当時、それは20歳前後だったはずだ、自分を変えたい、人生を変えたい、と思っていた。
ナポレオン・ヒルがどうのこうのという、いわゆる自己啓発セミナーの勧誘を受けて、大阪に行って、女性の話を聞いたんだよな。
鎖に繋がれた象(だったかな?)は、逃げられないと思いこむと、それがロープになっても逃げなくなる、みたいな例え話をされた。
その時の拙者は、
「自分が変わりますか?」
というような質問をしたことを覚えている。
「変わりますよ」という答えが返ってくると思ったのだが、そこはなぜだかはぐらかされたんだよな。
だから入会しなかったのだが、そんな質問をするくらい、自分が変わること、を切望していた。
それは、モテたかったとか、友達が欲しかったとか、積極的な人間になりたかったというような、よくある願望を叶えたいがため。

最近Web記事で、「人生を変えたいのになかなか変わらない人」がしている大きな勘違い【『独学大全』著者が教える】を読んだ。
これは、自己啓発本ばかり読んだけれどぜんぜん人生が変わらないと嘆く相談者に、読書猿さんが回答されたものだ。

あなたが回答者だとしたら、相談者にどうアドバイスしますか?

読書猿さんは、「人生は変えるものではなく、続けるもの」だと言っている。一発逆転は無理で、続けていくその先にしか人生は変わらないとの答え。(詳しくは記事を読んで)

これには拙者も同じ意見なので、歳を重ねて少しは成長したと感慨深い。あの時の自分に言ってやりたい。

だけど、付け加えたい意見もあって。
分岐点のようなものは存在すると思う。
拙者の経験を踏まえると、人生を変えるそれはあった。

1つはガーン!って衝撃を受けるような体験。
もう1つは失恋である。

衝撃を受ける体験

拙者の場合は、ダンスが好きになった分岐点と、ランニングをするようになった分岐点がある。
この2つをやっていない人生はどんな風だったろう?

ダンスはコントラダンスというフォークダンスをやった時に、衝撃的に楽しかったのだ。ガーン!となった。なぜこの楽しさを知らぬのだ!と思った。
あの時の衝撃に、今もまだ取り憑かれている。
コントラダンスやりたい。

もう1つ、ランニングのきっかけはHash House Harriers である。
走った後のビールの旨さにガーン!となった。ビールの正しい飲み方はこれだ!と思った。

それ以来、美味しいビールを飲むために走り、走るのはめちゃめちゃ健康効果が高いと気づき、具体的には風邪を引かなくなった。
フルマラソンも完走したし、走れる体は誇りの一つになっている。

だから、20歳の自分に言いたいのは、自己啓発本など読んでいないで、ガーン!と衝撃を受ける体験を得るために動け、ということである。

失恋

拙者の場合は、失恋が分岐点になる。
物語になるような恋愛を求めるため、かなりエネルギーを注ぎ、別れが訪れるときは身が引き裂かれるようなダメージを受け、心にぽっかり隙間が生まれるのだ。
その隙間を他の女子が埋めてくれたらいいのに、そういう馬鹿な女子が周りにいないため、自助努力で一生懸命に埋めなくてはいけなくなる。
結果、このブログへの向き合い方が変わったり、サルサと盆踊りを始めたり、小説を書いたりしたわけだ。
あるいは、自転車旅行をしたのも、とある恋がきっかけだった。

だから、20歳の自分に言いたいのは、自己啓発本など読んでいないで、さっさと失恋しろ! ということである。
そこそこ激ヤセするけど、成長の糧になるよ、大丈夫。とも付け足しておこう。

40代になっても、まだまだガーン!と衝撃を受ける体験は探している。
しかし失恋は懲り懲りだと思っている。(今は)

上記ほどは大きくない感動(たとえば素敵なフルートの音色を聴くとか)も、日々の行動が変わったりするので、積極的に味わっていこう。

人生は変えるものではなく続けるものだけど、続けるきっかけになる心への衝撃はあると思う。
自己啓発本やそういうセミナーではなくて、体験を求めよ。

以上。

投稿者: 石黒わらじろう

京都の古い民家で暮らしている。 趣味はランニングとブログと盆踊りを含むフォークダンス。 別名義で書いた小説は映画の原作として採用された。 自分で建てた小屋にて暮らしていたことがある強靭な狂人。 地球にも自分にも健康な生活がしたい。

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