夏の出来事を3ヶ月も経ってから記すのは、フレッシュじゃなくなって、賞味期限切れな感じがするけれど、これはしょうがない。
あの出来事を文章にすると、思い出が小さくなる気がしてビビっていたのだ。
映画のような現実だった。
拙者の拙い表現力では間に合わない、2022年の大文字サイレント盆踊り。

しかし、来年も実施するために意を決して筆を執る。

経緯

「たとえコロナ禍でも、盆踊りはできるはず!」とサイレント盆踊りをやってみたのは2021年、すなわち去年である。
京都の盆踊りは全滅していたが、拙者はその状況に違和感を持っていて、野外で踊るのは感染リスクが低いし、健康のためにも良い、ディスタンスも保てる。盆踊りは娯楽の一面もあるが、先祖供養でもあるので、行政の都合で中止にして良いものか、などとイライラしていた。
できる範囲でやるべき、と考え、サイレント盆踊りを計画・準備した。
踊り手は各自のイヤホンから聞こえる音に合わせて踊る。周りの人には何も聞こえない。

こうして実施してみた第1回大文字サイレント盆踊り。
4人という小規模ながら、他の誰にも踊れない場所で踊れた達成感が残った。思い出も友情も育まれた。どこででも踊れる方法を学んだ。

それから1年。今年はぼつぼつと盆踊りが復活していたけれど、大文字サイレント盆踊りは伝統行事になる可能性を秘めている。そしてあの感動を再び味わいたい。第2回をやることに決めた。

我々を待ち受ける場所

2022年8月16日(火)18:30
拙者はお手製の持ち運び櫓と共に、出町柳駅に降り立つ。
まだ空は明るくて、人々は大文字目当てに集まり始めているが、交通規制の赤色コーンはまだ積まれているだけだった。

メンバー2人と合流し、協力しあって櫓を彼の地へと運ぶ。

持つ場所が変だと重い

出町デルタの入り口付近には場所取りの人が留まりつつあるが、先端部分はすっぽりと空いていて、まるで我々を待ち構えているようだ。
踊って欲しがっている場所、という表現がピッタリだ。

設置し、着替えた後、音出し実験も兼ねて、先行隊で踊ってみる。
1年ぶりの場所。
突然踊りだした1団に「何事か?」と、視線を向ける人も多いが、そのままほっておいてくれる。
ちょうど西河岸の人々がオーディエンスのようになって気持ち良い。

見事に踊りスペースが空いている

たぶん我々は選ばれし者たちで、霊界からの司令で踊っているのだ。
知らんけど。
というのが、視線を浴びる拙者の気持ち。

みんなで踊る

徐々に周囲が暗くなってきて、定刻の19時になって、仲間が集まってくる。踊りのメンバーは相変わらず小規模。創設メンバーの1人は濃厚接触者になってキャンセル。それでも6人が集まった。

また、メンバーの1人が工夫をこらし、小さな灯りを周囲に置いて、「飛び入り歓迎」などのPOPも作ってくれたので、ノリの良い外人グループが一緒に踊ってくれた。カメラもよく向けられた。
拙者は「輪が広がれば良いなぁ」とお手本になれるよう懸命に踊った。

サイリウムが仲間の証

あたりから明るさが消えてゆき、周囲の人からの視線が気にならなくなってくると、遠雷が騒ぎ始める。
踊りに合わせ、夜空が光り、ゴロゴロと鳴り響く。
「通り過ぎてくれたらいいな」と思いつつも、我々の踊りで稲妻を呼んでいるようにも感じ、効果音とスポットライトのようで、雷の下で踊るのも悪くはなかった。

https://twitter.com/wishigrow/status/1559558625794084865

だがしかし、急激に、猛烈な大雨に襲われる。

ゲリラ雷雨

順調にいけば、踊りの輪が広がっていたかもしれない。
たしか10人くらいにはなっていたはずだ。
だが、突然の雨に打たれ、踊りどころではなくなった。
まず我々は、櫓を守った。音響のシステムが入っているからだ。
雨が強い。横殴りの雨だ。
誰かが傘をかざし、誰かがシートで覆い、拙者はゴミ袋を被せ、それが飛ばないようにガムテープで貼り付けた。
大文字観賞の場所取りをしていた人々は蜘蛛の子を散らすようにいなくなったが、仲間は櫓を囲むように残った。
拙者は嬉しかった。
みんなが必死になって櫓を守ってくれることが。
拙者の作った持ち運び櫓を、身が濡れるのを犠牲にしてまで守ってくれている。
記憶が刻まれるのはこういう時だ。
何かが宿る時とはこういう時だ。
この櫓は御神体なんだな、と思った。

雨の中で

御神体がビニールに覆われてからは、拙者ともう一人を残し、仲間はどこかに避難した。
拙者らはその場を離れるわけにもいかず、どっちにしろずぶ濡れなので、盆踊りを続けることにした。
雨の中で踊る。
なりふりは構わない。
どうせ夏の夜だ、風邪など引かぬ。
こうして踊りが神がかっていくのだ。

そのうち小ぶりになり、仲間たちも戻ってきて、飛び入りの人も来て、20時の少し前まで踊った。
雨のせいでプレイリストの操作ができなくなって、するとなぜだかあいみょんのマリーゴールドが流れたのだが、それもそのまま踊った。

楽しんだもん勝ち

手ぬぐいはビショビショで、浴衣から雫が滴り落ちてくるのだが、体は温まっている。
心もだ。

大文字酒

20時をそこそこ過ぎた頃、大文字が点火され、みんなでそれを見つめた。
山に浮かぶ「大」の文字。
周囲の人達のテンションがふわっと上がる。

みんな大文字に夢中

それを見ながら日本酒を飲む。
仲間の1人が黒い器を用意してくれた。
酒に「大」の字を映して飲んだ。
旨い酒だ。

我々も盛り上がり、周囲もなんだか楽しげで、「大」の字を共有している安心感があった夜。
そういうのを忘れたくない。

送り火アフター

送り火も観衆も落ち着いてきた頃に、ふたたび音頭を流し、盆踊りを踊った。飛び入りの人も櫓を囲んだ。
おそらく、周囲の人を巻き込むためには送り火アフターの方が都合が良いのだと思う。
ただし、この時はまた雨の心配があって、控えめにしておいた。

我々の櫓は岬に立つ灯台のようで、名所のようになっていた。
後日、TwitterやInstagramで発見した。
きっとお精霊さんにとっても良い目印になったことだろう。

「なんか幻のようやったね」とみんなで話して、「またやろうね」と別れ、それぞれの寝床へと帰った。


こんな風に「楽しい」では言い表せられないドラマがあって、人々からの注目や、楽しげな外人さんや、雷鳴や、豪雨や、大の炎や、それを見つめる君の瞳や、酒の旨さや、灯台や、頼りになる仲間たちに、また来年も出会えるかな。
きっとまたやろう。

2023年8月16日、またよろしく。
ずっとずっと、続くといいな。

投稿者: 石黒わらじろう

京都の古い民家で暮らしている。 趣味はランニングとブログと盆踊りを含むフォークダンス。 別名義で書いた小説は映画の原作として採用された。 自分で建てた小屋にて暮らしていたことがある強靭な狂人。 地球にも自分にも健康な生活がしたい。

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