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  • そして命が軽くなる

    そして命が軽くなる

    昨年から動物を殺めまくっている。
    ちゃんと食べているので、シメルやトメルという言葉を使うべきだが、過程としては同じだ。
    ニワトリ、シカ、タヌキ、イタチ、ハクビシンなどの命を絶った、我が手で。
    さして特別さを感じずに命を奪えるようになり、そして自分の命も軽くなっていく。

    肉を食べる人ならば誰しもが間接的に動物を殺めている。
    誰かが仕事としてそれを代行したのだ。
    拙者は人に頼らず自ら行う自立的な人間というだけの話で、残忍でも、無惨でも、サイコパスでもない。
    責任を果たしているだけだ。
    むしろ前よりもモノの道理が分かったんじゃないかと思う。

    すべては庭でニワトリを飼うところから始まった。
    ヒヨコがイタチに襲われるので、守りたいがためにワナ猟免許を取った。
    その結果、山にはシカを獲りに行き、庭のニワトリは育ち、それらは拙者の食糧となる。

    シカは増えすぎている。
    農作物は収穫量が減り、山の植物は絶滅の危機に瀕し、土地が荒れて土砂崩れの可能性が高まる。毒のある外来植物ばかりが増えたりする。
    政治的には有害鳥獣駆除に報酬を出す対策をしている、シカはだいたい2万円くらい。
    だがこの制度は正しいのか? と疑問に思う。
    多くの猟師は報奨金をもらって、殺めたシカは山にポイ。
    仕留めた場所が悪いのか、肉を持ち運ぶ体力がないのかは知らないが、聞くところによると8割のシカはただ殺されただけになる。
    拙者は憤りを感じる。
    殺めた以上は食えよ! と思う。
    だから拙者のような料理もできる猟師が山に入り、できるだけシカを獲って、無駄なく料理をするべきなのだ。
    拙者は猟期中、山にワナを仕掛け、かかったシカにトドメを刺し、その場で解体し、肉を持ち帰った。
    シカの悲しそうな鳴き声や、光を失っていく瞳を覚たままで。

    卵から孵したヒヨコの半数は130日ほど経つと、夜明けの頃にコケコッコーと鳴き始める。
    拙者が眠り眼でふらつきながら庭に出て、雄鶏をなだめても脅しても、朝鳴きをやめようとしない。
    こうして殺める日がやってくる。
    最初の1羽をシメた時は1日中罪悪感に囚われたが、その肉の旨さを体感してからは、食糧獲得の順当な手段だと思うようになった。
    5度目6度目と経験し、自分なりのコツを掴み、首をはねた後でも体が動くことへの気味悪さにも慣れてきた。
    ラストダンス。脳の支配を解かれた体の躍動に、尊さと悲しさを感じながら羽をむしる準備を進めている。

    弱肉強食だと思えば、オレはツヨイ、だから食う! と、自分の強さに惚れ惚れできるかもしれない。
    多くの猟師はそういう雄々しさを持っているのかな、と思う。
    しかし拙者は我が命も彼の命も同じだと思うし、これが日本人の考え方の主流だと思うんだよな。
    いつかは同じく死ぬのだよ。
    いやむしろ、我が肉体は感謝をもって食べてくれる人がいなくて、死して皮も名も残せない。
    軽い命だ。
    命を奪うことに慣れた、そして、いつか命を奪われることへの許容度が増した。
    因果応報ってやつやんね。

    そんな軽い命で書く文章に重みなどなく、価値などない。
    だから僕は文章をやめた。
    もう何も遺さない。
    誰にも知られず、顧みられず、注目を浴びず、フォロワーも増えず、馬鹿なままで、鳥頭で、ただ生きることにする。

    拙者はいつかラストダンスを踊るのだろうか、
    脳が死してもなお、3時間くらい踊り続けられるように、体を鍛えておくよ。
    誰か音楽を奏でてくれたまえ!

    以上

  • 野生の肉で生きていく

    野生の肉で生きていく

    我が人生で最も肉を食べている。
    食えども食えども肉がある。
    なぜなら狩猟者になったからだ。
    自分で獲得した肉は、ちょっと固くて、味わいがあって、美味しくて、おぞましい。
    命をいただく毎日。

    本当は守るためにわな猟免許とったのだ。
    庭のニワトリをイタチから守るために正しく罠を設置したかったのだ。
    しかし、ひょんなことから花背に赴き、師匠に出会い、狩猟を教えてもらえる事になった。
    罠猟は銃猟ほど攻撃的でないにしろ、積極的に獲物を取るために罠を仕掛ける。餌でおびき寄せ、掛かるのを待つ。
    掛かった獲物をどうやって仕留めるのか?
    なかなか、むごたらしい。

    猟師というのは、近くて遠い存在だ。
    赤ずきんちゃんを筆頭として昔話に出てくるので、幼い頃から馴染みがある。
    だが実際の猟師に出会うことはあまりないだろう。
    そもそも最近では職業として成立させるのが難しい。
    狩猟を始めたと言ったら、周りの人から熱心に話を聞かれるようになった。
    みんな知ってはいるけど、具体的にはよく分からなくて、小さな憧れがあるのかもしれない。
    山に出かけて肉を取ってくる存在に。

    猟師といえば、銃猟のことをイメージすると思う。
    ♪せんばやまにはタヌキがおってさ、それを猟師が鉄砲で撃ってさ……
    だが拙者は罠猟なので猟師っぽくはない。
    どっちかというと工作員。
    スコップだのワイヤーだのバネだのを持って、さらには米ぬかを持ってえっちらおっちら山を移動する。
    罠猟は毎日罠を見回るのがルールなので、あまり山深いところまでは行かない。毎日探索できる範囲に留めておく。
    やはり、猟師っぽくはない。

    拙者の師匠は20年の経験を持つ人で、11月15日の猟期が始まって以降、同行させもらって、色々な経験をさせてもらった。
    罠猟は7段階ある。
    罠を作る。罠を設置・仕掛ける。餌を撒いて罠に誘引する。罠を見回る。罠に掛かったら仕留める。獲物を解体する。料理する。
    人によっては好き・得意なパートと、嫌い・めんどくさいパートがあることだろう。重労働なところも多い。
    拙者は料理するのが一番好きだ。
    それ以外のパートでは、掛からないで欲しいな、かわいそうだなと思っている。
    やはり、命を奪う行為はむごたらしい。

    とはいえ、自分が食べる肉はどんな風に自分の食卓にやってきたのか知っているだろうか?
    その鶏はどうやって育った? その豚はどんな餌を食べた? その牛はどうやって屠殺された?
    家畜もどこかでむごたらしいことが行われていて、そういうことは大っぴらにされていない。
    きれいに隠匿され、みんな無邪気に肉を食う。
    なんなら、部位の名前が書かれた木札と一緒に盛られた肉の画像を投稿する。

    狩猟を始める前は、拙者も無邪気に鹿が捕れたとか猪が捕れたとか、ブログに書くつもりでいたのだが、自慢げに語る行為ではないなと、今は思っている。

    けれど、野生の肉はどんどん食べた方が良い。
    狩猟をする前は、鹿とか猪とかわざわざ獲ってまで食べる必要はないよな、と思っていたのだが、今では家畜の肉を食べるよりマシだと思う。
    家畜はおおむね外国産飼料で育っているし、限られたスペースで飼われるし、抗生物質やワクチンの懸念もある。
    もっとも家畜の現状や屠殺の現場を拙者はよく知らない。
    よく知らないものを食べるのはセンスが悪い。
    一方で、野生の鹿は増えすぎているし、植物を食べすぎて山が荒れる。
    自分が手を下した生物ならば、どこで生きていたか明白で、自然のものを食べただろうから安全だ。オーガニック。
    これからは野生の肉と自分で育てたニワトリとその卵を食べて生きていきたいものだ。

    今はまだ、肉の各部位と最適な調理法が分かっていないので研究中だけど、美味しいのができたら、みんなにも食べてもらおうと思う。
    ジビエパーティーしよう。
    掛かった獲物をどうやって仕留めるかも、その時にお伝えしよう。

    以上。

  • 庭から始まる養鶏業、いや始まらない

    庭から始まる養鶏業、いや始まらない

    養鶏業をやりたいな、と思っている。ここ1年くらい思っている。
    だから、京都府に問い合わせて畜産センターなるものを見学させてもらった。
    逆に夢が打ち砕かれた。
    自分がやりたい養鶏はこういのじゃない、と思った。

    拙者はもうすでに養鶏をしている。庭でニワトリを飼っているのだ。
    最初の動機は雑草対策で、雑草を有効利用しつつ雑草をなくす方法はなかろうかと考えた。
    最近はヤギでの除草が有名だが、ヤギを入手するには万単位のお金が必要だし、ヤギの腹を毎日満たすほど庭は広くないのだ。
    そこでニワトリである。
    実際に除草効果は見込める。

    最初はニワトリを売っているところが分からなくて、卵から孵すと決めて、孵卵器も自作したものだから何度も何度も失敗し、せっかく孵化してくれたのにイタチに食われ、野良猫に食われ、それでも生き残った1羽は卵を産むようになった。
    この間、孵化について研究し、イタチに食われない方法を研究し、わな猟免許を取ったりし、いつしか雑草対策はどうでもよくなり、庭は草ボーボーのままニワトリだけを一生懸命に育てるようになった。
    目的と手段がぐちゃぐちゃになるのはいつものことである。

    獣害対策も含めて、もっと良い環境でニワトリを飼育したいと夢に描く。
    ニワトリが大地を駆け回る姿を見ながら、お茶を飲みたいのだ。檻の中に閉じ込めずに元気な姿を見たいのだ。
    業として養鶏をすれば、理想の環境を作ってやれるのかもしれない、と算段する。

    こうして京都府の担当部署に問い合わせてみたのだが、理想通りにはいかないようだ。
    1つは鳥インフルエンザの問題がある。
    京都府に問い合わせたところ、庭で飼っている情報を明かしてしまい、羽数の報告を求められるとともに、防疫の職員が飼育状況をチェックしに来ることになった。
    家に行政の職員が来るなんて実に面倒くさい。
    その視察はクリアしたのだが、ニワトリを飼うにはきちんと囲われた場所で飼育員の消毒なども徹底して、要するにクローズな環境でやるのが望ましいようだ。
    そうしないと、鳥インフルエンザが拡がってしまう。

    2つは経済の問題。
    業として養鶏でお金を稼ぐとなると、効率性を目指すことになり、限られたスペースにニワトリを押し込めることになる。
    そうしないと、卵も肉もめちゃめちゃ高値で売らねばならなくなる。
    ケージ飼いのニワトリを見せてもらったが、狭いスペースに閉じ込められて心が痛くなった。

    こういう現状を目の当たりにして、ただただ甘い理想を描いていただけだと思い知らされた。
    養鶏業はやりたいのだが、拙者のやりたい養鶏はそういうのじゃない。

    で、どうするか?
    というのは、考え中。

    たとえば、ケージ飼いのニワトリを少しでも減らすために、平飼いのニワトリ飼育をめちゃめちゃ頑張る、って方法があるかもしれない。
    アニマル・ウェルフェアの社会運動を活発化させる方向があるかもしれない。
    家庭養鶏を拡めるも良いかもしれん。
    現実を知ってもなお、理想的な環境でニワトリを飼いたいという想いは、握りしめたままだ。

    そもそも鳥インフルエンザ対策ってどうなんだ?
    ケージ飼いで過密なニワトリと土の上を駆け回るニワトリで健康状態がぜんぜん違うと思うのだが、法の下で同じ対策をするのは違うんじゃないか?
    病弱になる環境で飼育しているから、40万羽殺処分、みたいな残酷な状況になるのではないか?

    そんなこんなで、色々と考えながら、学びながら、育てながら育ちながら、新たな経験をしているところだ。
    とりあえずはケージ飼いの卵は買わないでおこうと決意した。
    もう少し庭のニワトリが卵を生んでくれたら解決する。
    頑張れ! 庭のニワトリ!

    以上。

  • 花背のことは話せばわかる(4)ご近所まつり

    花背のことは話せばわかる(4)ご近所まつり

    山あいの集落に顔見知りができるって、ちょっと素敵だ。
    縁側でお茶を飲ませてくれるかもしれない。原付きで峠を越えた疲れを空の色とゆれるススキで季節を感じながらほっこりさせたい。
    こういうチャンスがあるかもしれない別所井戸端展に行ったのだが、ゆっくりはできなかった。
    なぜなら出展するグループの一員だったからだ。

    狩猟グループとして、別所井戸端展に出店した。
    わな猟免許を取ったものの、それからどうすれば良いのか分からない。
    罠の作り方、仕掛け方、仕掛けてもいい場所を普通の人はみんな知らない。
    そんな折に、知人に誘われ花背に行き、そこに猟師さんがいたので、弟子入りを希望してみた。
    媚び媚びモードの甲斐あって、このたびグループに入れてもらえた。
    そもそも予想に反してとてもオープンな猟師さんだったのだ。
    オープンだからこそ、花背の別所集落のご近所まつりにも出展されるのである。

    この別所井戸端は今回で27回目になるそうだ。
    京都市左京区の山間部に位置する花背、その中でも別所集落の家々が軒先を開放するようなイメージの回遊型イベントである。
    道沿いのおよそ1.6kmに11ブースほどが出展される。
    ピザ、お餅、プリン、ちまき、たこ焼きなどなどが売られていた。
    全部を回ろうとしたのだが、1.6kmでしかも坂道、つまりは歩くと片道30分ほど必要である。往復1時間。1.6kmに11ブースってことは、おのおの150mくらい離れているってことで、かなり遠い。街中のフードフェスとは違う。
    この距離感を舐めていたせいで、ぜんぜん回りきれなかったのだった。
    拙者は狩猟グループの中でも存在をアピールせねばならなかったから。

    猟師グループはというとグループの構成員が思い思いに作ったり手に入れた品々が並べられ、蜂蜜、麩饅頭、赤山椒の粉、オリーブオイル、ケーキ、天然素材を使った何らかの飾りが売られ、そして鹿のハムが試食で出されていた。
    あまり売り売り感はなく、アットホームな感じ。どの人がお客さんで、どの人が近所の人で、どの人が知人なのか分からない。
    更には拙者が担当したのは罠猟のワークショップ。くくり罠の仕掛け方や作動の仕方を見てもらう。とはいえ、拙者は初心者であるので、自分がメインで学ばせてもらった印象だった。
    初心者とはいえ参加者の皆さんとはよくお喋りできたし、ジビエに関心の高い人も多く、ここで販売されるなら買いに来たいとおっしゃっていた。
    「外国産の飼料を使った家畜の肉を食べるよりは、自然の中で育ったもののお肉を食べたほうが良いよね」と。
    精肉所と販売所のハコはできているので、来年には販売すべく準備中とのこと。

    良いイベントであるが、山間部である。京都の奥座敷と称される鞍馬から更に車で30分も奥である。バスが走っているのだが、1日2本なのだ。アクセスはかなり厳しい。
    ゆえに、住民総出のイベントのはずが、街中のイベントを知っている者としては、集客はまばらだったと言わざるおえない。更にいうと、以前のほうが出展者は多かったそうである。
    みんなで出展して、みんなで買い合うみたいなのがほとんどで、商売として成立させるのは難しいだろうな。

    京都伏見のまちづくり活動に多少関わったことがある拙者は賑わいを生むにはどうしたら良いのだろうか? と考えてしまう。
    もっと広報して、知名度のある人のステージを用意して、歌って踊って……。
    ……それって必要ないかもしれんね。
    収益が上がることよりも、今の時代は良いコミュニケーションがとれる余裕の方が必要なのかもしれん。
    住民が何かをやってオープンにしていて、知り合いになって、知り合いがいるからちょっと顔を出してみよう、というような関係性をじわじわ広げれば良いのかもしれん。
    その場だけで楽しむイベントはどこにでもあるからなぁ。
    こんな拙者も今ではれっきとした花背狩猟グループの一員になったので、関係者ってことになるだろう。
    こういう関係者を増やしていくしかないんだろうな。
    知ってる人に会いたい、というニーズを満たして、あとは食事やお土産があれば、それで充分。
    かもね。

    今回も子どもたちがのびのびと遊んでいて、それは本当に素晴らしいと思う。
    幼少期に坂道で足腰を鍛えるのは財産になるよ、と椎間板ヘルニアに悩まされる拙者は言いたいのであった。

    とにかく、くくり罠ワークショップにて罠の仕掛け方を学び、狩猟グループにも入れてもらい、何らかの一歩は進んでおるし、顔見知りもじわじわ増えている。
    次回はほっこりできると良いなぁ。

    以上。

  • 予期せぬ出会いがどんな物語を生むのか、って本当にわからないから面白い

    予期せぬ出会いがどんな物語を生むのか、って本当にわからないから面白い

    良い人たちがいるなー、と思う。
    世の中にはコミュニティを作って人生を愉しむ人たちがいて、そんな人たちとお近づきになれるのは幸せなことである。
    会に誘ってもらった。何らかの会。1度だけ酒場でテーブルを囲み、ノリで写真をとり、共有のために連絡先を交換しただけの人に。
    こういうお誘いは謎めいており、だいたい趣旨が分からない、雰囲気も分からない、困惑だけがあるのだが、最初からすべての情報が開示されてしまうと、想像がついてしまうので物語性に乏しくなる。
    痛い目に遭うかも知れないし、孤立するかも知れないし、めちゃめちゃ嫌われるかも知れないが、命までは取られまい。
    こんな気持で、祇園に向かった。

    秋めいてきた京都の日中は観光客でごった返している。特に祇園四条界隈は日本でも有数の人通りの多さである。しかし昼間の飲み屋街は閑散としている。夜に歩くと眠らない街という印象だが、昼間に眠ってるんだなと思いつつ、目的の場所を探す。
    飲食店の看板がタテヨコにならぶ雑居ビルの3階。そこのBarを貸し切りにして会を開くとのこと。
    2分だけ遅刻してしまったなと思いながら、店内が全く見えない黒い扉を開く。

    その後は、酒池肉林の大騒ぎだったわけではなく、威圧的な人に取り囲まれたわけでもなく、とくに物語性はない。
    良い人たちがいる、それだけだ。
    主催者グループが3人いて、故郷の食材を使った料理が供されて、そこに無差別に仲間を集めた会。昼の部に集まった客は7人と幼児が1人と中学生が1人。(夜の部もあってそこには20人くらいがくるとのことだった。)
    拙者は前日にランニングして、銭湯入って、ビール飲んで、飲んで、飲んで、締めのラーメンまで食べて、若干二日酔い気味だったので、サービス精神に乏しくて、女性たちがワッキャした場に笑顔で佇むばかりだったが、それでも面白みのないオジサンとも会話を交わしてくれる良い人ばかりだったので、誘ってもらえて良かったなとしみじみ感じた。
    今度はBBQしたいとか、忘年会の時は寿司を握りたいなどとコミュニティの展望が語られ、いい時期なんだな、と思った。コミュニティの成長期にたまたま出会えたのかもしれない。コミュニティって構成員のライフステージによって、活性化されたり衰えたりするからなぁ。

    なんの目的もない集まりかと思いきや、食への関心は高いメンバーなのかもなとは感じた。また後半ではカラオケも始まって、そういう遊び方も好きなメンバーみたい。
    彼らと比べれば、拙者はかなりのアウトドア派だな、とは感じたところだ。
    遊ぶなら個室でウェイウェイするよりも、野外に撃ち出てはしゃぎたいタイプ。(たぶん、個室でテンション上げるとうるさすぎて嫌われる。)
    とはいえ、少人数でじっくり喋るなら個室が良いみたいだな。お喋りで満たされるものがあった。3時間があっという間だったし癒やしがあった。
    何事もバランスだな。屋外もいいし屋内もいい、飲み会もいいしお茶会もいい、山間部もいいし街中もいい。

    参加してた女性もそれぞれ面白かったんだよな。
    トークを引き出すのが上手い女性、テンションの高い芸を持ってる女性、会話に比喩表現を混ぜてくる頭の良い女性、歌の上手い女性など、それぞれハッとさせられるくらいキャラが立っていたことを憶えておきたい。

    こんな風に良い人たちと仲良くしたいんだよな。
    めんどくせえオッサンだとは思われたくないんだよな。
    だからこうしてめんどくせえ部分をブログに吐き出して、対面コミュニケーションではキレイな石黒でいたい。思考も明瞭でいたい。

    世の中には良い人たちがいる。
    そんな人達とお近づきになりたいんだよ。

    以上。

  • 花背のことは話せばわかる(3)マイすうぃーとハニー

    花背のことは話せばわかる(3)マイすうぃーとハニー

    自己紹介の番が回ってきた時、とっさに言った。
    「石黒です。京都市内の伏見から来ました」と。
    しまった! と思った。
    なぜならば、家から1時間半もかかる山間部であるが、花背も同じく京都市だ。京都市内とつけるのは余計だし、失礼だったかもしれない。
    輪になった20人ほどの人たちの中には、『ここも京都市内やで』と不快感を抱いた人がいたかもしれない……。
    こんな風に繊細さんを発揮してしまうのは、アウェイだからである。仲間に入れるかどうかの瀬戸際だからである。

    というのも、最近、わな猟免許を取得したのであるが、狩猟に関しては何も分からない。免許を得たからといって、さあ行こう、とはならないのがこの資格である。
    仕掛け方を知らないし、仕掛ける場所も知らない。
    しかし、ひょんなことから(参考:花背のことは話せばわかる(2)狩猟と養鶏)狩猟をやってる方とご縁を頂き、よければグループに入るか? とお誘いいただけた。
    そして猟期が始まる前に、2つほどイベントがあるらしく、参加を促され、二つ返事で行きますと答えた。

    ちかごろ思うところとしては、世の中はそこそこ徒弟制度で成り立ってるよなって。独学ってのは効率が悪いかもしれんって。
    これまで学校教育の中で育ち、教科書に書いてあることが全てだった。その後はPCの操作を憶えたらだいたいスキルがあるとみなされ、テキスト化・マニュアル化の中で生きてきた。
    だから師匠は必要なかった。
    しかし、テキストやマニュアルでは微妙なニュアンスが伝わらなくて、そこで間違えたりするんだよな。
    あるいはAIが発達し、テキスト化・マニュアル化された技術を憶えることの価値が低下しているのかもしれん。
    今後は、知識のほか、体の動かし方、固有の場所の情報など師匠に可愛がられないと教われないようなことにこそ価値が出てくるんじゃなかろうか。

    てなわけで、狩猟の師匠に気に入られるべく、媚び媚びモードを発動したのである。
    2024年10月12日のこと、師匠が講師になる「採蜜ワークショップ」なるものに参加した。
    何をするのかよく分からないまま参加したのであるが、とにかくニホンミツバチの蜂蜜はフルーティーで美味しかったのが印象的だ。

    さらっと企画の流れを説明しよう。
    午前10時に集合。場所は道路を入った高い草が生えるアウトドアフィールド。森に入る手前、人と野生との緩衝地帯のような場所。
    そこに20人ほどが集まり輪になって自己紹介。狩猟のメンバーや、地域の人々、企画の運営者、実習プログラムに参加したの大学生がいる。地域の人々の中には3組ほど子育て世代がいて、幼児から小学生くらいの子どもたちもいた。
    近くに大型動物用の箱罠、要するに鹿とか猪とかを捕まえる檻があり、そこに蜂の巣箱が置いてある(ちなみに前日から朝にかけて熊が巣箱を獲ろうとした形跡があったようだ。)
    これを見学した後、巣箱を広い場所に運び、巣箱の中の蜂の巣を取り出し、更に蜂蜜を取り出す。
    アウトドアフィールドでの作業が終わったら、古民家に移動し、お弁当を食べ、パンケーキを焼き、とれたての蜂蜜をふんだんにかけて食べる。
    以上、テキスト化するとシンプルな企画だ。

    テレビとかではなんとなく見たことがあった養蜂であるが、実際に現場で見るのは初めてで、もともとほとんど興味がなかったのだが、山の恵を少し頂く方法は魔法みたいに思った。
    古ぼけた木の枠から黄金の密が出てくるんだもんな。

    というのは、家に帰ってからの感想である。
    現地では久しぶりに媚び媚びモードの自分が出現して、滅私奉公していたので、次は何をやるべきか? 今は誰に話しかけるべきか? などと忙しくしていた。
    新しいコミュニティに突撃していくのは、議員秘書時代に何度も何度も経験したので、プロの技術を持っていて、率先して動いたり、良い質問をしたり、小粋な感想を述べたり、初対面の人と打ち解けたっぽく会話をする、など熟達している。
    でも最近は、できるだけ自分のままで人と接して、仲良くなれた人とだけ仲良くすれば良いやーと思って生きてるから、媚び媚びモードは出てこないんだよな。
    それはそれとして良い人間関係の中で生きているが、久しぶりに媚び媚びな自分を観察して、これはこれで磨かれた技術だよなと、誇りに思った次第。
    まぁ、技や力を使うとそれなりに疲れるけど、こっちの方向の自由さのほうが好きなんだよな。気心知れたコミュニティの中でワガママに振る舞う自由さよりも、コミュニティを移動する自由さが好き。

    ちなみに今回のコミュニティに対する感想としては、老若男女が揃って活動して、理想だなって思った。70代から0歳児まで各世代が揃っていたと思う。
    こんな山間部にこうやって各世代が揃うことがあるのか? と感動を憶えたが、むしろ都心部の方が世代が細分化されて、つまんなくなってるのかもしれない。
    古民家の縁側から秋晴れの空と山の稜線を見ながら、「こんな駅も近くない場所に沢山の人が集まるのは素晴らしいよね」と言った。
    隣にいた中学生の男の子は「そう思います」と答えた。
    ちなみにこの男の子は拙者の兄弟子なのである。

    そしてまた、10月中にこのコミュニティにお邪魔するので楽しみだ。
    10月27日(日)10:00~15:00、「別所井戸端展」というイベントが開催される。
    花背の別所集落の回遊型のご近所まつりというような感じだ。
    興味があれば、出かけてみて。
    拙者もおります。

    以上。

  • 9/1イズミヤSC六地蔵での盆踊りの曲目、予習用動画

    9/1イズミヤSC六地蔵での盆踊りの曲目、予習用動画

    9/1(日)に、イズミヤショッピングセンター六地蔵店にて盆踊り会が行われ、拙者が一部選曲に関わっているので、その曲目と自主練用動画を貼っておきます。
    踊れなくても、適当に楽しんでいただければ良いので奮ってご参加下さい。

    イベント詳細はこちら→イズミヤSC六地蔵 夏のワイワイフェスタ

    京都斎連のラインナップ

    12:50~、レクチャー付きで踊ります。
    14:00~、30分ほどノンストップで踊ります。

    おジャ魔女カーニバル

    Bring-Bang-Bang-Born

    ネットに上がってるものは難しいのでオリジナルの振り付けです。

    ダンシング・ヒーロー

    盆ギリ恋歌

    アイドル

    恋するフォーチュンクッキー

    ジャンボリーミッキー

    光春氏の曲目(予定)

    12:00~、シンガーソングライター光春氏による生歌です。
    踊れるものは踊って下さい。参考になりそうな動画を貼ります。

    カモメが跳んだ日

    残酷な天使のテーゼ

    一円玉の旅がらす

    チャンチキおけさ

    お祭りマンボ

    その他

    • 炭坑節
    • 真夏の出来事
    • 盆ギリ恋歌

    江州音頭の生音頭

    12:30~、甲斐昌樹氏グループによる江州音頭の生音頭があります。

    みんなの幸せハピハピ音頭

    13:40~、齋藤先生による、オリジナル音頭があります。


    時間があれば、その他、ドンパン節、河内音頭、郡上おどり、フォークダンスなど実施する可能性があります。

    以上です。
    楽しみましょう。