一昨日と昨日に孵化したばかりのヒヨコが消えた。
少し前までピヨピヨとうるさいくらいに鳴いていたのに、カゴだけが残された。
失恋したのに近いような悲しみがあるけど、一番強い気持ちは、「相変わらず詰めが甘いよなぁ」という自己嫌悪。
「持ち前のネガティブさを上手く使えよ」と思う。

もしこれが、子どもに聞かせる話なら「ヒヨコは冒険に出掛けた」と言うだろうけど、ワラクリの対象読者は大人なので事実を書こう。
おそらくイタチにやられた。

相手にしているのは野生だった。
渡る世間に鬼はなし、と言うけれど、渡る野生は鬼ばかり。
野生において甘さは命取りだ。それを忘れていた。

仮想敵を間違っていた。猫にやられるんじゃないか、カラスに襲われるんじゃないか、アライグマも見たしなぁ、とは考えていたが、イタチの存在やサイズ感を明確にはイメージできていなかった。
イタチは小さな隙間でも悠々と入り、出ていけるようだ。
それを考えるとセキュリティが甘すぎた。

ヒヨコは土の上で育てた方が丈夫になると書いてあったし、外に出した。通気性を第一に考え、網状の何かを探したところ、スーパーにあるような買い物かごが2つあったので、それを上下に重ね合わせて針金でとめた。
弱っていたヒヨコ1号も外に出したら元気を取り戻していったので、外に出したのは後悔していない。
買い物かごは隙間ができていたし、それをガードしたつもりだったが、前述の通りイタチのサイズ感を見誤り、侵入を許した。
判断の甘さが悔やまれる。

色々と初めてづくしで思考の余裕がなかった。
この温度で大丈夫? 水飲んでる? 死なない? みたいな心配ばかりしていて、次は早めに小屋を作らないと、って焦りもあった。
初めてのことで、イロハが分かってないし、チェックリストも作れない。
未熟で申し訳ない。

今回の2羽には色んなことを教えてもらった。
この経験を活かして、またチャレンジする。

2羽の命を容易に失ってしまい罪深いのだが、最後は拙者の体も命も自然にかえすので、許して欲しい。
ヒヨコもイタチも拙者もそういう流れの中にあるのだから、受け入れるしかないよな。

ピヨピヨという鳴き声がまだ耳の中に残っていて、どこかにいるのかい?って、探したくなってくる。
空になったとか、虹になったとか言い張りつつ、記憶の中で一緒に生きていこう。

最後に諡をつけよう。
先に孵化してトラブルがあり弱々しかったのはツイ。あとに孵化してすべて順調だったのはター。
たくさんの学びがあったよ、ありがとう。
拙者は詰めの甘さを根本から治し、一生懸命行きていくよ。

以上。

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投稿者: 石黒わらじろう

京都の古い民家で暮らしている。 趣味はランニングとブログと盆踊りを含むフォークダンス。 別名義で書いた小説は映画の原作として採用された。 自分で建てた小屋にて暮らしていたことがある強靭な狂人。 地球にも自分にも健康な生活がしたい。

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