私は盆踊り発祥の地へと向かいました。
汗だくだくになりながら、走って行きました。
だが、盆踊り発祥の地は良い場所過ぎて、歴史に翻弄されたんだろうなぁ。
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昨日、伏見が盆踊り発祥の地だという説を訴えました。
8月22日に、盆踊り発祥祭りを勝手にやろうと企てています。
だけど、どこなら踊れるか?
どこでも踊れるけれど、できるだけ迷惑にならないようにしなければ。
視察に行きました。
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盆踊りが最初に文献に出てきた場所、即成院。
即成院は今でもあるけれど、場所が東山区に移っている。
元々あった場所は豊臣秀吉の指月伏見城があった場所。
これは現在では観月橋団地になっています。
考えると、この盆踊り発祥の地は良い立地すぎて、歴史の中心になりすぎたため、今や跡形もない。
何かランドマークが残っていれば良かったのになぁ。
観月橋団地付近からは、伏見城の埋蔵物だと思われるものが沢山発掘されました。

この近くにある公園が泰長老公園です。

この公園は奥まった場所にあるため、利用者が少ないようで管理が行き届いていない。
草がボーボーになっています。
ただし、かろうじて踊れるスペースはありました。

あと、東奉行児童公園も視察

あと、伏見公園も視察

さて、どこで踊りましょうかね?
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平安時代末期には、橘俊綱の屋敷があって、伏見宮家に相続されて、豊臣秀吉が城を建て、そこからはどうなったのか昭和には団地になった。
そして今では草ボーボー。
夏草や兵どもが夢の跡
ですね。
私もいつまで生きれるか分かりませんので、できるだけ魂をスパークさせて生きたいなぁと思います。
コロナ収束なんて待ってなれない。
その時に、生きてる保証はないからな。
露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢
豊臣秀吉でも人生は露のようだと言ってるわけやから、私の人生なんぞ、ミストみたいなもんですな。
踊るしかない。我々のような庶民は踊るしかないのだ。
以上