商店街でお買い物をしますか?

そんな機会あんまりないですよね。
商店街が廃れているという事は、ここ20年くらい言われている。
郊外型の大型ショッピングセンターの方が、圧倒的に便利であり、消費空間としては優れている。
資本主義の世の中なので、ビジネスとして成功している方が生き残るべきだというのはわかる。
しかし、全国どこへ行ってもイオンとコンビニばかりでは、つまらないではないか。
可能な限り商店街も個性的な個人店舗も生き残って欲しいのである。

では、どうすればいいか?

商店街はミュージアムになるべきだ。
その地域に住んでいる人々の生活を展示するようなミュージアムだ。
これからの商店街は消費空間ではなく、教育機関であると考える。
核家族化により、様々な生活様式が伝承されなくなっている。
和食もそうだ、急須でお茶を淹れることもそうだ、晩酌もしなくなった、昔ながらの道具の使い方も伝わっていない。
それらが伝承されないという事は、昔ながらの品物が売れないということだ。
そういった品物を扱うお店は時代のニーズに合わせられていないという事も事実だが、そんな時代に合わせてられるか!という意気込みがあってもいいではないか。

家庭で伝承されないのならば、商店街がその役割を担うのはどうだろう。
食料品店は食材の調理法や見分け方などを伝えたり、実践の料理教室にしてもいい、荒物屋は道具の使い方教室や修理教室、呉服屋は着付け教室、和菓子屋はお菓子作り教室だ。

ミュージアムだからといって、勘違いしないでほしいのは、空き店舗をギャラリーにしたり、喫茶店にアート作品を展示すべきだと言いたいのではない。

どこの自治体も商店街に対する補助金はけっこうじゃぶじゃぶ投入している。
しかし、それで成功している商店街はほとんどない。
インフラの修繕費に使うか、本業に結びつかないイベントをやるか、そんな感じ。
そういう補助金は意味ないのでなくすべきだと考える。
商店街なんて潰しちまえって思う。

しかし、商店街を教育機関だととらえるならば、補助金はあってもよい。
小学校や博物館や大学と一緒だ。
高度でグローバルな人財は育成できないかもしれないが、高度な生活者や地元LOVE人財を育成できる。
これって、小さな幸せを育む仕組みやん。

商店街には人を幸せにする力が眠っている。
起きなされ!
なされ!
なされ!

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投稿者: 石黒わらじろう

京都の古い民家で暮らしている。 趣味はランニングとブログと盆踊りを含むフォークダンス。 別名義で書いた小説は映画の原作として採用された。 自分で建てた小屋にて暮らしていたことがある強靭な狂人。 地球にも自分にも健康な生活がしたい。

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