雨に煙る京都を傘もささず進む。四条烏丸から西へ。
夕方の通行人たちは、今からご飯♪ というような気配を漂わせ、食事への期待に心と胃袋を踊らせているに違いない。
拙者は足早に歩く。期待と不安の感情に追いつかれないように。
期待はというと、1年以上ぶりに推しのフルーティスト山本英さんの音色が聴けること。
不安はというと、その演奏はBIEDE(ビエダ)というブランドのレセプションパーティーで行われるということ。
演奏会であればチケット代を支払い、客として振る舞えるのだが、招待もされていない、関係者に知り合いもいないパーティーにノコノコ出かけるのは恐怖であり、服装を選ぶ段階でも困惑し、スーツに袖を通した後もドギマギし、なんだか娘の晴れ舞台を観に行く父親のコスプレをしているみたいだなぁと鏡に映った自分を評価し、ずっと平均台の上に立っているような心地であった。グラグラする。
こういう時に、人は早足になるのだ。
2023年4月15日(土)18:00~、node hotelのロビーにて、BIEDEのバックの展示、写真家の作品の展示、歌代ニーナ氏によるパフォーミングファッションショーが実施され、プログラムの一部にフルーティスト山本英さんも出演された。
このような会は拙者にとって別世界のものであり、実施概要を読む段階で壁を感じた。
だが参加一択。なぜなら山本英さんの演奏を聴く機会が希少すぎるゆえだ。3年前からのファンなのだが、折しもコロナ禍で過去3回しか演奏会に行っていない。
今回は京都でのご出演とのことで絶好の機会。
京都は拙者のホームグラウンドであるので、多くの友人に英さんの音色を聴かせたいと思ったが、今回はブランドのレセプションなので、その空気に合いそうな友人数名だけに声をかけたところ、1人が二つ返事で参加を表明してくれた。
会場に着いた段になり、客でもないし関係者でもない自分の存在はやはりグラグラであり、その友人がいてくれたことはとても心強く、感謝である。
彼女には自分の弱みをみせても大丈夫だと経験できたことは、今回の収穫の1つになった。
拙者はあらゆるファッションブランドを存じ上げないし、BIEDEも同じくであるが、どうやらバックをメインに製作されているようで、バックが床に直置きで展示されていた。
そのバックたちは不思議な硬質感があって、石を削ったかのよう。友人は「ジェンダーレスがコンセプトなんじゃないの?」と言った。なるほど、バックは女性が持つものだと思っていたが、改めて見ると性別を問わないプロダクトなのだと思ったし、そういう時代なのだとも思った。
というのは、家に帰ってからの感想であり、会場にいた時は常にドキドキしていたので、製品を評価する余裕などなかった。
ドキドキする理由は主に3つあって、1つ目はすでに言及した通りで、自分の存在の不確定さである。
2つ目は山本英さんの近さである。
いつもはステージ上にいらっしゃるお方なのだが、今回はステージを設けられず、すぐそこに控え、すぐ眼の前でフルートを奏でられた。なんら紹介も挨拶もなく、興が乗ったから音を鳴らしちゃった、というように。
薄暗い照明の館内、BARエリアはざわざわしていて、さぁ今から何かを始めます! と言うこともなく、突如として歩きながらフルートを奏でる。
これができるのはすごい。演奏者の能力だけではなくて、半分はダンスであったし、舞台女優でもあって、演奏しながら遠くを見つめる瞳の清らかさや、何らかの哀しみに肩を落とす仕草、音色だけではなく動画や写真に映ることを前提としたポージング。総合芸術だった。
英さんが自分の目前でパフォーマンスをされているのは貴重な機会で、拙者はすべてを味わおうとするのだが、視覚情報も聴覚情報も漏らさぬようにと脳が忙しいし、あまりに近すぎて、ドキドキする。
ヒュっと短いフルートの音は投げキッスのようで、とろけそうになった。
このように何が行われるか分からないのが3つ目のドキドキで、結果的には4ターンの演奏があったのだが、どんなタイミングで演奏が始まるのか? その演奏もどこにどう動くか? が分からず、幼き頃に知らない地下街に迷い込んだ時のような心地。
これらのドキドキが複合的に重なって、よし告白するぞ、というデートの時のような胸の高鳴りを味わった。
ざわざわしたBARエリアで突如として演奏して道を切り開くシーン、床にペタンと座るシーン、そして上記の投げキッス、これらが最高に昂ぶったので憶えておきたい。
自分の心臓の音がうるさかったし、周りがざわざわしていたし、ホテルのロビーであるし、自分の心と英さんの音をダイレクトにつなげるには苦労したけれど、後半では永遠のような一瞬が訪れて、いつものゾーンに入れた。
山本英さんの音色を聴くと、時間や空間が意識から消える時があって、それを演奏会のたびに味わわせてもらっておるので、拙者はファンなのである。
最後の曲はサティのジュ・トゥ・ブーであったことくらいしか、音楽については分からぬレベルのファンではあるが、英さんの音色が多くの人を魅了し、「今日の演奏も良かったねー」と語り合える人が増えるようにと期待。
○
山本英さんの演者としての仕事っぷり、BIEDEのコンセプト、企業と芸術家の関係、友人の心強さ、あの空間に自分を存在させるにはどうしたら良いのかという疑問、これらの刺激を受けてとても満足している。
会場へは早足で向かったけれど、去る時は踊るような足取りだった。
音色を胸に秘め、明日からも生きていく。
以上。
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