ってみた。友人知人の情報では行って良かったという話しか聞かず、高評価。しかし、時はアメリカからテロ支援国家に指定された後だったので聞いていた話とは違った!
    ハプニングは沢山あった。機内にパスポートを忘れる。Wi-Fiが見つからない。使えると思ってた紙幣が使えない。予約していた宿はどうやら怪しい。現地人が親切にしてくれたかと思うと金を請求された。レストランでは書いてあるメニューのほとんどが提供されていないし、ワインが有名なお店でもワインが一つもないほどの物資不足。建物の多くはボロボロだった。
    旅にはトラブルがつきものだけど、それでも多い。
    ただし、キューバの街はどこを見ても映画の中に入り込んだような景色だったし、空が青く、コントラストが強い。旅先として魅力はある。
    帰りの際も空港で止められたし、苦労が絶えなかったが行って良かった。


    キューバはサルサダンスの本場というイメージ。
    テロ支援国家に指定され、行きにくくなったのだとしたらとても残念。

    ツルヤに行く旅

    私は美味しいものを食べるために旅をしている。長野県の地元スーパーであるツルヤを目的に旅をした。ついでに松本市にある民芸が多くあるホテルにも泊まってみたかった。
    最初は安曇野に行った。安曇野には小さな美術館が集まっている場所がありそのうちの数カ所を巡った。
    生卵が食べ放題のお店にも行った。ほぼ貸し切り状態で親切にしてもらった。卵かけごはんで3個食べたが、ちょっと食べすぎて胸のあたりが苦しくなった。でも、それぞれ味に違いがあるのが分かって良かった。
    松本は飲食店が密集していて魅力的だった。近くで言うと長浜みたいな感じ。
    ホテルも素敵な空間だった。
    翌日、松本ではそばを食べた。くるみ汁の出汁はこのあたりにしかなくて、私はこれを食べると決めている。美味しい。
    そして念願のツルヤに行った。ツルヤはプライベートブランドが充実している。ツルヤでしか買えないものがある。地元産のものも充実している。店内は広く、1時間滞在するスケジュールを組んだが、全然時間が足りなかった。スーツケースをパンパンにして帰った。
    今もその食べ物たちが家にあって、食べるのを楽しんでいる。


    玉子食べ放題は魅力があるのかと、学びがあった。今、養鶏に興味があるからな。
    松本市にも興味があって、アイリッシュ音楽で踊るコミュニティがあるようだ。踊りたい。

    まとめ

    4つの旅の話を臨場感たっぷりに聞くことができた。
    そして旅がしたくなる。
    もっと身軽にひょいひょい旅に出られるように、同時に帰ってくる場所があるように、行動力と安定感のバランスを取りながら、生きていきたいよな。

    ではまた次回。
    我々に語るつもりで、旅をしてくれたまえ。
    以上。

  • [募]トラベルはトラブルがつきもの!旅トーク会Ⅲ(2024.6.16)

    [募]トラベルはトラブルがつきもの!旅トーク会Ⅲ(2024.6.16)

    旅をしてるかな?
    旅の思い出なんてものは胸に秘めておいて、ときおり写真を見返したりして、ニマニマと愉しんでおれば良いのだけど、それだけではもったいないような語りたい旅があったりするものだ。
    ならば、語ろう!

    更に言うと、貴殿の旅トークを聞くことはやぶさかでないのだよ。
    人生観が出るからなぁ。旅の目的は生きる目的に似ているし、旅のスタイルは生き方にも似ている。
    拙者は貴殿の人生に興味がある。

    旅にも人生にも興味がある人を集めて語らうと、とても豊かな時間が流れる。
    できるだけ古き良きお茶会のような雰囲気にしたい。
    不思議の国のアリスとか、赤毛のアンとかに出てくるようなお茶会。
    お茶を飲んでスイーツを食べよう。お茶もスイーツもこういう時間のためにある。
    ぜひぜひ楽しみにしてほしい。

    概要

    [日時]2024.6.16(日)、14:00~16:30
    [会場]JR藤森駅近くの屋敷(参加者にのみ詳細を伝えます)
    [会費]1000円(おやつとお茶つき)
    [内容]最近行った旅についてお互いに発表する会。傍聴のみも可能。
    発表時間は20分、質疑応答含む。
    写真を用意すると発表しやすい。スライドを作って発表するのも可。
    TVモニターが使えます。
    WindowsPCを経由させる方法、スマホをミラーリングする方法、直接HDMIケーブルでつなぐ方法などがあります。
    発表に必要なケーブルやデバイスなどはご持参下さい。
    [定員]発表者は6名程度。傍聴者は4人程度

    ご予約はメールなどで受け付けます。
    >>お問い合せ

    過去の様子

    前回は庭で実施した

    過去記事→壊れやすい世界と旅トーク会Ⅱ

    前々回は和室で実施した

    過去記事→旅トーク会のススメ!現代に必要な愉しさについて

  • イズミヤSC六地蔵、春の盆踊り、記録と反省

    イズミヤSC六地蔵、春の盆踊り、記録と反省

    「自分がやった方が上手くできるわ」と思うことはないだろうか?
    拙者はそれが多い。
    特に盆踊り会に関しては、「自分が選曲した方が盛り上がるわー!」という自負があった。
    根拠のない自信。事実ではない。
    これを事実にすべく精進しているところである。

    2024年3月31日(日)、イズミヤSC六地蔵において、春のワイワイフェスタが開催され、その盆踊りコーナーを担当した。
    拙者はショッピングセンターを盛り上げるイベントの中核に据えられたのである。
    さて、盛り上がったのだろうか?
    ぜひとも「石黒が担当する会なら行きたーい。キャーキャー」と言われたい。
    その望みは叶ったのであろうか?

    すごく盛り上がった、楽しかった、などと書くと手前味噌だと言われるので、これは記録、あるいは次回に向けた反省を記したい。
    盆踊り運営のキモを包み隠さず記すので、関係者必見の記事になると思われる。

    春の日曜日、13:00~15:00という2時間の枠をもらった。
    イベント全体としては子ども向けなので、ターゲットに合った選曲をすべきだ。
    しかし、子どもの集中力は有限なので、盆踊りにくぎ付けにするには30分が限界だろうなと推察する。
    ゆえに、キッズタイムとトラッドタイムの2部構成のプログラムを考えた。

    キッズタイムとひとえに言っても、どんな曲を流せば子どもは踊ってくれるか?
    5年ほど前ならば「パプリカ」を流せば、みんなが踊りだしたのであるが、最近はそのブームも去り、過去のものになったようだ。
    今は「ジャンボリミッキー」なのである。知らぬ間に流行っていて、拙者は去年知った。
    しかし、それ1本では通じぬ。
    そこで、他の曲を考えるのである。
    まず情報その1は、子どもは聞きなじみがあってパワーのある楽曲なら自然に踊り出す。振り付けが簡単だからといって子ども向きというのは違うのだ。
    次に情報その2、といきたいところだが、持ってる情報は1つだけだ。
    結局はシンプルなところに行きつく、ビートが軽快で踊りたくなる曲に分かりやすいフリがついているのが良い、それだけだ。
    というのを考えながら、関西の強豪ボンオドラーの熊ちゃんにも相談し、以下のラインナップをチョイスした。
    ・踊れどれどらドラえもん音頭
    ・アイドル
    ・おジャ魔女カーニバル
    ・ダンシング・ヒーロー
    ・ジャンボリミッキー
    ちなみに、上から3つは拙者が一度も踊ったことのないラインナップである。
    やったことがなくてもYouTubeを見て覚えられるのが今の世の中だ。便利でもあるし、覚えてないと努力不足と見なされる。
    さて、曲目のウケはどうだったか?
    実はかなり盛り上がった。15人を超える子どもたちが集まってきてラスト30分を一緒に踊ったのだ。
    特に「おジャ魔女カーニバル」は楽曲にめちゃめちゃパワーがあるようで、25年も前の曲なのに、現代の子どもにも響くものがあったみたい。
    そして実感したのは、オジサンにはめちゃめちゃしんどいラインナップだってこと。ジャンボリミッキー1発でもう、へとへとになるからなぁ。
    それを差し引いても、今回の5曲はかなり良い選曲だったのである。いけるぜこれは。

    トラッドタイムについても書いておこう。生音頭に挑戦した。
    炭坑節とドンパン節はメロディが分かりやすいので、歌いやすい。そして音源を使うと短く終わってしまう。踊り子が「ちょうどのってきたぜ」という時に曲が途切れるのである。
    そこで生唄である。
    唄ってくれそうな人に声をかけて、3カ月前から練習を重ねた。
    また、生演奏ならば拙者にはアイリッシュ音楽のネットワークがあり、これを盆踊りに活かせないかと考えた。
    双方とも伝統曲であるし、ダンス音楽であるし、国は違えど底に流れるものは同じなのではないかと思うのだ。
    これは島袋貞則氏に協力を依頼し、実際に本番で繰り出したところ、踊りが途切れることなく、なんとか踊ってもらえた。
    生音頭の感想としては、まだまだ音の層が薄い、と思っており、もっと頑張りたいところである。ビートを生み出すには低音パートが大事なんだよなぁ。
    今後も新たな仲間を増やせる余地があるので、さらにパワーアップさせたいと目論んでいる。
    演奏に参加したい人、音頭に参加したい人、ぜひ連絡くだされ。

    2部構成と書いたが、実際にはキッズタイム→トラッドタイム→フリータイム→キッズタイムという4部構成にした。
    これは良い構成だった。イベント主催者との綿密な打ち合わせが功を奏した。
    最初のキッズタイムを大人向けのレクチャータイムに使って、最後に子どもと一緒に盛り上がれるのが良かった。大人も子どもと一緒になって踊ると、とても良い気分になれるのだ。人ってそうやって命を繋いできたのだ。

    レクチャーに関しては、まずは曲を流し経験者メインで踊って、次にレクチャータイムで時間を使って動作を解説し、最後にみんなで踊るのが良いと学んだ。
    参加しようかどうしようかと迷っている人がいる最中にレクチャーを始めても、意味ないんだよな。経験者が踊って、観衆が「あっ面白そうだ」と思ったタイミングでレクチャーすべきだよな。

    そうそう、レクチャーが大事だ。育てないといけない。
    今回子どもたちが多く参加したのには秘密がある。
    頑張って踊った子には縁日参加券が配られたのである。
    エサで釣った感じで褒められたものではないのだが、それでも盆踊りを子どもたちに体験させるべきだ。楽しさを味わってもらって、そして8年くらい続ければ、めちゃめちゃ踊る子たちが育つのである。
    長期的な視点が必要だ。
    本当にイズミヤSC六地蔵さまは very nice な地域貢献をしている。最前線で地域コミュニティづくりをしている。
    拙者もお手伝いができて光栄だ。

    お手伝いといえば、色んなボンオドラーに来てもらえて、めちゃめちゃ嬉しかった。みんなが場に貢献してくれた。
    京都はもちろんのこと、大阪や滋賀や兵庫の強者たちが集まってくれて、1シーズンぶりに再開できて、拙者は超ハッピー!
    ひとりひとりとコミュニケーション取りたかったけど、準備も後片付けもあって拙者には余裕がなくて、物足りなかった。もっと余裕を持ちたいけれど、無能さゆえ、ドタバタするしかないのである。

    「自分がやったほうが上手くできるわ」とやるのだけれど、結局は自分の無能さばかりに気づいてしまう。
    そもそも、盆踊り会なんてものは一人じゃ成立させられない。みんなの協力あってのものなのだ。だからこそ、交流が生まれるし、地域コミュニティも作れるし、唄う人も踊る人も子ども達も、みんなが活躍できる。
    盆踊りコーナーを担当する人間は無能なくらいでちょうどよい。
    これが盆踊り会運営の大事なポイントである。
    拙者にピッタリだ。

    8月か9月にイズミヤSC六地蔵でまたやるよ~。
    その際はよろしくね!

    以上。

  • 2024年抱負「また遊ぼう!」

    2024年抱負「また遊ぼう!」

    ブログに向き合う時間が取れぬまま年末が過ぎ、2024年がやってきた。
    みなさま、あけましておめでとうございます。
    1ヶ月近くブログを放置すると死亡説が流れてしまうのではないかと危惧しつつ、時間と余力がなかった。
    近況も書きたい、今年の抱負も書きたい、1年間のまとめ記事も書きたい、年末のエピソードも書きたいと思えども、ブランクがあると筆の進みが遅くなる。
    そう、こんな風に前置きが長くなってしまうのだ。

    簡単に状況を整理すると、昨年末である12月に就職した。慣れぬ職場に自分を縛り付け型にはめているので、大変に疲れるし、余裕のない日々を過ごした。
    思い返せば10年くらい雇用されずに調理やWebの仕事で糊口をしのいできたが、どうにもやりたい仕事や売りたい商品がなくなってしまって、もちろん収入もなくなってしまって、貯金もなくなってしまって、そろそろ家賃が払えなくなるな、と危機感を募らせた。最悪ウーバーイーツがあるか、と思っていたのに、配達員の資格がなくなっておりスタートできない。
    どうしようかな? と考えた。
    結果的には就職して今に至る。

    新たな職を得て、自由を失い、ようやくほっと一息つける正月を迎えているところだが、ニワトリの小屋を作らないとな、という課題があるし、部屋も散らかっているし、暴飲暴食のせいで気だるいし、眠いし、それでもブログを書こうとする拙者はとても偉いぞ。
    ……相変わらず無知蒙昧なままで文章を書くので、本当に中身がない。

    40数年生きてきて分かったことといえば自分の無能さで、やればできると思っていたことが結局はぜんぜんできなかったり、思っていたより3倍の時間を要したり、自分にはガッカリなのだが、自分の無能さを自覚すればするほど人から好かれやすくなるのが人の世の不思議なところ。
    拙者の周りには人の喜びを自分の喜びとするような良い人々がたくさんいるので、その人達の世界に自分も存在するべく精進したいと思っている。

    多くの同世代と同じように、若さがなくなり虚栄心もなくなり、丸くなってきた。若い頃は生き馬の目を抜きたいと心の中に小利口さがあったものだが、思春期に抱いていた劣等感を克服し、人と比べる愚かさにも気づき、楽しい時間も穏やかな時間も好きになり、無理にスケジュールを埋めなくなり、野菜の生育を待てるようになり、ぬか床も維持できるようになり、庭のニワトリを眺めてるだけでそこそこ満足。
    興味のあることといえば、自分の健康と地球の環境くらい。
    だからせめて、この2つのことは勉強し続けようと思っている。

    青い空は青いのに、自由な時間を失って、以前のようにランニングができなくなって、ちょっと健康に関しては暗雲が漂っているが、環境問題について勉強できる仕事に就いたので、早寝早起き、運動、丁寧な生活を晴れやかに維持したい。
    余裕、穏やかさ、泰然自若を我が幸せの指標として生きていく。

    これらは去年から思っていたことで、新年っぽくないので、無理矢理に抱負を書いておくならば、コロナ禍で消え去ってしまった交流企画をまた復活させたいな、とは思っている。みんな、また遊ぼう!
    そのためにも早く仕事に慣れなきゃな、というのが現実。

    以上、
    本年もよろしくお願いいたします。